スズキ・アルトラパンLC X(FF/CVT)
オシャレなだけが取りえじゃない 2022.08.27 試乗記 オシャレで遊び心に満ちた軽乗用車「スズキ・アルトラパン」に、一風変わったデザインの「アルトラパンLC」が登場。懐かしくもあり、モダンにも感じられる“新種のウサギ”は、どんなオーナーにお似合いか? ユニークなニューフェイスの魅力に触れた。いろんなクルマを思い出す
資料のどこを探してもそうは書いていないけれど、スズキ・アルトラパンのフロントマスクのモチーフは、1961年に発表された初代「スズライト キャリイFB」ではないかとニラんでいる。マイナーチェンジとともに追加されたアルトラパンLCは、広報資料に「どこか懐かしさを感じるデザインとしました」とあるとおり、ラパンと同様、少しレトロな雰囲気が特徴だ。で、こっちは1967年に発表された「スズライト フロンテLC」にインスピレーションを得ているのではないかと想像する。言ってみれば“浜松のチンクエチェント”で、自社の資産の有効活用だ。
派生モデルとして新たにラインナップに加わったアルトラパンLCに触れる前に、簡単にスズキ・アルトラパンのマイナーチェンジの概要を説明しておきたい。一番の変更点は、夜間の歩行者も検知する「デュアルカメラブレーキサポート」が全グレードに標準装備されたこと。もうひとつ、USB電源ソケットのType-AとType-Cを両方とも全車標準装備としたことも、細かいところではあるけれど使い勝手を考えると見逃せない変更点だ。こうした改良は、当然アルトラパンLCにも適用されている。
そんなこんなで、アルトラパンLCと初対面。意外やファンシーなデザインだという印象を受けなかったのは、冒頭に記したように、スズキという自動車メーカーの歴史を踏まえた形だと感じたからだろう。
一方、インテリアはオフホワイトの樹脂の使い方やメーターパネルの造形などに「フィアット500」の影響が感じられ……、というか、一部に丸パクリの部分があって思わず苦笑してしまう。フィアット500との違いは、引き出しにティッシュの箱がすっぽり入る助手席側のインパネボックスとか、スマホがぴたりと収まるシフトセレクター下のトレイとか、各種小物を収納するのに便利そうなフロントアームレストの収納とか、至れり尽くせりの収納スペースが用意されている点。カジュアルで明るいイタリアデザインのよいところを切り取って、箱庭的なモノづくりと組み合わせるあたり、和魂洋才のインテリアだ。丸パクリと書いたけれど、音楽業界だったらサンプリングと呼ぶのかもしれない。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
エネチャージが実現する快活な走りと優れた経済性
エンジンは0.66リッター自然吸気(NA)のみの設定で、ターボは用意されていない。駆動方式はFFと4WDから選ぶことができ、試乗車は前者だった。
市街地を走りだすと、少なくとも街乗りがメインだったらターボはなくてもいいんじゃないかと納得する。CVTとの連携を練りに練っているようで、それほど回転を上げなくても身軽に加速するのだ。取材をしたのは気温が35℃を超える猛暑日。エアコンはギンギンにフル稼働している状況で、小排気量のNAエンジンもがんばっている。
それでもエンジンに力不足を感じない理由のひとつに、スズキ自慢のエネチャージがしっかりと機能していることが挙げられる。エネチャージとは、減速する際のエネルギーを利用して高効率オルタネーター(発電機)を稼働させ、そこで発電した電力をリチウムイオン電池に蓄える仕組み。仮にこの仕組みがないとすると、エアコンやオーディオなどに使う電力をまかなうために、エンジンは走ること以外に、余計にオルタネーターを動かして発電も行わなければならない。
エネチャージがあると、エンジンは発電という仕事をある程度免除され、走ることに専念できるから、まず燃費がよくなる。ラパンLCのWLTCモード燃費はFFだと26.2km/リッター、4WDでも24.6km/リッターとかなりの高水準だ。ちなみに、メーターパネル上部のランプが白く光っているときに、エネチャージは作動している。
エネチャージの効果はもうひとつ。オルタネーターを動かす負担が減ってエンジンは走ることに集中できるので、軽やかに回り、力を発揮しやすくなる。さすがに猛暑日、エアコン全開の状態だと、いかにエネチャージとはいえ走行中もオルタネーターを稼働させているはずだけれど、エネチャージがない場合に比べれば負担は少ないのだろう。といった具合に、小排気量NAエンジンではあるけれど、昔の小排気量NAエンジンとは大違いなのだ。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
