フェラーリF8トリブート(MR/7AT)
有頂天 2020.10.14 試乗記 「フェラーリF8トリブート」に試乗。一般公道で試す限り、この最新ミドシップベルリネッタの仕上がりに隙はまったく見られない。純粋な内燃機関車としては最後のV8モデルといううわさがあるが、その真偽は別に、フェラーリはこれでひとつの頂点に達したといえるだろう。フェラーリはエンジンだ
うっひゃー、と思わず叫んでいたかもしれない。それほど鋭く軽く鮮烈だ。7段DCTのオートモードでも全開にするとレブリミットの8000rpmまできっちり回って、文字通り電光石火でシフトアップ、6000rpmぐらいからまさに息つく暇もなく再びレブリミットに達する。これはもう何というか、自然吸気のレーシングユニットかマルチシリンダーのオートバイではないか。これほど切れ味抜群で軽々と吹け上がるV8エンジンは他にない。落ち着いてから観察すると1速では70km/h、2速でも100km/h程度までしか伸びないようで、最高速340km/hを誇るツインターボのスーパースポーツカーとしてはギアリングが低く、それもあって瞬時に吹け上がる。もしMTだったら操作が間に合わないだろうから、今やDCTのみの設定は当然ともいえる。
2019年のジュネーブショーでお披露目されたF8トリブートは、フェラーリの中核を担うミドシップV8シリーズの最新型である。そのエンジンはスタンダードモデルとしてはフェラーリV8史上最強をうたう3.9リッター直噴V8シングルプレーン・ツインターボユニットで、最高出力720PS/8000rpmと最大トルク770N・m/3250rpmの怒とうのパワーを生み出すだけでなく、蒼天(そうてん)に突き抜けるように晴れ晴れと回る。ピークパワーとトルクは先代に当たる「488GTB」に比べて50PSと10N・m増しだが(ということは「488ピスタ」と同じ)、何よりもさらに研ぎ澄まされている。こんなエンジンだからステアリングホイールのリム上部に備わるレブインジケーターはこけおどしでもお飾りでもなく、まったくの実用的装備である。目の隅にでもとらえておけば、リミッターに当たって慌てなくて済むからだ。720PSを生み出す回転数はレブリミットだが、そこからさらに突き抜けていく勢いがあり、ターボエンジンでありながらまったく頭打ち感がない。もちろんターボラグのかけらもなく、直線的にパワーの奔流が増していく感覚だ。一応はダウンサイジングターボということになり、最新のエミッション規制に適合するべくGPF(ガソリンパティキュレートフィルター)も備わるというが、フェラーリのそれはものが違うと舌を巻くしかない。
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扱いやすさも史上最高
全開加速を試すと(ローンチコントロールを使わなくても)動き出してから一拍置いてホイールスピンを見せるのがターボカーであることをうかがわせるが、その場合も空転は巧妙に最低限に抑えられており、直線的に猛烈に伸びる加速に荒々しさがまるでないことにまた驚く。例によって乾燥重量で明らかにされている車重は1330kg、カーブウェイト(装備重量)でも1435kgで488GTBに対しておよそ40kg軽量化されたというが、これは軽量化オプション込みの数値らしく、実際の車検証記載値は1570kgとそれほど軽くはない。だがその数値よりもはるかに軽く感じられるのがすごい。これだけの大パワーを受け止めるにミドシップの後2輪駆動ではそろそろ限界ではないかとさえ思うが、0-100km/h加速は2.9秒と488GTBよりも0.1秒短縮、最高速は340km/hに引き上げられている(488GTBは330km/hだった)。
フェラーリV8の最高到達点たるF8トリブートを乗りやすいと言っては誤解を招くかもしれないが、これまでで最も速く最も扱いやすいことは疑いない。何しろリッター当たり185PSをたたき出す超高性能ユニットでありながら、街なかでもまったくむずかることなく、せいぜい2000rpmぐらいで静かにシフトアップを繰り返し従順に走る。さらに驚くのは乗り心地が洗練されていることだ。スーパースポーツカーの世界ではぬるりと滑らかに動く「プロアクティブサスペンション」を備えるマクラーレンが乗り心地では一頭地を抜いていると思っていたが、その認識をあらためなければならない。というよりも新世代マクラーレンの登場がフェラーリに影響を及ぼしたということかもしれない。今やガツガツした突き上げを我慢しながら平静を装う必要などまったくない。
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フェラーリはエンジンだけじゃない
エンジンの素晴らしさにすっかり心を奪われてしまいがちだが、山道でのボディーコントロールもまた極めて洗練されており、ちょっと頑張るぐらいでは何事も起こらない寛容さを持っている。例えばの話、FD型「RX-7」で山道を飛ばすのはちょっと、と二の足を踏む人でもF8トリブートならずっと容易に、しかも段違いに速く駆け巡ることができるはずだ。少なくとも「スポーツ」または「レ―ス」モードである限り、コーナー出口でリアタイヤが暴れて冷や汗をかくような状況にはまず陥らないはずだ。もちろんそれはドライバーの腕というより、繊細で緻密な車両コントロールシステムのたまものである。
