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第695回:誰もが知る有名なニックネームで呼ばれる名車5選

2022.06.20 エディターから一言
いつしかつけられたニックネームのほうが正式車名よりも有名になった、誰もが知る国内外の名車5モデルをセレクト。ニックネームで呼ばれるのは、その人気がホンモノであることの証明でもある。
いつしかつけられたニックネームのほうが正式車名よりも有名になった、誰もが知る国内外の名車5モデルをセレクト。ニックネームで呼ばれるのは、その人気がホンモノであることの証明でもある。拡大

当たり前のことながら、すべての市販車にはつくり手の授けた車名がある。しかし一部のクルマでは、ファンやメディアの間から自然にニックネームが生まれ、多くの人が正式な車名は知らずとも、そのニックネームだけは覚えている……という事態に陥ることがままあるようだ。そうした誰もが知るニックネームがつけられた名車を5モデルセレクトしてみた。

フィアット500
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1936年に発表された元祖「フィアット500」。2004年に復活した21世紀のモデルとは一線を画す大きなフロントグリルが特徴的だ。この初代は設計者ダンテ・ジアコーザ博士の出世作であり、同時にイタリアのベーシックトランスポーターの歴史的傑作でもある。
1936年に発表された元祖「フィアット500」。2004年に復活した21世紀のモデルとは一線を画す大きなフロントグリルが特徴的だ。この初代は設計者ダンテ・ジアコーザ博士の出世作であり、同時にイタリアのベーシックトランスポーターの歴史的傑作でもある。拡大
当時のイメージカラーだった赤/黒のツートンにペイントされた「トポリーノ(Topolino)」こと初代「フィアット500」。フォルムと配色が世界一有名なキャラクター、ミッキーマウスを想起させる。ちなみにイタリアではミッキーマウスをトポリーノ、ドナルドダックを「パペリーノ(Paperino)」と呼んでいる。
当時のイメージカラーだった赤/黒のツートンにペイントされた「トポリーノ(Topolino)」こと初代「フィアット500」。フォルムと配色が世界一有名なキャラクター、ミッキーマウスを想起させる。ちなみにイタリアではミッキーマウスをトポリーノ、ドナルドダックを「パペリーノ(Paperino)」と呼んでいる。拡大

初代フィアット500:トポリーノ

1936年に発表された元祖「フィアット500」は、近代フィアットのテクノロジーを構築した名匠、ダンテ・ジアコーザ博士の出世作。また、イタリアのベーシックトランスポーターの歴史的傑作でもある。

車体サイズをこの時代における自動車テクノロジーの限界まで小型化し、ヨーロッパで最も維持費の安いクルマとされたが、技術的には単に大型車を縮小するのではなく、サイズに見合った新機軸を取りまとめて設計した世界初のコンパクトカーであった。

そしてこの小型フィアットの成功を決定的なものとしたのが、ダンテ・ジアコーザ自身もデザインワークに携わったといわれるモダンで愛らしいボディー。このかわいいスタイリングから「トポリーノ(Topolino)」というニックネームで呼ばれることになる。

トポリーノとは、イタリア語でハツカネズミのことを示すが、実は1928年のアニメーション映画「蒸気船ウィリー」で世界的スターとなったミッキーマウスも、イタリアでは「トポリーノ」と呼ばれる。

たしかに、当時のイメージカラーだった赤/黒のツートンにペイントされた500トポリーノを見れば、ミッキーマウスのカワイイ姿が浮かんでしまうのは必定だろう。

フォルクスワーゲン・タイプ1:ビートル

第2次世界大戦勃発の前年にあたる1938年、時のナチス政権の国民車「KdF」としてデビューした「フォルクスワーゲン・タイプ1」は、戦後間もない時期から生産が再開され、悲しい序章を吹き飛ばすかのようなヒットを獲得。そのフォルムから、旧西ドイツでは「ケーファー(Käfer=カナブンやカブトムシなどの甲虫類)」という愛称で呼ばれるようになっていく。

もっともドイツでは、戦前の1930年代から流線形を取り入れた小型車全般を指してケーファーと呼ばれていたが、なかでもフォルクスワーゲンだけが後世まで大成功を収めたことから、それがいつしかフォルクスワーゲン・タイプ1の同義語となっていったという。

1940年代末からアメリカへの輸出が始まると、安価な実用車であるはずのタイプ1は母国ドイツから遠く離れたアメリカにて、独自の文化を形成することにも成功。北米をはじめとする英語圏では「ビートル」として大衆に受けいれられた。

