第8回:EV化も自動運転も“力ずく”で進めるボルボの次世代戦略(後編)
2021.07.27 カーテク未来招来 拡大 |
自社製品の全量電気自動車(EV)化へ向けひた走る、スウェーデンのボルボ。彼らの戦略は、他のメーカーと比べてどのあたりが特殊なのか? この戦略がもたらすブランドの変化とは? これまでの発表をもとに、物量作戦で“賭け”に出たボルボの将来像を探る。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
あえて過去との決別を選ぶ
前回はボルボ・カーズの次世代EVの方向を示すコンセプトカーを紹介したが、そこからは明らかに過去のボルボ車と決別し、新たな時代を築くという同社の決意が見て取れた。
この判断は当たり前のようでいて、必ずしもそうではない。この6月から7月にかけて、フランスのルノーやステランティス(フィアット・クライスラー・オートモービルズとグループPSAが合併してできた企業グループ)、ドイツのフォルクスワーゲン(VW)が相次いで次世代のEV戦略を発表したが、例えばルノーは、かつての名車「ルノー5(サンク)」や「ルノー4(キャトル)」をEVとして復活させることを明らかにしている。
今後、この連載でもルノーやステランティス、VWの次世代戦略を順に紹介したいと思っているのだが、あらかじめ言ってしまうと、どの企業(および企業グループ)の戦略も、その内容は似通っている。EV専用プラットフォームを用意し、バッテリーの調達を拡大し、ソフトウエア開発を強化し……という具合だ。
しかも肝心のEVプラットフォームを見ても、エンジンの時代ほどには各社の間で差異は感じられない。つまりEVの時代には、エンジン車の時代よりも企業の個性を強調するのが難しくなると予想される。だからこそルノーは、他社との差別化のためにサンクやキャトルのようなレガシーを活用しようとしているわけだ。
しかし、ボルボはその策を採らず、EVならではの個性を最大限に生かすことに賭けた。この戦略の差がどのような結果を生むのか、とても興味深い。
マツダとのこの差はなに?
こうしたルノーとの比較もさることながら、ボルボの戦略は、この連載の第5回、第6回で紹介したマツダと比べても興味深い。なぜマツダ? と思われる読者もいるかもしれない。ボルボとマツダを比較すると、年間の世界販売台数は前者の66万1713台に対して後者は124万3005台(ともに2020年)と大きな差があるのだが、売上高はボルボの3兆2848億円(1スウェーデン・クローナ=12.49円で換算)に対してマツダは3兆4303億円と、ほぼ同じなのだ(ボルボは2020年、マツダは2020年度)。企業としての規模は、実は両社は近いのである。
しかし、これから出すモデルをすべてEV化し、2030年までに新車を全量EVにしようというボルボと、新開発の6気筒エンジンとプラットフォームを採用したエンジン車を2022年に発売しようとするマツダでは、戦略が天と地ほども違うのである。
マツダも2025年以降に独自開発のEV専用プラットフォームを用いた車種を発売するとしているものの、その具体像はまだベールに包まれている。これに対してボルボは、2022年に発売するEVを“第2世代”と位置づけ、2020年代半ばには早くも“第3世代”のEVを導入すると表明しているのだ(参照)。この第3世代EVでは、エネルギー密度が1000Wh/リッターという、現行のリチウムイオンバッテリーの2倍以上の容量を誇る新型バッテリーを搭載し、航続距離1000kmを達成するという。エンジン車とEVという二兎(にと)を追うマツダと、潔くEVに特化したボルボの差は、ことのほか大きい。
“力ずくで解決”の印象が否めない
さらにボルボは、第3世代のEVでバッテリーパックと車体を一体化。バッテリーセルそのものを強度部材として活用し、車体剛性の向上と軽量化の両立を目指すようだ。このバッテリーパックと車体の一体化については、米テスラも次世代の車体構造で実現するとしており、近い将来、EVの主流になる可能性がある。付け加えれば、バッテリー技術や急速充電技術の向上によって、充電に要する時間は2020年代半ばまでに現在のほぼ半分になるとボルボは予想している。彼らは航続距離、充電時間の両面で、EVの弱点を解消しようとしているのだ。
