第31回:目指せ年間350万台! 前のめりなEV戦略にみるトヨタの狙い(後編)
2022.01.04 カーテク未来招来![]() |
トヨタ自動車が新たなEV(電気自動車)戦略を発表。2030年までに30種類の新型車を発売し、同年時点でのEVの年間生産目標を、従来の200万台(EVと燃料電池車の合計)から350万台(EVのみ)に引き上げると表明した。世界が注目するこの計画の実現可能性は、どれほどのものなのか? リポートの後編では、公開された16台の新世代EVを観察し、したたかなトヨタのEV開発戦略に迫る。
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博打を打つつもりはない
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今回発表されたトヨタの新しいEV戦略で、2021年9月の電池戦略の発表内容から変わったポイントは3つある。ひとつはEVのグローバル生産台数目標を、従来の200万台から350万台に引き上げたこと。2つ目は、それに伴ってEV用電池向けの投資額を引き上げたこと。そして3つ目が、レクサスをEV専門ブランドにすることである。
このうち「2030年に350万台」という目標販売台数についてどう見るべきだろうか。現在のトヨタグループでのグローバル販売台数は約1000万台であり、350万台という数字はその35%にあたる。例えば、トヨタと世界販売台数を競う独フォルクスワーゲングループが、2030年に世界販売台数の50%をEVにすることを目指しているのに比べると、確かにトヨタの目標は低めに見えてしまう。実際、今回の発表では海外のメディアから「トヨタの目標は低いのではないか」という指摘があった。
もっとも、欧州や中国といったEVの普及に前のめりな市場での販売比率が高いフォルクスワーゲンと、より多様な地域で商売するトヨタとでは、EVの販売計画は異なって当然だ。現在、世界の国や地域で提案されている電動車の販売比率を義務づける規制などがすべて実現したとしても、2030年時点での世界のEV比率は3割程度というのが、筆者の計算結果である。今回のトヨタの目標は、2030年における世界の新車販売に占めるEVの比率と同程度ということで、おおむね妥当な水準なのではないだろうか。
また、今回の発表で豊田章男社長がくり返し言っていたのは「未来を予測するよりも変化に素早く対応することが大事だと考えている」ということだ。言い換えれば、需要が伸びなければ350万台に届かないかもしれないし、予想以上に伸びればそれに対応するということだ。2021年9月の電池戦略の発表でも、EV用電池の製造ライン1本あたりの生産能力を低く抑え、なるべく小さい単位で需要に合わせながら投資することを明らかにした。博打(ばくち)を打たず、需要の変動に合わせて小回りの利く投資を素早く実施していくというのは、まさにトヨタの真骨頂だろう。
新世代EVは設計の共通化を徹底
もちろん、効率化の対象は設備投資だけではなく、研究開発投資も含まれている。今回の発表で紹介した市販予定EV 16車種(参照:ギャラリー「トヨタとレクサスの新開発BEV」)のうち、既に発表済みの「bZ4X」に続く「bZシリーズ」としては、「bZ Small Crossover」「bZ Compact SUV」「bZ SDN」「bZ Large SUV」の4車種が紹介された。トヨタブランドのEVでは、これらが最も早く商品化されそうだ。このうちbZ Small CrossoverはBセグメントのSUVとみられ、車格としては「ヤリス クロス」と同じクラスになる。
一方、bZ Compact SUVは“コンパクト”とネーミングされていることから、CDセグメントのbZ4Xよりも一回り小さいCセグメントの「C-HR」相当、bZ SDNは「ミディアムクラスセダン」と紹介されていることから、CDセグメントの「カムリ」相当のEVとみられる。「bZ Large SUV」はbZ4Xの3列シート版で、トヨタには国内に相当する商品がないが、マツダの「CX-8」相当のEVだと推定できる。
bZ Small Crossoverを除き、これらのCDセグメント、Cセグメントの車種は、外観から見る限りかなり車幅が近いので、ホイールベースを変更するだけでbZ4Xのプラットフォームを応用できそうだ。さらにbZシリーズとしては紹介されなかったが、今回モックアップが公開されたモデルでは「Crossover EV」がCセグメント、「Small SUEV」がBセグメントで、それぞれプラットフォームはbZ Compact SUV、bZ Small Crossoverと共通とみられる。
同様のことは今回発表されたレクサスのEVについてもいえる。今回、レクサスのEVとして発表されたのは「RZ」「Electrified Sedan」「Electrified SUV」そして「Electrified Sport」の4車種。このうち最も早く商品化されそうなのは、bZ4Xのレクサス版といえそうなRZである。これは、2021年3月に「次世代レクサスを象徴するコンセプトカー」として公開された「LF-Z electrified」の市販版となるモデルだ。
またElectrified SUVはbZ Large SUVのレクサス版、Electrified SedanはbZ SDNのレクサス版とみられる。さらに、今回の発表でモックアップは披露されなかったが、メディア用に公開されたレクサスEV商品群の集合写真には、Electrified Sedanのハッチバック版、ワゴン版、オープン版とみられる車両も写っている。これらを見ると、bZ4Xから採用し始めたEV専用プラットフォーム「e-TNGA」を活用し、多くのモデルを非常に効率的に開発していることがうかがえる。
スポーツモデルの発売は先か?
