第207回:漢の長押し
2021.05.24 カーマニア人間国宝への道雨の首都高に出撃
清水様
お世話になっております。
明日、雨っぽいのですが、「BMW M4クーペ」のご試乗、よろしくお願いいたします。
櫻井
そのようなメールが届いてから約24時間後。本連載企画の担当サクライ君がM4で迎えにきてくれた。そしてしっかり雨が降っていた。
オレ:こりゃムリだな……。
サクライ:シビアなコンディションですね。
オレ:510馬力だっけ?
サクライ:そうです。今回の試乗車両のグレードは「コンペティション」なので最高出力が510馬力、最大トルクが650N・mです。
この領域になると、「もう何馬力だろうがヤバさは同じ!」かと思えばそうでもない。やっぱり400PSと500PSでは心持ちが変わる。600PSならさらに変わる。1000PSなら聞いただけで心臓が止まる。
サクライ:今回は、昼間この車両を取材していたwebCG編集部フジサワが、清水さんのためにプレゼントを用意しました。ステアリング上の「M2」ボタンを押すと、トラコンやVSCなどが全部オフになる“漢のスポーツモード”にジャンプできるよう設定しておいたそうです。
そんな、好きな女の子の椅子にブーブークッション仕掛けるようなマネはやめて~! 好きなら好きとはっきりそう言って!!
そういえば昨年暮れには、これとよく似たカッコの「M440i xDriveクーペ」に試乗したが、あれは平穏無事に速いクルマだった。パワーは確か387PS。こうなると300PS台は実に平和である。4WDだったし。
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アルファのほうが偉い?
一方こちらは510PSのFR。足まわりだって断然スポーティーだ。サスペンションが「コンフォート」なら文化的だが、「スポーツ」に入るとやや文明から遠ざかり、最強モードでは原始の雄たけびが聞こえてくる。その野蛮な世界においてひ弱な現代人は、ただステアリングを握りしめ、路面の継ぎ目でクルマが横っ飛びしないことを祈りつつ、強い突き上げに耐えるしかない。
ふと見ると、ガソリンが残り少ない。あと100kmちょいしか走れない。
オレ:サクライ君、今日は辰巳に寄らずに、C1をくるっと回って帰ろうか。
サクライ:そうします?
オレ:一回くらいアクセル全開にしてみたかったけど。
サクライ:命はひとつしかありませんから。
オレ:これ、昼間は誰が試乗したの?
サクライ:思考するドライバー山野哲也さんです。箱根で。
オレ:山野さん! それは楽しみだねぇ~。オレがなんかやる必要は皆無だな。やめよ~っと!
サクライ:でもこれ、4WDですよ。
オレ:えっ!!
サクライ:……だと思いましたけど。
オレ:M4が4WDになってたの!? いやまぁ馬力を考えたらそうかもしれないけど。
サクライ:両方あるんです。たぶんこれは4WDじゃないですか?
オレ:そうかなぁ。ぜんぜん4WDは感じないけどなぁ。つーかな~んにもわかんないけど、なんかガッカリするなぁ~。
となると、「アルファ・ロメオ・ジュリア クアドリフォリオ」は、同じ510PSでFRを守ったのだから偉かった。サウンドもこれよりもっと官能的な爆音だったし、ハンドリングはもっと激しくクイックだったし。つまり新型M4は、男気的にはジュリア クアドリフォリオに完全に負けている! 雨の首都高を流しただけで断言はできないが、たぶん。
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馬力競争はもはや不毛か
そのとき、助手席でスマホを検索していたサクライ君が雄たけびをあげた。
サクライ:スイマセン! これ、FRでした! (導入の)発表はあったのですが、最新情報によれば4WDは今年の秋ぐらいに納車を開始するそうです。
オレ:そーなんだ! まだFRだったんだ! よかったよかった!
FRか4WDか、カケラも感じ取れなかった人間が喜んだところでまったく無意味ながら、カーマニアの心情として、M4がFRを残していたのは喜ばしい事実であった。
しかし、M4くらいのクルマが510PSにするのって、なんだか意味がない気がする……。
フェラーリやランボルギーニが、800PS台で馬力競争するのはいい。どうせほぼ乗らない宝飾品なのだから。
しかしM4は実用スポーツカーの範疇(はんちゅう)。それがここまでスーパーカー化し、わざわざパワーを使いきれなくするのはどうなのか。MにはAMGやアウディRSというライバルもいるので、チキンレースから降りられないのはわかるが、そこをあえて思い切り、この不毛な馬力競争から降りてみたらどうだろう?
M2ボタンを押してみる
オレ:例えば次のM4は、限定モデル化して、直6自然吸気に回帰するのはどう? んで快感だけを追求するとか!
サクライ:いいですね、それ。
オレ:カーマニア的には、510馬力より、絶対そっちのほうがうれしいよね。
サクライ:そう思います。
そんなことを話しているうちに、M4は幡ヶ谷で首都高を降り、甲州街道に出た。そこはヤケにガランとすいた3車線道路であった。
(今しかない!)
私は思い切って速度を落とし、ギアを2速まで落とし、フジサワ君セッティングのM2ボタンをすばやく押してアクセルを床まで踏み込んだ。
(何が起きるのか!?)
ひょっとしてクルマが横転するのか。それとも爆発するのか!? と身構えたが、M4はほんのわずかにホイールスピンしたのみで、穏やか~にスムーズに加速しただけだった。
オレ:おかしいな~、M2ボタン押したのに。
サクライ:あ、さっき、なんか表示されませんでしたか。
確かめると、漢の最強モードは長押しが必要だった。ちょっと押しただけでは、「あなたは根性が足りませんね」的な表示が出るのだった。ガックリ。
(文=清水草一/写真=清水草一、webCG/編集=櫻井健一)

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。