その「ビートル」から波及したのか、わが国でも「カブトムシ」、イタリアでは「マッジョリーノ(Maggiolino:甲虫)」と呼ばれたいっぽう、フランスでは「コクシネル(Coccinelle:テントウムシ)」の名で知られているようだ。

フランスでの事例はさておき、こうして世界に通じる愛称となった「ビートル」だが、それはあくまでファンや世間が授けた自然発生的なニックネームであり、メーカーとしてはこの名称にさしたるアクションを起こしてはいなかった。けれども1998年にデビューしたFWDの復刻版では、フォルクスワーゲン社が自ら「ニュービートル」と正式に命名し、それは2011年に代替わりした後継モデル「ザ・ビートル」にも継承されることになる。

これは、自然発生の愛称がメーカーの正式名称となった珍しい例のひとつなのだ。

フォルクスワーゲン・タイプ1
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1938年にドイツの国民車「KdF」としてデビューした「フォルクスワーゲン・タイプ1」。第2次大戦後にも生産が継続され、全世界で大ヒットを収めた。英語圏では「ビートル」、日本では「カブトムシ」、イタリアでは「マッジョリーノ」、フランスでは「コクシネル」などと呼ばれ親しまれた。
1938年にドイツの国民車「KdF」としてデビューした「フォルクスワーゲン・タイプ1」。第2次大戦後にも生産が継続され、全世界で大ヒットを収めた。英語圏では「ビートル」、日本では「カブトムシ」、イタリアでは「マッジョリーノ」、フランスでは「コクシネル」などと呼ばれ親しまれた。拡大
1946年3月に、記念すべき1000台目の車両がラインオフ。「ビートル」は基本構造を大きく変更することなく、2003年7月30日にメキシコのフォルクスワーゲン・メヒコの工場で生産が終了するまで、トータルで約2153万台が製造されたという。
1946年3月に、記念すべき1000台目の車両がラインオフ。「ビートル」は基本構造を大きく変更することなく、2003年7月30日にメキシコのフォルクスワーゲン・メヒコの工場で生産が終了するまで、トータルで約2153万台が製造されたという。拡大
アメリカで独自の文化を形成することにも成功した「ビートル」。米西海岸を中心に“キャルルック(Cal Look)”や“キャルスタイル(Cal Style)”などと呼ばれるカーライフやカスタマイズも流行した。
アメリカで独自の文化を形成することにも成功した「ビートル」。米西海岸を中心に“キャルルック(Cal Look)”や“キャルスタイル(Cal Style)”などと呼ばれるカーライフやカスタマイズも流行した。拡大

フェラーリ365GT 2+2:クイーンメリー

1967年のパリモーターショーにおいて世界初公開された「フェラーリ365GT 2+2」は、「250GTE 2+2」および「330GT 2+2」の系譜を継ぐ4シーターフェラーリ。またエレガントにして堂々たるラインは、1950年代末に登場した「スーパーアメリカ」の系譜を継ぐ「500スーパーファスト」の後継車としても存在感を示していた。

ホイールベースは2650mmで330GT 2+2から不変ながら、前後、特にリアのオーバーハングを大幅に延長することで得た全長は4980mm。これは4840mmの330GT 2+2より140mmも長く、さらに言えば現在の「GTC4ルッソ」よりも60mm長い。量産型のフェラーリとしては史上最も長いこの全長を、1960年代中盤までピニンファリーナのチーフデザイナーだったアルド・ブロヴァローネが見事に生かし、伸びやかで優美なプロポーションを形成していた。

そしてこの巨大さとエレガントなスタイリングから、365GT 2+2のデビューと同じ1967年に退役し、北米カリフォルニア州ロングビーチの港に停泊されることになった豪華客船にちなんだ「クイーンメリー」というニックネームがアメリカの自動車専門誌『ロード&トラック』によって紹介され、その後メジャーになるのだ。

ところで、フェラーリ365GT 2+2のボディー架装は、同じフェラーリでもスポーツモデル中心に担当していたスカリエッティではなく、(ほぼ)全モデルのデザインを引き受けていたピニンファリーナが自ら担当。それまでにも、スーパーアメリカなどゴージャスなグランツーリズモを製作してきた実績を誇るピニンファリーナは、インテリアでも本革やウッドパネルをふんだんに使用したほか、パワーステアリングやパワーウィンドウを標準で装備した最初のフェラーリともなっていた。

