フォルクスワーゲン・ゴルフTDIスタイル(FF/7AT)
やればできる 2022.01.24 試乗記 排ガスの不正問題で、一時は輝きが鈍ったかにみえたフォルクスワーゲンのディーゼル車。大幅に環境性能を高めて登場したディーゼルの新型「ゴルフ」は、そんなマイナスイメージを吹き飛ばすほどの、いい仕上がりをみせてくれた。ディーゼル復権の覚悟
新型ゴルフには昨年8月に試乗した。長年“自動車の水準器”として世界中の自動車メーカーがベンチマークとしてきたモデルだけあって、スキのない出来栄えには感嘆した。SUV全盛の時代にあっては、コンパクトハッチバックというジャンルはメインストリームではない。それでも実直なクルマづくりは今も健在であり、あらためてスタンダードの価値を確認したのだった。
その時は1.5リッターガソリンエンジンの「eTSIスタイル」だったが、今回は「TDIスタイル」である。搭載されるのは新型2リッター直4ディーゼルターボエンジン「EA288evo」。低燃費とクリーンな排ガスをアピールしている。フォルクスワーゲンは電動化戦略を進めることを明らかにしているが、それは「2030年までに新車販売の50%をEVにする」というもの。ラインナップのすべてをEVにすると表明する自動車メーカーがあるなかでは、比較的穏健な計画である。
2021年11月に行われた第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)では「主要市場で2035年まで、世界では2040年までに新車販売をすべて二酸化炭素を排出しないクルマにする」という宣言が発表された。イギリスやノルウェーなどの政府やメルセデス・ベンツ、フォードなどの自動車メーカーが署名したが、フォルクスワーゲンは参加していない。トヨタと同様に、性急な完全脱エンジンは現実的ではないと考えているのだろう。
当面は内燃機関を使い続ける必要があるという判断なのだ。フォルクスワーゲンが環境性能向上のための金看板としてきたのが、クリーンディーゼルである。一定の支持を得ていたが、弁明のできない失態を演じたことで、信頼が失われてしまった。不誠実であったことを真摯(しんし)に反省したなら、復権のためにプライドを懸けて技術開発を行ったはずである。新ディーゼルエンジンの仕上がりには、フォルクスワーゲンの覚悟があらわれていると考えて試乗に臨んだ。
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低速域での弱点を克服
EA288evoというエンジンの名称は、「EA288」の“evo”版、つまり進化形であることを意味する。先代ゴルフTDIに使われていたのがEA288なのだ。新エンジンでも、最高出力は150PSのままである。変わったのは最大トルクだ。340N・mから360N・mに増大し、発生回転域は1750-3000rpmから1600-2750rpmとなって、より低回転域から力を発揮するようになった。
ゴルフではないが、EA288を搭載したモデルに乗ったことがある。ゴルフに近いサイズのSUV「TロックTDI」だ。この時は、正直に言って失望した。低速域でのレスポンスが悪く、フラストレーションを感じたのだ。スピードに乗れば問題はないものの、街乗りで使いづらいと言わざるを得ない。「ここまで出足が悪いのは、排ガス問題をクリアするために仕方なく効率の悪い制御を行っているのではないか?」と邪推してしまったほどである。
EA288evoは、明確に弱点を克服していた。低回転域でのトルク増強が、如実にレスポンスの良さにつながっている。アクセル操作に対して素直な反応が得られ、発進はスムーズだ。これならば街なかでもどかしい思いをすることはない。低速だけではなく、さらにアクセルを踏み込んでいってもナチュラルな加速が続く。ディーゼルだから回転数自体は限界があるが、伸び感は優れている。
100km/h巡航ではエンジンの回転数は1400rpmぐらい。至って静かである。高速道路だけではなく、速度域にかかわらず静粛性は高い。最近は室内ではディーゼルのガラガラ音が抑えられている場合も多いが、このエンジンは頭ひとつ抜けている。遮音材に頼るだけではなく、エンジン自体の出来がいい。振動も少なく、ガソリンエンジン的な滑らかさを実現しているのだ。
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環境性能も抜かりなし
伸び感の良さは、ワインディングロードで真価を発揮する。目覚ましくスポーティーな走りとまではいかないが、運転の楽しさは十分に感じられた。ドライビングプロファイル機能で「SPORT」を選べば、アクセルレスポンスやシフトタイミングがスポーツ走行向きに変更される。ガソリンモデルに比べればやや鼻先の重さは感じられるが、ハンドリングはナチュラルで自在に操ることができた。
