キャデラック・リリック(RWD)
創意に満ちたSUV 2022.08.15 試乗記 日本市場への展開も予定されている、キャデラック初の量産型BEV「リリック」。ゼネラルモーターズ(GM)独自の電動プラットフォームや工夫をこらした内外装でも話題だが、その走りやいかに? 後輪駆動モデルにアメリカ国内で試乗した。未来を背負う骨格
販売する乗用車のすべてを、2035年までにゼロエミッション化する。現政権が発足後に掲げたビジョンと歩調を合わせるようにGMが示した目標だ。ここで示す乗用車とは、同社の米国内での最量販車種である「シルバラード」のようなピックアップや、「タホ」のようなSUVも含まれているというから、その本気度は相当なものだろう。
主要メーカーおよびグループのなかでも最も野心的といってもいいであろうこの目標をどうやって実現するのか。その鍵となるのが新しいバッテリーコンポーネント「アルティウム」を軸としたアーキテクチャーの構築だ。
さすがに1990年代の伝説である「EV1」のキャリアが実践的に役立っているとは思わないが、2000年代にシボレー&オペルブランドで投入したレンジエクステンダー「ボルト」「アンペラ」で培われたバッテリーテクノロジーは次のボルトと「ボルトEV」にも引き継がれ、着々と改革と熟成の道を歩んできた。
少なくとも旧ビッグ3のなかで、ノウハウの積み重ねにおいてはGMは他とは一線を画するところにいるだろう。あらゆるソリューションをまずは外から見えないところで手の内化しながらその素養を見極めて、ビジネス投入へのシビアな取捨選択をおこなうという点では、トヨタによく似たところがある。というよりも、幅広い技術領域への先行投資や実装という点については、戦後、トヨタがGMに学んできたポイントといえるのかもしれない。
そのGMが今後のBEV展開の骨格とする「アルティウム」は、ラミネート型セルを採用したパウチ型のバッテリーを基に、そのパッケージを床面に平置き、もしくは重ね置きすることでさまざまな車型への適性を高めている。このバッテリーレイアウトの多様化を軸としながら、前後軸のコンパートメントを柔軟に変更することでコンパクトカーからトラックまでさまざまな車型に対応し、それによって開発の時間や工数の短縮にも寄与する……というのが、アルティウムアーキテクチャーの考え方だ。
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キャデラックらしく、BEVならでは
とりわけキャデラックは、GM内の他ブランドに先んじて、2030年にはほぼすべてのモデルのBEV化を目標に掲げている。その第1弾となるのが、このアルティウムアーキテクチャーを採用したリリックというわけだ。
新時代のキャデラックを示すデザインは、2022年7月に公開されたばかりのコンセプトカー「セレスティック」とイメージを同じくする。アルティウムを採用したビッグサルーンの未来形となるセレスティックをデザインしたのは、日本人の父とインドネシア人の母を持ち、デトロイトのCCS(College for Creative Studies)で自動車デザインを学んだ後にGMに入社したという杉之下貴彦さんだ。キャデラックの大刷新をテーマに5ドアファストバックのセレスティックを描き、コンセプトカーとしてかたちになった。
この言語を継承しながら市販BEVの先駆けとして、同じくGMのデザイナーであるキル・ボビンさんが手がけたのがリリックというわけだ。このお二人を筆頭に、プレゼンテーションで並んだキャデラックに携わるデザイナーたちの若さ、そして国籍や性別の垣根のなさにはちょっと驚かされてしまった。デザインは言語のハードルが低い領域ではあるものの、ここまでダイバーシティーが浸透している自動車の開発現場というのもそうはないだろう。さすがアメリカである。
セレスティックの内外装からは1960年代前後の、最も大きく最も濃密だった頃のキャデラック的な優美さを感じ取れるが、リリックはSUV的プロポーションもあってか、内外装ともにもう少しカジュアルかつクリーンな印象でまとめられている。全長4996×全幅1977×全高1623mmの寸法から推察するに、車格的には背の低い「XT6」といった趣だが、ホイールベースはBEVらしく3093mmと異様に長い。前後にたっぷりとられる長さを生かして、後席の着座姿勢は気持ち脚を投げ出すかたちになるが、つま先の置き場もきちんと確保されていてラウンジ的なくつろぎ感を上手に成立させていた。セレスティックはそういうものだと認識しているが、リリックにしても「1等席はもしかして後席?」と思わせる。
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他モデルとは一線を画す
今回はテックデー的な意味合いの濃いイベントのなかで得た試乗の機会ゆえ、限られた時間でのインプレッションとなってしまうが、それでもリリックの目指すところの片りんと、そのオリジナリティーは感じることができた。