これらのゴージャスな装備と雰囲気もまた「クイーンメリー」のニックネームの由来となっていたのは、間違いのないところだろう。

フェラーリ365GT 2+2
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1967年のパリモーターショーでデビューを飾った4シーターの「フェラーリ365GT 2+2」。「ディーノ206GT」のデザインを手がけたことでも知られる、ピニンファリーナのチーフデザイナーだったアルド・ブロヴァローネがそのフォルムを描き出した。米自動車専門誌『ロード&トラック』が、豪華客船「クイーンメリー」になぞらえて呼んだことから、このニックネームが定着したとされる。
1967年のパリモーターショーでデビューを飾った4シーターの「フェラーリ365GT 2+2」。「ディーノ206GT」のデザインを手がけたことでも知られる、ピニンファリーナのチーフデザイナーだったアルド・ブロヴァローネがそのフォルムを描き出した。米自動車専門誌『ロード&トラック』が、豪華客船「クイーンメリー」になぞらえて呼んだことから、このニックネームが定着したとされる。拡大
「クイーンメリー」と呼ばれる理由のひとつといわれる、ゴージャスなキャビン。本革やウッドパネルでぜいたくな空間に仕立てられている。「フェラーリ365GT 2+2」は、パワーステアリングやパワーウィンドウを標準で装備した最初のフェラーリでもある。
「クイーンメリー」と呼ばれる理由のひとつといわれる、ゴージャスなキャビン。本革やウッドパネルでぜいたくな空間に仕立てられている。「フェラーリ365GT 2+2」は、パワーステアリングやパワーウィンドウを標準で装備した最初のフェラーリでもある。拡大
「365GT 2+2」の全長は4980mm。なだらかなルーフラインから続く、長いリアのオーバーハングがエクステリア上の特徴として挙げられる。写真はシャシーナンバー19093の車両で、2022年8月に米モントレーで開催されるRMオークションに出品される予定だ。
「365GT 2+2」の全長は4980mm。なだらかなルーフラインから続く、長いリアのオーバーハングがエクステリア上の特徴として挙げられる。写真はシャシーナンバー19093の車両で、2022年8月に米モントレーで開催されるRMオークションに出品される予定だ。拡大

スバル360:てんとう虫

1958年にデビューした、軽自動車のパイオニア的存在。高度成長期の日本にモータリゼーションをもたらす功労者となった「スバル360」は、当時のファンや一般の子どもたちからも「てんとう虫」の愛称で呼ばれていた。

これは、フォルクスワーゲン・ビートル(タイプ1)の愛称「カブトムシ」あっての「てんとう虫」、昭和30年代に日本でも輸入が始まっていたビートルにあやかった命名とも思われがちだが、実際のところ、ビートルとスバル360は「似て非なるもの」とも思われる。

20世紀最高の自動車エンジニアとして認められたフェルディナント・ポルシェ博士が開発したビートルのスタイリングは、チェコのタトラで技術陣を率いていた盟友ハンス・レドヴィンカの影響を強く受けつつ、1930年代に世界的流行となった流線形を独自の方法論でリファイン。リアエンジン+後輪駆動の基本レイアウトこそスバルにも影響を与えた可能性は否めないが、鋼管バックボーンフレームとフロアパンを組み合わせたプラットフォーム式フレームが採用されていた。

いっぽうスバル360は、設計者である百瀬晋六が、第2次大戦前・戦中の旧中島飛行機で培った航空機テクノロジーを四輪自動車に転用したような、フルモノコックの車体構造を採っていたのが大きな特徴だった。

すべて曲面で構成され、ファストバック風のテールを持つこと、そして、ともにかわいらしいことなどが似通った結果として、大きな「カブトムシ」に対して「てんとう虫」と呼ばれたとみて間違いないのだろうが、実は技術的な出発点がまったく異なるものだったというのが、自動車のテクノロジー、そして自動車史の面白いところと感じてしまうのだ。

