ルノー・ルーテシア インテンス テックパック(FF/7AT)
20年目の果実 2021.02.06 試乗記 ルノーのコンパクトハッチバック「ルーテシア」が5代目に進化。ルノー“らしい”定評のある走りは健在なのか。そしてルノー“らしからぬ”先進装備の仕上がり具合はどんなものか。最上級グレード「インテンス テックパック」で試した。通好みなベストセラー
自動車メディアに関わっている人の自家用車は、ルノー率が高いように感じる。試乗会に行くと、駐車場に何台ものルノー車が止められていることが珍しくない。街なかでの遭遇率とは明らかに違うのだ。今回の試乗では、カメラマンとライター(私)がともにルノー乗りという組み合わせになった。
この業界にいると、クルマ選びには神経を使う。はやりモノに乗っているのでは芸がないし、逆張りで不人気車に手を出すと理由を説明しにくい。単にいいクルマを選べばいいというものではないのだ。考えすぎかもしれないが、“自動車観”を見透かされそうで慎重になってしまう。いろいろ考えると、ルノーにたどり着くのではないか。
絶妙な立ち位置なのだ。自動車史で重要な役割を果たしたブランドであり、技術的にも高い評価を受けている。スポーティーなイメージがあり、フランス車だからオシャレ感は申し分ない。そして、ものすごく売れているわけではないことも大事だ。ドイツ車に比べれば一般に浸透しているとはいえないが、極端にマニアックということではない。適度な通好みというのがいいあんばいなのだ。
実際、本国ではごく普通のクルマである。今回試乗したルーテシアは、ヨーロッパのBセグメントではナンバーワンの販売台数なのだ(あちらでは「クリオ」を名乗る)。かの地では大衆に親しまれているベストセラーカーだが、日本ではフランス的なテイストがアピールポイントとなる。自動車メディア関係者でなくても、魅力的な選択肢になると思う。
エクステリアは先代を踏襲
近いサイズのハッチバック車ということでは、「トヨタ・ヤリス」や「ホンダ・フィット」、あるいは「プジョー208」あたりが競合車となる。実用性、燃費、デザインといったポイントがユーザーにどう評価されるかが勝負だ。もちろん価格も大切で、やはり国産勢にはかなわない。プジョーとはほぼ拮抗(きっこう)している。新型ルーテシアは3グレード構成で、236万9000円の「ゼン」、256万9000円の「インテンス」、そして276万9000円のインテンス テックパックだ。
事前にグレードを聞いていなかったのでリアに回って確かめようとしたが「RENAULT」と「LUTECIA」というバッジしかなかった。室内にもグレード名は記されていないが、わかりやすい識別ポイントがある。シートヒーターが装備されているのはテックパックだけなのだ。3グレードともステアリングヒーターは付いているというのが不思議だが、製造上の都合があるのだろう。とにかく、シートヒーターのスイッチを見つけたので、試乗車がテックパックだということがわかった。
エクステリアデザインは先代とあまり変わらない。人気があるのだからそのままのほうがいいというのは一理ある考え方だ。「ホンダN-ONE」などは前モデルの外板をそのまま使用していた。似ているといってもルーテシアはしっかりデザインを変えていて、しかもサイズが少し小さくなった。賢明な判断である。コンパクトカーがどんどん大きくなるという不条理にはどこかで歯止めをかけなければならなかった。
中身は大きく変わっている。初採用となった「CMF-B(Common Module Family B-segment)」プラットフォームは、日産や三菱でも使われることになっているもの。3社のアライアンスがもたらした成果で、コストダウンに貢献しているはずだ。
プラス300ccの余裕
エンジンも共同開発である。こちらにはルノー・日産・三菱だけでなく、ダイムラーも加わっている。プラットフォームとエンジンという重要な部分が共用ということになるが、優れたテクノロジーを使ってそれぞれに独自のクルマづくりをするというのが現代の考え方だ。ルーテシアでは、それが成功していると感じられる。
エンジンは1.3リッター直4直噴ターボで、最高出力は131PS。このクラスではパワフルな数値だと言っていいだろう。1リッター3気筒エンジンが増えている昨今では、ちょっとぜいたくな感じがする排気量だ。昔懐かしいキャッチコピーを借りるなら、“プラス300ccの余裕”といったところか。
実際に気持ちのいいエンジンである。アクセルをひと踏みしたときに思い通りの加速が得られるのがうれしい。勇ましいエンジン音がドライバーを高揚させる。ダウンサイジングが重要な技術革新だったのは確かだし、1リッターでも十分な動力が得られることに感心したが、本音を言えばちょっと物足りない感覚はあった。
「R.S.」とかの称号が付かないノーマルモデルだが、十分にスポーティーな走りを楽しめる。トランスミッションは、湿式となった7段DCT。微低速では少しだけギクシャクする場面もあったけれど、乗り心地も含めてスピードを上げるにつれて美点が目立ってくるクルマである。そして、洗練された上品なインテリアが好ましい。最近のマツダデザインにそっくりだと思ったが、こちらはアライアンスには加わっていないから偶然の類似だろう。
日産由来の便利装備も
エンジンとプラットフォーム以上にアライアンスの効能が現れているのが先進運転支援システムである。全車速対応アダプティブクルーズコントロール(ACC)や自動ブレーキ、車線逸脱警告などが装備されているのだ。現在ではこのクラスでも必要不可欠となった機能で、日産の技術がしっかり取り入れられている。ACCを使って走ると、テックパック専用の「レーンセンタリングアシスト」機能と合わせて安楽な高速巡航を満喫できた。
駐車時には360°カメラを利用できる。アラウンドビューモニターのことで今や国産車では当たり前になったが、このクラスの欧州車だと新鮮に感じてしまう。こういった便利アイテムがないと購入意欲をそがれるという人も多いだろうから、輸入車を買うのに二の足を踏んでいたユーザーの背中を押すことができるかもしれない。
とはいえ、まだ輸入車ならではの異物感は残っている。燃費表示はリッター/100kmというヨーロッパ式なので、いちいち割り算しなくてはならない。試乗当時は国内向け純正カーナビの開発が間に合っておらず、スマホをつなげてモニターに映し出す必要があった。まあ、その程度の不便はむしろ舶来物のありがたみと受け取って楽しんだほうがいい。
古い話をすると、3代目ルーテシアは「日産マーチ」と基本骨格を共用していたが、使い勝手の面では日本車とはかけ離れたクルマだった。多少のガマンは覚悟の上で、愛好家が選んでいたのだ。新しいルーテシアは、国産車とそれほど変わらない感覚で安楽にフランス気分を味わうことができる。20年のアライアンスが生んだ豊かな果実である。
(文=鈴木真人/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
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テスト車のデータ
ルノー・ルーテシア インテンス テックパック
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4075×1725×1470mm
ホイールベース:2585mm
車重:1200kg
駆動方式:FF
エンジン:1.3リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:131PS(96kW)/5000rpm
最大トルク:240N・m(24.5kgf・m)/1600rpm
タイヤ:(前)205/45R17 88H/(後)205/45R17 88H(コンチネンタル・エココンタクト6)
燃費:17.0km/リッター(WLTCモード)
価格:276万9000円/テスト車=284万2436円
オプション装備:フロアマット(2万7500円)/ETC(1万4036円)/エマージェンシーキット(3万1900円)
テスト車の年式:2020年型
テスト開始時の走行距離:6692km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:489.9km
使用燃料:34.2リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:参考燃費:14.3km/リッター(満タン法)/6.5リッター/100km(約15.4km/リッター。車載燃費計計測値)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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