エンジンが活発になったにもかかわらず、燃費性能は向上している。さまざまなシチュエーションで走行したが、おおむね16km/リッター台をキープした。条件が異なるものの、Tロックよりも低燃費なのは確かである。eTSIに装備されていた気筒休止システムは採用されていないが、低負荷時にはコースティング状態になることが多かった。メーターパネルに表示されたからわかっただけで、運転していてその変化に気づくことはない。
新型エンジンは、先代に比べてNOx排出量を80%削減したのだそうだ。NOx削減に効果がある技術はさまざまな種類があり、排気再循環システム(EGR)や微粒子補修フィルター(DPF)などの組み合わせで排気を浄化する。新たに採用されたのは、「ツインドージングシステム」である。従来用いられていた選択触媒還元システム(SCR)を直列に2つ配置し、排気の温度に応じて作動を制御するという。尿素水溶液(AdBlue)を使ってNOxを窒素と水に還元する。
いずれも、以前から知られていたNOx削減技術である。コモンレール式燃料噴射システムが超高圧で燃料を直接燃焼室に噴射し、EGRで排気温度を下げる。高熱ではNOx発生量が急激に増加するからだ。AdBlue噴射量を増やすことで、還元効果が大きくなる。従来の技術を組み合わせて精密な制御をすることで、環境性能を向上させるとともにエンジンフィールも良くなった。やればできるのではないか。
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これは“本気”だ
乗り心地は悪くない。路面からの衝撃を巧みに受け止めるのはお家芸である。剛性感の高さはゴルフの真骨頂であり、サスペンションをしなやかに動かすことに貢献している。後席では少しゴツゴツした感触が残っていたが、乗員から文句が出るレベルではなかった。静かな室内は、オプションで装備されていたharman/kardonのプレミアムサウンドシステムを心穏やかに楽しむ空間となる。
試乗車は上質な内外装を持つ「スタイル」というグレードである。シートにはマイクロフリースを用いており、ストームグレーという柔らかな色調だった。中心部分は薄い色で、サイドと上部は濃いグレーになっている。上品な組み合わせであり、表面のソフトな質感もあってビジネスライクになりすぎない絶妙なラインに落ち着いた。
新型になってインテリアは禅寺の庭のようなシンプルさを追求しているようにみえるが、それでは飽き足りないという人もいるだろう。不満を解消するためだろうか、アンビエントライトが装備されている。ダッシュボードやドアなどに仕込まれたライトの色を変更することができ、メーターパネルのカラーも連動する。夜になると室内は柔らかな光で彩られることになるが、色の選択はセンスを問われることになるのでエキセントリックな色は避けたほうがいいかもしれない。
ガソリンモデルと同様、ディーゼルモデルもやはりスキのない仕上がりだった。目覚ましい進化を遂げたディーゼルエンジンには、フォルクスワーゲン本来の生真面目さが感じられる。電動化を急ぐトレンドを冷静な目で見つめ、EVを開発しながらも内燃機関のアップデートを同時に進める。フォルクスワーゲンの本気が垣間見えたのは、期待以上のうれしい驚きだった。
(文=鈴木真人/写真=荒川正幸/編集=関 顕也)
テスト車のデータ
フォルクスワーゲン・ゴルフTDIスタイル
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4295×1790×1475mm
ホイールベース:2620mm
車重:1480kg
駆動方式:FF
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブ ディーゼル ターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:150PS(110kW)/3000-4200rpm
最大トルク:360N・m(36.7kgf・m)/1600-2750rpm
タイヤ:(前)225/45R17 91W/(後)225/45R17 91W(グッドイヤー・イーグルF1アシメトリック3)
燃費:20.0km/リッター(WLTCモード)
価格:403万8000円/テスト車=467万6000円
オプション装備:ディスカバープロパッケージ(19万8000円)/テクノロジーパッケージ(17万6000円)/ラグジュアリーパッケージ(23万1000円) ※以下、販売店オプション フロアマット<テキスタイル>(3万3000円)
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:1403km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(8)/山岳路(1)
テスト距離:399.0km
使用燃料:24.9リッター(軽油)
参考燃費:16.0km/リッター(満タン法)/16.8km/リッター(車載燃費計計測値)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。