ただ、ボルボのこうした戦略は、いささか“力ずく”という印象が否めない。高エネルギー密度のバッテリーを大量に搭載し、しかもそれを短時間で充電しようとすれば、当然ながら充電インフラには非常に高出力な設備が必要となる。やや乱暴な計算になるが、航続距離1000kmを実現するにはバッテリー容量が最低でも130kWhは必要になるだろう。また現在の高速充電器では、バッテリーを80%まで充電するのに30分程度かかる、というのが標準的な所要時間である。ボルボの読みに従えば、これが半分の15分に短縮されるというわけだ。そんな充電速度を実現しようとすれば、充電器には単純計算でも400kW以上の出力が必要だ。これは現在日本で普及している高速充電器の、8~9倍の出力にあたる。
つまりボルボは、航続距離の問題にしても充電時間の短縮にしても、膨大なバッテリーと高出力の充電器という“物量作戦”で解決しようとしているのだ。大量のバッテリーを生産すれば、それだけ資源やエネルギーが消費されるし、また大出力での充電は損失が大きくなる。「環境問題のためのEV」という趣旨から、どんどん外れていく気がしてしまう。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
さらなるプレミアム化をユーザーは受け入れるか
こうした“力ずく”の印象は、自動運転においても同様だ。ボルボは2022年に発売する「XC90」の後継モデル(もちろんEV)に、米Luminar(ルミナー)のLiDAR(ライダー)と、米NVIDIA(エヌビディア)の高速半導体「DRIVE Orin」を搭載した自律走行用のスーパーコンピューターを、標準装備するとしている。
いずれもパフォーマンスの高さが特徴で、通常のLiDARがレーザーの発光素子や受光素子にシリコン系の材料を使用しているのに対し、ルミナーのLiDARは高性能化のため、そこに高コストな化合物半導体を使う。Drive Orinも1秒間に254兆回もの計算をこなす最新の半導体であり、レベル3~4の自動運転を実現できる能力を備えているという。ただ高性能なだけに、高コストで消費電力も多いと見られている。
ここまで高性能なセンサーや半導体を積むと表明している完成車メーカーは、現在のところボルボだけだ。つまり、彼らの次世代戦略は自動運転技術の分野でも“力ずく”な印象が強いのである。こうした物量作戦に依存した問題解決は、コスト増となって商品に反映されるはずだ。
現在のXC90の価格は、日本向けのプラグインハイブリッド仕様で1139万円とすでに十分高価だが、純EVとなり、しかも高性能なセンサーや半導体を積んだ後継車種では、さらに大幅な高額化が避けられない。ダイムラーが今夏に発売するという最高級EV「EQS」の価格は、欧州では1500万円程度になると予想されている。ここまでのボルボの発表に従えば、XC90の後継車種もこれに近い水準になることだろう。つまりボルボは、EV化によってメルセデス・ベンツ並みのプレミアムブランドになるということだ。それをユーザーが受け入れるかどうか。同社にとっても大きな賭けであるのは間違いない。
(文=鶴原吉郎<オートインサイト>/写真=ボルボ・カーズ、ルノー、フォルクスワーゲン、マツダ、ダイムラー/編集=堀田剛資)
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |

鶴原 吉郎
オートインサイト代表/技術ジャーナリスト・編集者。自動車メーカーへの就職を目指して某私立大学工学部機械学科に入学したものの、尊敬する担当教授の「自動車メーカーなんかやめとけ」の一言であっさり方向を転換し、技術系出版社に入社。30年近く技術専門誌の記者として経験を積んで独立。現在はフリーの技術ジャーナリストとして活動している。クルマのミライに思いをはせつつも、好きなのは「フィアット126」「フィアット・パンダ(初代)」「メッサーシュミットKR200」「BMWイセッタ」「スバル360」「マツダR360クーペ」など、もっぱら古い小さなクルマ。
-
第50回:歴代モデルに一気乗り! 「シビック」の歴史は日本のカーテクの歴史だった(後編) 2022.9.20 今年で誕生50周年を迎える「ホンダ・シビック」の歴代モデルに一挙試乗! クルマの端々に見られる、自動車技術の進化の歴史と世相の変化の“しるし”とは? 半世紀の伝統を誇る大衆車の足跡を、技術ジャーナリストが語る。