クルマの中は平和そのもの
小排気量NAエンジンのがんばりと同等か、それ以上に感心したのは乗り心地のよさだった。基本的にソフトなセッティングで、路面の凸凹をふんわりと乗り越えていく。ふんわりと乗り越えた後は、今度は縦方向の揺れをしっとりと収めてくれる。だから運転していると平和で穏やかな心持ちになる。
正直、ハンドルの手応えはもう少し重くて、タイヤの向きやタイヤが路面とどのようにコンタクトしているかをしっかりと伝えてくれるほうがうれしい。けれど、カーブを曲がるのに不安をおぼえるほど手応えが頼りないわけではなく、これくらい軽いセッティングのほうが運転しやすいと感じる人も多いだろう。最小回転半径は4.4mという物理的な取り回しのよさとハンドルの軽さとがあいまって、駐車はホントに楽ちんだった。
乗り心地がよいことのほかに、運転中に平和で穏やかな心持ちになる理由がもうひとつあって、それは車内が静かであることだ。タイヤが発するロードノイズなどが上手に遮断され、前述したようにエンジンとCVTは巧みな連携プレーでエンジン回転を高めなくてもよく走る。軽自動車としては、という前置きをしなくても、車内の静粛性は満足できるレベルにある。
“居心地のよさ”を大事にする人に薦めたい
軽自動車のなかには、街乗りでは満足できても高速道路に入るとツラいものがあるけれど、ラパンLCはそうではなかった。合流でがんばってアクセルを踏むとさすがにエンジンが苦しそうな音を発するけれど、キツいと感じるのはそこだけで、法定速度で巡航している限りは力不足も感じないし、エンジンのノイズも低く抑えられている。
乗り心地も、タウンスピードでの足のやわらかさから高速ではちょっと落ち着きがなくなるのではと想像したけれど、杞憂(きゆう)だった。舗装の荒れた箇所を突破しても、ショックを上手にやわらげてから乗員に伝える。欲を言えば、高速走行時にショックを伝えた後の揺れをもう少しビシッと抑えてくれるとうれしいけれど、不安を感じるほど揺れが残るわけではない。ハンドルの操作に素直に動いてくれるから、車線変更も安心だ。
総じて、ラパンLCは実直に開発された軽自動車という印象を受けた。ひとつ気になったのは、ラパンの同グレードと比べた場合、約15万円高となる価格設定だ。ブラウンを基調とした落ち着いた色合いのシートやレザーのステアリングホイールなど、確かにラパンLCのほうが大人っぽい印象である。とはいえ、車両本体価格との割合からいくと15万円は決して小さくない。パワーや格好よさにお金をかけるつもりはないけれど、居心地のよさや自分らしさにはお金を惜しまない。そんな人がオーナーになるのだろう。
(文=サトータケシ/写真=郡大二郎/編集=堀田剛資)
テスト車のデータ
スズキ・アルトラパンLC X
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3395×1475×1525mm
ホイールベース:2460mm
車重:680kg
駆動方式:FF
エンジン:0.66リッター直3 DOHC 12バルブ
トランスミッション:CVT
最高出力:52PS(38kW)/6500rpm
最大トルク:60N・m(6.1kgf・m)/4000rpm
タイヤ:(前)155/65R14 75S/(後)155/65R14 75S(ダンロップ・エナセーブEC300+)
燃費:26.2km/リッター(WLTCモード)
価格:154万5500円/テスト車=193万0335円
オプション装備:ボディーカラー<テラコッタピンクメタリック/アーバンブラウン2トーンルーフ>(4万4000円)/全方位モニター付きディスプレイオーディオ装着車(5万2800円) ※以下、販売店オプション スタンダードプラス8インチナビ<パナソニック>(17万4405円)/ETC車載器<ビルトインタイプ>(2万1120円)/ドライブレコーダー(3万7730円)/オーディオ交換ガーニッシュ(2750円)/カメラコントロールキット(2万7115円)/ナビ電源ハーネス(4400円)/フロアマット<ジュータン、ダブルライン>(2万0515円)
テスト車の年式:2022年型
テスト開始時の走行距離:664km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(6)/山岳路(1)
テスト距離:220.4km
使用燃料:11.6リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:19.0km/リッター(満タン法)/18.2km/リッター(車載燃費計計測値)

サトータケシ