第6世代にまで進化した「SSC(サイドスリップコントロールシステム)」と、「FDE+(フェラーリダイナミックエンハンサープラス)」と称するドライバーアシストは、いわばスロットルとステアリング操作をそれぞれ表立つことなく絶妙な塩梅(あんばい)で助けてくれるシステムだ。当然ガクッとパワーを絞るような乱暴なものではなく、ドライバーが気づかないうちに、後輪が路面を削り取るようにグイグイ強力に前に押し出してくれるから、くれぐれもうぬぼれないようにしなければならない。
我慢要らずのフェラーリ
高速道路だけでなく人気のない山道に入ってペースを上げても、ピリピリ神経を張り詰めることなく、快適に心穏やかに走ることができるのは実にありがたい。V8ツインターボを初めてミドシップした「288GTO」やそれに続くおよそ30年前の「F40」とは当たり前だが別物だ。遠いご先祖さまに当たるF40などは今から思えばたった480PSぐらいだったにもかかわらず、こわごわ踏んでいっても4000rpmで世界が一変し、その瞬間にどれほど挙動を乱すかに備え、重くなったり軽くなったりするステアリングホイールとの格闘に一瞬のすきなく身構えていなければならなかった。歴代フェラーリに乗って幾度となく冷や汗びっしょりの経験をしてきたオジサンにとってはまさしく隔世の感ありとため息をつくしかない。いやいや、俺には物足りないという人もいるかもしれない。ナイフの刃を渡るような緊張感こそスポーツカーの醍醐味(だいごみ)だという気持ちも、まあちょっとはわからないでもない。そういう向きは「マネッティーノ」を右端まで回して踏めばきっと満足できるはずだが、クローズドコース以外ではお勧めしない。
徹底的にエアロダイナミクスを追求した結果のボディースタイルはエレガントとはいえないが、究極のパフォーマンスを突き詰めたものだけが持つすごみがある。純粋な内燃機関としてはこれが最後のV8フェラーリともうわさされるが、F8トリブートはその歴史の掉尾(とうび)を飾る傑作として歴史に残るのではないだろうか。そう思うとV8でも3000万円を軽く超える価格に納得せざるを得ないのかもしれない。さらに遠く、一段と高い頂きで輝いているようだ。
蛇足ながら、もう15年は前のことだが、何かの取材でマラネロを訪れた際に、ある老エンジニアに話を聞いているうちに、その人の名に思い当たった。「そう、私はジャン-ジャック・イス。私を知っているのかね?」
かつてルノーがグランプリにターボエンジンを持ち込んだ時代、エンジンの魔術師と呼ばれた人である。フェラーリのターボエンジンはそんな積み重ねの末にここまで到達したのである。
(文=高平高輝/写真=荒川正幸/編集=藤沢 勝)
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テスト車のデータ
フェラーリF8トリブート
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4611×1979×1206mm
ホイールベース:2655mm
車重:1570kg
駆動方式:MR
エンジン:3.9リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:720PS(530kW)/8000rpm
最大トルク:770N・m(78.5kgf・m)/3250rpm
タイヤ:(前)245/35ZR20 95Y XL/(後)305/30ZR20 103Y XL(ミシュラン・パイロットスーパースポーツ)
燃費:--km/リッター
価格:3328万円/テスト車=万円
オプション装備:オプションエクステリアカラー<ロッソコルサ>/オプションインテリアカラー<ネロ>/オプションカーペットカラー<ネロ>/フォージドホイール<GRコルサダイヤモンド>/ブラックブレーキキャリパー/カーボンエンジンカバー/AFSシステム/サスペンションリフター/リアパーキングカメラ/フロントパーキングセンサー/“スクーデリアフェラーリ”シールド/アンチストーンチッピングフィルム/電動エクステリアミラー/スペシャルカラーステッチ/ダッシュボードエアベントのレッドリング/デイトナレーシングシート/ヘッドレストのホースステッチ/レーシングシートリフター/デイトナシートレザーストライプ/アルカンターラロワダッシュボード/アルカンターラロワシェルフ/アルカンターラセンタートンネル/アルカンターラシートインナートリム/アルカンターラインターナルドアインサート/アルカンターラエクスターナルドアインサート/パッセンジャーディスプレイ/プレミアムHiFiシステム/カーボンダッシュボードインサート/カーボンセンターブリッジ/カーボンドライバーゾーン/ブラックマットボンネットアッパーインサート
テスト車の年式:2020年型
テスト開始時の走行距離:7387km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:310.4km
使用燃料:55.4リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:5.6km/リッター(満タン法)

高平 高輝
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