豊田章男社長はこれらのモデルを紹介する際に、いずれも2~3年のうちに発売するモデルだと強調していたが、上記以外のモデルはプラットフォームが異なるため、発売時期はやや遅れるだろうと筆者はみている。特に遅くなると思われるのが、「SPORTS EV」やレクサスのElectrified Sportといった2人乗りのスポーツカーだ。これらは全高を抑えたデザインを採用しているため、電池を収めたフロアをかなり薄く仕上げる必要がある。豊田社長はElectrified Sportを紹介する際に「全固体電池の採用も視野に入れる」と発言しているが、その理由は全固体電池が既存のリチウムイオン電池よりもエネルギー密度が高く、同じ容量なら電池を薄くできる可能性があるからだろう。トヨタはEVでの全固体電池の実用化を2020年代の後半としており、それを待っているのだとすれば、EVスポーツカーの商品化は遅くならざるを得ない。
また今回の発表では「Pickup EV」と呼ぶピックアップトラックのEVや「Compact Cruiser EV」と呼ぶオフロード車のEVのモックアップモデルも公開されたが、特に前者は、トヨタが米国で2021年12月に生産を始めた新型「タンドラ」のデザインを、ミドルサイズに落とし込んだようなイメージとなっていた。トヨタのフレーム構造車種としては最新のモデルとなる新型タンドラは、300系「ランドクルーザー」にも使われている新開発のプラットフォーム「TNGA-F」を採用しており、またハイブリッド仕様も用意されることが明らかになっている。ここからは筆者の勝手な推測だが、TNGA-FはEVへの展開も考慮して設計されており、これがPickup EVにも採用されるのではないだろうか。
このように、今回の発表では多くのEVを短期間のうちに発売するというトヨタの開発力に圧倒されたものの、よく観察すれば、スポーツカーのような少量生産車を除き、数少ないプラットフォームで効率的に開発を進めている様子がうかがえた。エンジン車では、2輪駆動仕様と4輪駆動仕様、パワーユニットと変速機の組み合わせ、排気系の取り回し、これらに伴う空調システムの違いなどにより、バリエーションの展開で多くの変更が必要となる。しかしEVでは、こうした変更が少なくて済み、多車種展開はエンジン車よりも容易だろう。他の完成車メーカーはトヨタの“物量作戦”にどう対抗していくのか。戦略の練り直しを迫られそうだ。
(文=鶴原吉郎<オートインサイト>/写真=トヨタ自動車/編集=堀田剛資)

鶴原 吉郎
オートインサイト代表/技術ジャーナリスト・編集者。自動車メーカーへの就職を目指して某私立大学工学部機械学科に入学したものの、尊敬する担当教授の「自動車メーカーなんかやめとけ」の一言であっさり方向を転換し、技術系出版社に入社。30年近く技術専門誌の記者として経験を積んで独立。現在はフリーの技術ジャーナリストとして活動している。クルマのミライに思いをはせつつも、好きなのは「フィアット126」「フィアット・パンダ(初代)」「メッサーシュミットKR200」「BMWイセッタ」「スバル360」「マツダR360クーペ」など、もっぱら古い小さなクルマ。
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