スバルWRX S4 開発者インタビュー
やり切りました! 2021.12.01 試乗記 スバル商品企画本部
プロジェクトゼネラルマネージャー
五島 賢(ごしま さとし)さん
新開発プラットフォームの採用や排気量アップ、ドライブモードの設定など、トピックが豊富な新型「スバルWRX S4」。そのつくり手は、どんな思いで開発にあたったのだろうか?
骨格から変わらなきゃ
スバルのイメージリーダーであるWRXシリーズが新世代へと移行。第1弾となるWRX S4(プロトタイプ)のプレス向け試乗会が、袖ケ浦フォレストレースウェイで開催された。その走りはまさに、これまでの集大成といえるほどの出来栄え。WRX S4は、いかにしてこれほど変わることができたのか? 開発を取りまとめたプロジェクトゼネラルマネージャー(PGM)五島 賢さんに聞いた。
――今回はクロースドコースのみ、なおかつアウト/インラップを含めても4周という短い試乗でしたが、その進化を感じ取ることができました。先代モデルにも確かに、どっしりとした安定感がありましたが、それは「シャシー性能が追いつかない部分を足まわりでなんとかしていた」という印象でした。対して新型は、さらに軽快感と良好な操作性が得られるようになりました。これはまさに「スバルグローバルプラットフォーム」の効果ですね。
五島PGM(以下、五島):その通りです(苦笑)。従来型は長く使ったあのボディーで、どうやって速く走れるかを追求した結果、足まわりを固めるしか方法がありませんでした。しかしこれを一般道で走らせると、その乗り心地はかなりハードで……。東京のあるディーラーから聞いたのですが、そこは出口の路面が荒れていて、試乗した瞬間、お客さまに「乗り心地悪いね!」と言われてしまったと。営業マンも「スポーツカーなんで」と言うしかなかった、という話があるくらいです。だから今度は、こうした乗り心地の悪さを払拭(ふっしょく)しつつ、そのうえで走りの良さを実現したかった。それを目指したのが「GT-H」というグレードです。なおかつ「STI Sport R」では、日常とは走りのキャラクターを大きく変えられるようにしました。
――電子制御ダンパーの投入ですね。ドイツ車などではよく見られる手法ですが、国産Cセグメントには珍しいですよね。コストもかかるし、採用するにはさぞや勇気が必要だったのではないでしょうか?
五島:はい。これまでも開発段階では検討していたのですが、なかなか踏み切れませんでしたね。でも私はこの開発(新型「レヴォーグ」とWRX S4)を担当することになった瞬間、次の進化のキモとなるのはこれだ! と思いました。そしてZF社(サスペンションやトランスミッションのみならず、ソフトウエア開発も手がけるグローバル企業)に相談しました。
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「これで最後」と思いつつ
――そこからトントン拍子に話が進んだと?
五島:いえ、最初は先方のスケジュールが忙しすぎて、受けていただけなかったんですよ(笑)。そこでドイツまで出向いて、キーパーソンの方を説得したんです。トミカのWRXをたくさんお土産に持って行って、それを見せながら「次はこれの新型をつくりたいんだ!」って。そしたら「やろう!」って言ってくれて。
――お土産に負けたわけではないでしょうが、熱意が通じたんですね。やはり今の時代でも、大切なのは“人”なんですね。
五島:そうなんですよね。そしてドイツに行ったとき、ちょうどそこに最新の電子制御ダンパーを搭載した実験車両があって。それはZF社のダンパーが、どこまで減衰力を調整できるかをプレゼンテーションするための車両だったんですが、私はその最もハードな側を試して「ここまでやりたい!」と言いました。そうしたらエンジニアが「これはちょっとハードすぎるんじゃないか? 他社はここまでやらないよ?」と。でも私は「WRXは、そういうクルマだから」と説明しました。
――今回のテーマでもある“キャラ変”ですね?