-
第49回:歴代モデルに一気乗り! 「シビック」の歴史は日本のカーテクの歴史だった(前編) 2022.9.6 今年で誕生50周年を迎える「ホンダ・シビック」の歴代モデルに試乗! 各車のドライブフィールからは、半世紀にわたる進化の歴史が感じられた。私生活でもシビックに縁のあった技術ジャーナリストが、シビックのメカニズムの変遷をたどる。
-
第48回:その恩恵は価格にも! 新型「トヨタ・クラウン」が国際商品に変貌した必然 2022.8.23 プラットフォームの共有と大胆なグローバル展開により、先代比で77万円もの値下げを実現!? 新型「トヨタ・クラウン」の大変身がもたらす恩恵とは? “合理的でまっとう”な経営判断を実践できる、トヨタならではの強みを探った。
-
第47回:用意周到な計画に脱帽 新型「クラウン クロスオーバー」に見るトヨタの“クルマづくり”戦略 2022.8.9 意外性あふれるトピックで注目を集めている新型「トヨタ・クラウン」シリーズ。その第1弾となる「クラウン クロスオーバー」をじっくりと観察すると、そのプラットフォームやパワートレインから、したたかで用意周到なトヨタの戦略が見て取れた。
-
第46回:“走る喜び”も電気でブースト 「シビックe:HEV」が示した新しい体験と価値 2022.7.26 スポーティーな走りとエンジンサウンドでドライバーを高揚させるハイブリッド車(HV)。「ホンダ・シビックe:HEV」には、既存のHVにはない新しい提案が、多数盛り込まれていた。若者にも好評だというシビックに追加されたHVを、技術ジャーナリストが試す。
-
BMW M235 xDriveグランクーペ(前編)
2025.12.28ミスター・スバル 辰己英治の目利きスバルで、STIで、クルマの走りを鍛えてきた辰己英治が、BMWのコンパクトスポーツセダン「M235 xDriveグランクーペ」に試乗。長らくFRを是としてきた彼らの手になる “FFベース”の4WDスポーツは、ミスタースバルの目にどう映るのだろうか? -
ルノー・キャプチャー エスプリ アルピーヌ フルハイブリッドE-TECHリミテッド【試乗記】
2025.12.27試乗記マイナーチェンジした「ルノー・キャプチャー」に、台数200台の限定モデル「リミテッド」が登場。悪路での走破性を高めた走行モードの追加と、オールシーズンタイヤの採用を特徴とするフレンチコンパクトSUVの走りを、ロングドライブで確かめた。 -
『webCG』スタッフの「2025年○と×」
2025.12.26From Our Staff『webCG』の制作に携わるスタッフにとって、2025年はどんな年だったのでしょうか? 年末恒例の「○と×」で、各人の良かったこと、良くなかったこと(?)を報告します。 -
激動だった2025年の自動車業界を大総括! 今年があのメーカーの転換点になる……かも?
2025.12.26デイリーコラムトランプ関税に、EUによるエンジン車禁止の撤回など、さまざまなニュースが飛び交った自動車業界。なかでも特筆すべきトピックとはなにか? 長年にわたり業界を観察してきたモータージャーナリストが、地味だけれど見過ごしてはいけない2025年のニュースを語る。 -
第942回:「デメオ劇場」は続いていた! 前ルノーCEOの功績と近況
2025.12.25マッキナ あらモーダ!長年にわたり欧州の自動車メーカーで辣腕(らつわん)を振るい、2025年9月に高級ブランドグループのCEOに転身したルカ・デメオ氏。読者諸氏のあいだでも親しまれていたであろう重鎮の近況を、ルノー時代の功績とともに、欧州在住の大矢アキオ氏が解説する。 -
スバリストが心をつかまれて離れない理由 「フォレスター」の安全機能を体感
2025.12.25デイリーコラム「2025-2026 日本カー・オブ・ザ・イヤー」に選出された「スバル・フォレスター」。走り、実用性、快適性、悪路走破性、そして高い安全性が評価されたというが、あらためてその安全性にフォーカスし、スバルの取り組みに迫ってみた。












