スバル360
スバル360拡大
1958年にデビューした「スバル360」は、日本における軽自動車のパイオニア的存在。当時のファンや一般の子どもたちからは「てんとう虫」の愛称で呼ばれることが多かった。
1958年にデビューした「スバル360」は、日本における軽自動車のパイオニア的存在。当時のファンや一般の子どもたちからは「てんとう虫」の愛称で呼ばれることが多かった。拡大
設計者である百瀬晋六が、第2次大戦前・戦中の旧中島飛行機で培った航空機テクノロジーを四輪自動車に転用して開発された。356ccの空冷2ストローク直2エンジンをリアに搭載。最高出力16PSからスタートし、最終型では25PSにまでパワーアップした。
設計者である百瀬晋六が、第2次大戦前・戦中の旧中島飛行機で培った航空機テクノロジーを四輪自動車に転用して開発された。356ccの空冷2ストローク直2エンジンをリアに搭載。最高出力16PSからスタートし、最終型では25PSにまでパワーアップした。拡大
「ビートル」こと「フォルクスワーゲン・タイプ1」との近似性を感じさせる「スバル360」のリアビュー。1958年に発表・発売され、1966年まで生産された。
「ビートル」こと「フォルクスワーゲン・タイプ1」との近似性を感じさせる「スバル360」のリアビュー。1958年に発表・発売され、1966年まで生産された。拡大

日産スカイライン:ハコスカ/ケンメリ/ジャパン

わが国の自動車界を代表する人気ブランド「スカイライン」もまた、かつては世代ごとのニックネームが授けられていたことで知られる。

その由来は、自動車のCMがテレビや新聞、雑誌などで、今よりもずっと大々的な展開が行われていた時代ゆえに、それぞれの時代のCMコピーが直結していた。

たとえば3代目C10系の「愛のスカイライン」はその形状から現在「ハコスカ」と呼ばれているが、4代目C110系はCMの「ケンとメリーのスカイライン」から「ケンメリ」、5代目C210系はキャッチコピーの「スカイライン・ジャパン」から「ジャパン」の愛称で知られていた。

加えて「BUZZ(バズ)」と名づけられたユニットが歌う「ケンとメリー~愛の風のように」なるCMソングは、ケンメリのデビューした1972年にシングルレコードとしてリリースされ、オリコンチャートで一時は19位にランクされるという、当時のCMソングとしてはけっこうなヒットとなっている。つまり当時のスカイラインは、文字どおり「バズっていた」のだ。

ところで、今や「HAKOSUKA」名でアメリカを中心とする海外でもすっかり有名になってしまったC10系についてだが、亡父が日産系企業に勤務していたことから、子ども時代(1970年代)に大の日産ファンだった筆者の記憶が確かならば、一般のファンの間で「ハコスカ」と呼ばれるようになったのは、後継のケンメリやジャパンなど、世代ごとにニックネームがつけられるようになった1970年代後半以降のことであり、70年代前半の現役時代には、前述のCMキャッチコピーから「愛のスカイライン」と呼ばれることが多かったように覚えている。

つまり、流麗なコークボトルラインを前面に押し出したケンメリに対して、角張った武骨なスタイリングから命名されたそれは、後継モデルとの比較によって誕生したニックネームであることは明らかであろう。

(文=武田公実/写真=武田公実、RMサザビーズ、フォルクスワーゲン、フェラーリ、スバル、日産自動車/編集=櫻井健一)

日産スカイライン(C10型)
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1968年にデビューした3代目「スカイライン」(C10型)。テレビやラジオCMなどで「愛のスカイライン」として広告展開が行われた。のちにその形状から「ハコスカ」と呼ばれるようになった。
1968年にデビューした3代目「スカイライン」(C10型)。テレビやラジオCMなどで「愛のスカイライン」として広告展開が行われた。のちにその形状から「ハコスカ」と呼ばれるようになった。拡大
1968年にデビューした4代目「スカイライン」(C110型)。テレビCMなどに用いられた「ケンとメリーのスカイライン」というキャッチフレーズから、「ケンメリ」というニックネームが自然発生した。
1968年にデビューした4代目「スカイライン」(C110型)。テレビCMなどに用いられた「ケンとメリーのスカイライン」というキャッチフレーズから、「ケンメリ」というニックネームが自然発生した。拡大
1977年にデビューした5代目「スカイライン」(C210型)。広告キャンペーンのキャッチフレーズは「SKYLINE JAPAN」で、そこから「ジャパン」のニックネームが一般化した。
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1981年にデビューした6代目「スカイライン」(R30型)。テレビCMや新聞・雑誌広告などに米俳優のポール・ニューマンが起用されたことから「ニューマンスカイライン」と呼ばれ、のちに登場した高性能バージョン「RS」シリーズは、そのフロントフェイスデザインから「鉄仮面」と称された。
1981年にデビューした6代目「スカイライン」(R30型)。テレビCMや新聞・雑誌広告などに米俳優のポール・ニューマンが起用されたことから「ニューマンスカイライン」と呼ばれ、のちに登場した高性能バージョン「RS」シリーズは、そのフロントフェイスデザインから「鉄仮面」と称された。拡大
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