五島:はい。例えば他社では、可変ダンパーの制御に、オートモードを用意している場合もあります。でもクルマ側ですべてを制御してしまうと、ロールしないクルマになってしまいがちなんです。WRXはコンフォートなときも、走りに振ったときも、きちんとクルマの動きが感じ取れるクルマにしたい。そして(減衰力を)変えたら、キャラクターもハッキリ変わるようにしたかった。WRXなんだから、もう一歩先に踏み込もう! と決めました。
――確かにこのWRX S4に乗って、スバルとしてはかつてないほど気合が入っていると感じました。特に的確なCVTの制御には驚いています。
五島:そこには、「これが純ガソリンエンジン車の最後になるかもしれない」という気持ちもあったので。だったら「これで最後だ!」というくらいの気持ちで、やれるところまでやろうと。
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WRXだからそれでいい
――CVTだって、モーターになったら要らなくなってしまいますからね。ではそのCVTの開発では、どのようなところに苦労しましたか?
五島:ご存じの通り、SI-DRIVE(SUBARU Intelligent Drive)でS♯(Sport Sharp)モードにすると変速スピードはアップするのですが、そのときに生じる変速ショックは、(「フォレスター」や「インプレッサ」のような)やや一般的なスバル車の基準だとNGなんですよ。だけどWRXは、それでいいんだと。それがいやな場合はI(Intelligent)モードに変えてくれればいい、と割り切りました。
――機構的に苦労した部分は?
五島:シフトアップで、伝達トルクを一瞬カットする際の協調制御が難しかったですね。瞬間的に高い油圧がかかるので、バルブの耐久性も求められました。
――速く走ることだけを考えると、実はCVTらしさを生かすほうがよいのではないですか?
五島:そうなんです。最大トルクを固定して走り続ければ、余計な変速をしているよりずっと速い。ですからそういうモードもつくってみました(笑)。でも、それだとずーっと最大トルクが維持されるので、ドライバーが気持ち悪いというんです。で、これじゃ商品にならないということで、ちゃんと変速させようということになりました。
排気量アップはあくまで結果
――何度も聞かれた質問だとは思いますが、この時代になぜ排気量アップを実施したのですか?
五島:今のわれわれは、単気筒の効率からすべてを決めているんです。一番トルクが出せて、燃焼効率がいい単気筒の構造と排気量を決めて、それが4つになるから今回は2387ccなんです。レヴォーグの1.6リッターエンジンが、フルモデルチェンジで1.8リッターに変更されたのも、同じ理由です。リーン燃焼の一番いいところを考えて導き出された1気筒の排気量であり、単にストロークアップでトルクを稼いだというわけではない。
――なるほど! では以前の研究段階だと、1.6リッターのシリンダーが最適解だったわけですね?
五島:そうなんです。その世代ごとにインジェクターの性能や、燃料を吹いた後の渦の状況も違いますから。あとエンジンで言うと、ターボのエアバイパスバルブやウェイストゲートバルブの電子制御化は、今までではできなかったことを可能にしてくれました。制御が細かく、かつ制御時間も短くなって、より人の感性に近づけることができました。
――では最後に、このWRX S4で一番大切にしたポイントを教えてください。
五島:WRXというクルマは“パフォーマンスカー価値”が一番大切で、つまりそれはお客さまにクルマとの一体感を味わってもらうことだと考えています。そのために、エンジンにしても足まわりにしても、データ解析だけではなく、われわれが実際にとことん走り込んでセッティングを重ねてきました。その成果をぜひ味わってほしいですね。
そしてわれわれにとってさらに大切なのは、このWRXで得た経験を、2025年以降の時代にもきちんと残していくことだと思っています。
(文=山田弘樹/写真=荒川正幸/編集=関 顕也)
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山田 弘樹
ワンメイクレースやスーパー耐久に参戦経験をもつ、実践派のモータージャーナリスト。動力性能や運動性能、およびそれに関連するメカニズムの批評を得意とする。愛車は1995年式「ポルシェ911カレラ」と1986年式の「トヨタ・スプリンター トレノ」(AE86)。