第205回:よみがえる「プログレ」発狂事件
2021.04.26 カーマニア人間国宝への道カーマニア的にもひとつの究極
私にはひそかなる野望がある。それは、いつか「クラウン」とメルセデスの「Sクラス」に乗ることだ。
クラウンに乗れば、高速道路では覆面パトかと警戒され、無敵の快進撃ができる。そしてSクラスに乗れば、こわい人かと警戒され、同様に無敵の快進撃ができるのだ!
われながらさもしい欲望だが、クルマは男にとって最大の武装でありコスプレ。乗るクルマでおまわりさんやそのスジの人になってみたいというあさましい欲を、完全に捨てることはできない。
自分としては、それでもたぶん、クラウンに乗ることはないだろうなと思う。しかしSクラスは常に頭の片隅にいる。こわい人コスプレとしてだけでなく、カーマニア的にみても、Sクラスはひとつの究極であるからだ。
で、新型Sクラスだが、先般「S400d」に試乗して、軽い失望を覚えていた。かつてのような圧倒的ななにかが感じられなかった。圧倒的な乗り心地とか、圧倒的なゴージャスさとか、圧倒的なパワーとか、圧倒的なオラオラ感とか、そういうものがなかった。
しかし今回は、担当サクライ君が、「S500 4MATICロング」に乗せてくれるという。S400dは新型Sクラスの最廉価グレードだが、S500 4MATICロングは現在の最上級グレード。個人的にはオラオラしながら節約できるディーゼルが好みだが、やっぱり一番安いヤツと高いヤツとではそれなりに違うのだろうか?
夜8時。いつものようにサクライ君がわが家に迎えに来てくれた。それがSクラスなのだから、ありがたくて涙が出る。
サクライ:取りあえず、後席にお乗りになりますか。
オレ:うむ。そうしようかのう。
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はーいメルセデス
Sクラスは静かに動き出した。ああ、やっぱりSクラスの後席はスバラシイ。クラウンだと、高速道路以外では覆面に間違えてもらえないが、Sクラスはどこを走ってもSクラス。本当にスバラシイ……。
せっかくなので、後席のマッサージ機能も起動した。Sクラスが、ポコポコポコポコと背中をたたいてくれている。私は大変な親孝行をしてもらっている気分になり、目頭が熱くなった。
オレ:サクライ君、こんなクルマに乗せてくれて、本当にありがとう。
サクライ:いえいえ、おやすい御用です。
オレ:ところでサクライ君、ひとつお願いがあるんだ。
サクライ:なんでしょう。
オレ:「ARナビ」を起動させてくれない?
サクライ:はい。じゃ目的地を辰巳PAに設定しましょう。目的地を設定しないと起動しないので。
そ、そうだったのかー! 前回S400dの試乗の際、結局起動できなかったのは、目的地を設定しなかったからなのか! 私は、まずARナビをオンにしてからすべてが始まるのかと思っていた。そんな必要はなかったのか! さすがメルセデス!
サクライ君は、「はーいメルセデス」と言って「MBUX」を起動し、「辰巳パーキングに行きたい」と指令した。
ところがまったく聞き取ってくれない。ほとんどシカトに近い反応である。何度か試したがダメだった。
オレ:なんだよ! 2000万もするのに、俺の中古「iPhone 8」(約3万円)より全然できないじゃん!
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ビヨンビヨン動くタコ
さくらい:すいません、僕の発音が悪いんでしょうか……。
オレ:いやぁ、クルマ屋にはもうこういうのは作れないんだよ! 天下のメルセデスも、このあたりはグーグルとかに丸投げすべきだよ!
せっかく親孝行された老父の気分に浸っていたのに、クレーマー気分になってしまった。結局、手動でなんとか目的地を設定し、Sクラスは一路辰巳PAに向かった。
オレ:ARナビ、どう?
サクライ:目の前でタコがビヨンビヨン動いてます。
オレ:タコ? タコなの?
サクライ:はい、タコです。
よく聞いたら蛸ではなく凧だそうだ。「ゲイラカイト」(古くてスマン)が5個くらい連なってビヨンビヨンと動き、行き先を指示しているという。後で私もやってみましたが、確かにタコでした。
辰巳PAで運転を交代すると、やはりSクラスはSクラスだった。ロングボディーの恩恵か、乗り味の豊潤さはこれぞSクラス。エンジンも、直6ディーゼルはなぜか先代よりそっけなく感じたが、直6ガソリンは相変わらずとろけるような回転フィールが楽しめた。
しかし、先進的なインターフェイスにはなじめなかった。運転中のタッチパネル操作は難しすぎるし危険! なのに音声認識は3歳児レベル! フツーのアナログスイッチなら、ブラインドでもなんとかなった操作が、進歩すると不可能になるっておかしくないか? こんなアタリマエのことを誰も指摘しないのはナゼ? それともオレが古いだけ!?
その時脳裏をよぎったのは、20年と少し前、今は亡き父が最後に買ったクルマ、「トヨタ・プログレ」の思い出だった。
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ナビにバスタオルをかぶせる
父が「ソアラ」からプログレに買い替えると決めた時、私は純正ナビと「レーダークルーズコントロール」の装着を勧めた。それらは当時、極めて先進的な装備だった。
しかし、父がそれを使いこなすことはなかった。いや、父にとっては凶器ですらあった。
両親がプログレに乗り、ゴルフに向かった時のこと。ナビの設定がうまくいかないまま出発すると、ナビが発狂したという。
母:高速道路を走っている間もずーっと、左へ行け左へ行けって狂ったみたいに言い続けて、お父さんが「おかーちゃん、これなんとかしてくれー!!」って言うから、私、バスタオルかぶせたのよ~!
バスタオルをかぶせても、ナビが黙ることはなかったという。
以来両親は、一度たりともナビを開けなかった(当時はモニター格納式でした)。もちろんレーダークルーズコントロールなんか一度も使わなかった。それを聞いて私は、心から申し訳なく思った。
思えば自分も、あの時の両親の年齢にかなり近づいている。
私は新型Sクラスを走らせながら、20年と少し前のプログレ発狂事件を思い出し、しんみりと温かい気持ちになったのだった。
(文=清水草一/写真=清水草一、webCG/編集=櫻井健一)

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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