試乗したのはパワー&ドライブトレイン的には最もベーシックな位置づけとなる1モーターの後輪駆動モデル。1つあたり24のセルを積層したバッテリーを床面に2×6列で12モジュール搭載、容量は100kWhとなる。航続距離は実用値に近い米EPA計測基準で約500km。日本の使用環境でも400km以上の距離は見込めるだろう。ただし日本に導入されるモデルは前後ツインモーターの4WDになる可能性もある。このあたりは2023年になるという導入の正式発表を待ちたい。
高速域ではドイツ車もかくやの精緻なトレース性をみせるぶん、低速域ではちょっと骨ばった印象もある、そんな今日びのキャデラックの乗り味とリリックのそれはいい意味で一線を画していた。
低速域からのふわっと穏やかな路面とのコンタクト感はデザインの着想点と同じく、往時のキャデラックを思わせる。とはいえ、ぶわんぶわんとバウンドが収まらないような、いかにもアメ車的なライド感ではない。テストコースには日本では考えられないほどの凹凸やひび割れなど、アメリカのさまざまな悪環境を再現した一角を走る場面もあったが、上屋の動きが適切に抑えられたそのフットワークは頼もしくもあった。大径タイヤに加えてモーターならではの高トルクに備えてか、リリックは6穴のハブを用いている。当然バネ下は重いわけだが、足元の追従性はしっかりしている。
これぞクルマ屋の仕事
後軸に搭載される駆動モーターの出力は最高出力340HP、最大トルク440N・m。試乗モデルは20インチの標準仕様だったが、トルクの立ち上がりはきれいに丸められていて、アクセル操作に気遣うことはない。発進から中速域にかけては深く踏み込めば強力な加速が得られるのはBEVの常だが、その力感に恐怖心を抱くことはないだろう。メルセデスやレクサスのそれのように、いかにもクルマ屋がきちんと仕事をした類いの味つけになっている。もしくは、あぜんとするほどの爆発力はツインモーター仕様の側にとってあるのかもしれない。
ハンドリングは、BEVならではの低重心パッケージをうまく生かしたのだろう、足まわりを無理に固めて姿勢を規制することなく、上屋をある程度動かしながらロードホールディングの良さをしっかりドライバーに伝えてくる類いのものだ。パワーをガンガンかけても操舵感に濁りが出ないのは後軸モーターならではの長所だが、コーナーでぐいぐいと追い込んでいくとフロント側の踏ん張り感がもう一声、欲しくなる状況もある。が、ここもまたツインモーター仕様の出番なのかもしれない。
余談だがリリックの試乗時には、GMCブランドで販売される「ハマーEV」にもラフロードで乗ることができた。こちらは12モジュールのフロアを2つ重ねとした24モジュールのアルティウムをコアに、前1つ、後ろ2つの3モーター構成で後輪は各輪制御される。さらに最大10度の後輪操舵も備え、モーター制御の組み合わせによってはカニ歩きのように斜め前後方向へと車体を進めることもできるなど、BEVだからこそできることがこれでもかと詰め込まれていた。GMとしてはアルティウムのパフォーマンスの可能性を示すアドバルーンとしての存在はこちらに託し、リリックではBEVだから示すことができる新しい世界観や動的質感を示そうとしているのだろう。ちなみにリリックの日本仕様の詳細は、2023年春の発表を目指しているという。
(文=渡辺敏史/写真=ゼネラルモーターズ/編集=関 顕也)
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テスト車のデータ
キャデラック・リリック
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4996×1977×1623mm
ホイールベース:3093mm
車重:--kg
駆動方式:RWD
モーター:永久磁石電動機
最高出力:340HP(255kW)/--rpm
最大トルク:440N・m(44.9kgf・m)/--rpm
タイヤ:(前)265/50R20/(後)265/50R20(ミシュラン・プライマシー オールシーズン)
交流電力量消費率:--Wh/km
一充電走行距離:312マイル(約502km ※EPA基準に基づく社内推定値)
価格:--万円
オプション装備:--
テスト車の年式:2022年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:トラックインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
消費電力量:--kWh
参考電力消費率:--km/kWh
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渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。