第30回:目指せ年間350万台! 前のめりなEV戦略にみるトヨタの狙い(前編)
2021.12.28 カーテク未来招来![]() |
トヨタ自動車が新たなEV戦略を発表した。2030年までに30種類のバッテリーEV(電気自動車)を発売し、同年時点でのEV生産台数目標を、従来の200万台(EVとFCV<燃料電池車>の合計)から350万台(EVのみ)に引き上げるというものだ。トヨタが、ここにきて「EVに消極的」という評価の払拭(ふっしょく)に迫られた理由とは?
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わずか3カ月で計画を見直し
2021年12月14日に行われた発表会の映像を見て、誰もが「あっ」と驚いたことだろう(参照:ニュース「トヨタが新たなBEV戦略を発表」)。豊田章男社長の「それではみなさんご覧ください。さらなるトヨタのバッテリーEVラインナップです!」という発言とともに、背後のスクリーンが切って落とされ、合計で16台ものEVのコンセプトモデルが現れたのだ。
世界的に驚きをもって迎えられたであろう、今回のトヨタの発表。まずはその概要を見ていこう。
- 2030年までに30車種のバッテリーEVを発売する。
- 2030年時点でのEVの年間販売台数目標(グローバル)を350万台に引き上げる。
- 上述の350万台のEVのうち、レクサスの販売分は100万台を計画。またすべてのカテゴリーにEVを用意し、欧・米・中では販売車両を100%EVとする。
- 2035年にレクサスをEV専売のブランドにする。
- 2022~2030年における、EV用電池を生産するための設備投資額を、2021年9月発表の1.5兆円から2.0兆円に増額する。これに伴い、2030年時点での電池供給能力は、従来発表の“200GWh以上”から280GWh程度に増加する見込み。
- 電池の設備投資に加えて、EVの開発投資を2兆円、さらにEV以外の電動車両、すなわちHEV(ハイブリッド車)、PHEV(プラグインハイブリッド車)、FCVの関連投資(開発・生産)への投資を4兆円とする。これらを合計した2022~2030年の電動化関連投資予算は8兆円となるが、必ず全額使うということではなく、適切なタイミングに適切な額を支出する。
- すでに発表済みの「bZ4X」を含め、今後数年のうちに発売するEV 16車種を公開。
今回の発表で筆者が一番驚いたのは、前回の発表からわずか3カ月で、EVの販売台数目標や電池の投資計画を上方修正したことだ。今回、トヨタがEVに関する戦略を発表すると伝えられたとき、筆者はてっきり、9月7日に発表した電池戦略(このコラムの16回、17回、18回で既報)をどのように具体化(国内での電池工場建設発表など)するかについて説明するのだと思っていた。
うなぎ上りのテスラの株価と時価総額
なぜトヨタは、これほど短期間でEVの販売台数目標や電池の投資計画を上昇修正したのか。筆者が理由のひとつと考えているのは、株式市場の動きだ。
米テスラの時価総額がトヨタを抜いて話題になったのは2020年7月のこと。当時は、販売台数や売り上げでトヨタを大きく下回っているにもかかわらず時価総額で抜いたテスラの株価を、「過熱」と評する報道も多かった。しかしそんな風評をものともすることなくテスラの株価は上昇を続け、2021年12月17日現在のその時価総額は105兆8000億円(1ドル=113円換算)と、トヨタ自動車(34兆3000億円)の3倍以上となっている。
テスラの現在の株価を「バブル」と評することはたやすい。しかし株価を利用することで虚像は実像になる。実際、テスラは2020年に3回の増資を実施し、合計で約1.2兆円もの資金を調達した。
株価がさえない企業では、増資は既存株主にとって利益の希薄化につながるため、さらなる株価下落につながる恐れがあり、おいそれとは踏み切れない。このため、高い金利を払って銀行から融資を受けることになる。しかし、テスラのように株価がうなぎ上りの企業では株主価値を毀損(きそん)せず、大げさに言えば「打ち出の小づち」のように無利子の資金を調達できる。そうして得た資金を研究開発や工場設備に投資すれば、虚像に実像が追いついてくるだろう。実際テスラは、すでにそういうステージに入ったと感じる。
世界の評価を無視するわけにはいかない
もうひとつの理由は、レピュテーションリスク、すなわち「評判のリスク」を意識し始めたことだろう。
この10月末から11月初旬にかけて英グラスゴーで開催された国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)。この会期中の11月4日に、トヨタは環境団体のグリーンピースから世界の完成車メーカートップ10社のなかで、気候対策ランキングの最低評価を受けた。エンジン車の廃止、サプライチェーンの脱炭素化、資源の持続可能な利用などに対して消極的なほか、気候対策に反するロビー活動を世界の市場で展開していることが低評価につながった。
トヨタにも言い分はあるだろう。確かにEVの販売実績は少ないものの、例えば英JATO Dynamicsの調査によれば(参照)、トヨタは欧州で自動車を販売するブランドのなかで、2019年の販売車両1台当たりの企業平均CO2排出量が、最も少なかった。少なくとも現時点において、トヨタはCO2排出量削減という観点で他の欧州メーカーより高く評価されてもいいはずだ。しかし実際にはそうなっていない。豊田社長はこれまでも「敵は炭素であって内燃機関ではない」と訴えてきたが、その声は世界には届いていないのが現状だ。
9月の電池戦略の発表では、大胆な電池への投資を発表し、こうした「EVに消極的なトヨタ」というイメージを払拭することを狙ったはずだ。しかし株価という観点で見ると、電池戦略の発表後に上昇した株価はその後下落に転じ、結局、それ以前と同程度まで戻ってしまった。株式市場での評価、そして世界の環境団体からの評価をガラリと変えるには、思い切った手を打つ必要があったのだ。それが今回の発表につながったと筆者は考えている。
トヨタが大胆なEV戦略を発表した裏事情はこのようなところだろうが、では発表の内容そのものからは何が読み取れるのか? それについては、次回解説していきたい。
(文=鶴原吉郎<オートインサイト>/写真=トヨタ自動車、webCG/編集=堀田剛資)

鶴原 吉郎
オートインサイト代表/技術ジャーナリスト・編集者。自動車メーカーへの就職を目指して某私立大学工学部機械学科に入学したものの、尊敬する担当教授の「自動車メーカーなんかやめとけ」の一言であっさり方向を転換し、技術系出版社に入社。30年近く技術専門誌の記者として経験を積んで独立。現在はフリーの技術ジャーナリストとして活動している。クルマのミライに思いをはせつつも、好きなのは「フィアット126」「フィアット・パンダ(初代)」「メッサーシュミットKR200」「BMWイセッタ」「スバル360」「マツダR360クーペ」など、もっぱら古い小さなクルマ。