ライター/エディター。2022年12月時点での愛車は2010年型の「シトロエンC6」。最近、ちょいちょいお金がかかるようになったのが悩みのタネ。いまほしいクルマは「スズキ・ジムニー」と「ルノー・トゥインゴS」。でも2台持ちする甲斐性はなし。残念……。
-
アウディSQ6 e-tron(4WD)【試乗記】 2025.9.17 最高出力517PSの、電気で走るハイパフォーマンスSUV「アウディSQ6 e-tron」に試乗。電気自動車(BEV)版のアウディSモデルは、どのようなマシンに仕上がっており、また既存のSとはどう違うのか? 電動時代の高性能スポーツモデルの在り方に思いをはせた。
-
トヨタ・ハリアーZ“レザーパッケージ・ナイトシェード”(4WD/CVT)【試乗記】 2025.9.16 人気SUVの「トヨタ・ハリアー」が改良でさらなる進化を遂げた。そもそも人気なのにライバル車との差を広げようというのだから、その貪欲さにはまことに頭が下がる思いだ。それはともかく特別仕様車「Z“レザーパッケージ・ナイトシェード”」を試す。
-
BMW M235 xDriveグランクーペ(4WD/7AT)【試乗記】 2025.9.15 フルモデルチェンジによってF74の開発コードを得た新型「BMW 2シリーズ グランクーペ」。ラインナップのなかでハイパフォーマンスモデルに位置づけられる「M235 xDrive」を郊外に連れ出し、アップデートされた第2世代の仕上がりと、その走りを確かめた。
-
スズキ・アルト ハイブリッドX(FF/CVT)【試乗記】 2025.9.13 「スズキ・アルト」のマイナーチェンジモデルが登場。前後のバンパーデザインなどの目に見える部分はもちろんのこと、見えないところも大きく変えてくるのが最新のスズキ流アップデートだ。最上級グレード「ハイブリッドX」の仕上がりをリポートする。
-
トヨタGRヤリスRZ“ハイパフォーマンス”【試乗記】 2025.9.12 レースやラリーで鍛えられた4WDスポーツ「トヨタGRヤリス」が、2025年モデルに進化。強化されたシャシーや新しいパワートレイン制御、新設定のエアロパーツは、その走りにどのような変化をもたらしたのか? クローズドコースで遠慮なく確かめた。
-
NEW
メルセデス・マイバッハS680エディションノーザンライツ
2025.9.19画像・写真2025年9月19日に国内での受注が始まった「メルセデス・マイバッハS680エディションノーザンライツ」は、販売台数5台限定、価格は5700万円という高級サルーン。その特別仕立ての外装・内装を写真で紹介する。 -
NEW
「マツダEZ-6」に「トヨタbZ3X」「日産N7」…… メイド・イン・チャイナの日本車は日本に来るのか?
2025.9.19デイリーコラム中国でふたたび攻勢に出る日本の自動車メーカーだが、「マツダEZ-6」に「トヨタbZ3X」「日産N7」と、その主役は開発、部品調達、製造のすべてが中国で行われる車種だ。驚きのコストパフォーマンスを誇るこれらのモデルが、日本に来ることはあるのだろうか? -
NEW
プジョー408 GTハイブリッド(FF/6AT)【試乗記】
2025.9.19試乗記プジョーのクーペSUV「408」に1.2リッター直3ターボエンジンを核とするマイルドハイブリッド車(MHEV)が追加された。ステランティスが搭載を推進する最新のパワーユニットと、スタイリッシュなフレンチクロスオーバーが織りなす走りを確かめた。 -
ロレンツォ視点の「IAAモビリティー2025」 ―未来と不安、ふたつミュンヘンにあり―
2025.9.18画像・写真欧州在住のコラムニスト、大矢アキオが、ドイツの自動車ショー「IAAモビリティー」を写真でリポート。注目の展示車両や盛況な会場内はもちろんのこと、会場の外にも、欧州の今を感じさせる興味深い景色が広がっていた。 -
第845回:「ノイエクラッセ」を名乗るだけある 新型「iX3」はBMWの歴史的転換点だ
2025.9.18エディターから一言BMWがドイツ国際モーターショー(IAA)で新型「iX3」を披露した。ざっくりといえば新型のSUVタイプの電気自動車だが、豪華なブースをしつらえたほか、関係者の鼻息も妙に荒い。BMWにとっての「ノイエクラッセ」の重要度とはいかほどのものなのだろうか。 -
建て替えから一転 ホンダの東京・八重洲への本社移転で旧・青山本社ビル跡地はどうなる?
2025.9.18デイリーコラム本田技研工業は東京・青山一丁目の本社ビル建て替え計画を変更し、東京・八重洲への本社移転を発表した。計画変更に至った背景と理由、そして多くのファンに親しまれた「Hondaウエルカムプラザ青山」の今後を考えてみた。