ベントレー・コンチネンタルGTスピード(4WD/8AT)
さらりと乗れる12気筒 2022.09.06 試乗記 「ベントレー・コンチネンタルGT」に待望のハイパフォーマンスモデル「スピード」が登場。フロントに積まれたW12エンジンのパワーもさることながら、真に注目すべきはそのW12の質量をものともしないシャシーだ。紳士らしい自制心とともに乗りこなしたい。主力がW12からV8へ
コンチネンタルGTスピードは、現行のコンチネンタルGTとしては2022年モデルで初めて追加された新しいトップモデルである。その名から想像できるように、既存モデルより高性能で“速い”のがキモである。その心臓部はご想像のとおり、ベントレー最強の6リッターW12ツインターボを、さらに高性能化したものだ。
ただ、コンチネンタルGT全体では、4リッターV8ツインターボへの置き換えが急速に進んでいる。本来はW12こそが標準エンジンだったはずなのに、2019年モデルでV8が登場すると、W12搭載車はみるみる減少。今回の“GTスピード”の登場に合わせて、ほかのW12はコンチネンタルGTのラインナップから落とされた。というわけで、GTの頂点となるGTスピードは同時に“コンチネンタルGT唯一のW12モデル”にもなってしまった。
GTスピードではW12ツインターボの最高出力が従来の635PSから659PSに引き上げられている。排ガスと燃費規制でガチガチに縛られた現代にあって、もともと600PS級のモンスターエンジンを性能アップさせる仕事は簡単ではなかったと察する。
とはいえ、絶対値にして24PS、比率にして4%ほどの出力向上であり、900N・mという最大トルクは変わらない。正直なところ、今回のように一般公道で、しかも筆者を含む一般ドライバーが即座に気づくほどの性能アップとはいいづらい。まして、これ以外のGTはすべてV8になってしまったので、635PSだ659PSだというより、W12であること自体がGTスピード最大の意義である。
それはベントレーも承知のうえで、今回のGTスピードにまつわる公式資料で、より声高にアピールされているのは「もっとも進化したシャシー」である。
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取り回しやすさに驚く
GTスピードに標準で備わる3チャンバーのアクティブエアサスペンションや連続可変ダンパーといったフットワーク関連技術はほかのコンチネンタルGTと基本的に共通である。ただ、GTスピードではこれまでオプション扱いだった48V電動アクティブロールコントロールシステムを標準装備して、さらに4ドアの「フライングスパー」から融通されたリアステアリング=4輪操舵も、GTでは今回が初採用となる。さらに、ベントレーとしては初のリアeLSD(エレクトリックリミテッドスリップデフ)も備える。
実際、GTスピードで走りだしてまず印象的なのは、クルマが明らかに小さく軽く感じるということだ。全幅1.9m台後半にして車重2.3t超の巨体が小さく軽いはずもないのだが、乗っているとどことなくフィット感をいだくことができるのは、英国ラグジュアリーらしく軽めに仕立てられたパワステの効果だけではない。
まずは低速で逆位相に切れる4輪操舵のおかげで、市街地では「おっ」と思うくらいに取り回しやすい。フライングスパーや「ベンテイガ」より短いホイールベースに4輪操舵を組み合わせたGTスピードは、現時点でもっとも小回りがきくベントレーなのだ。
高速域に入ると、サスペンションの各デバイスが全身全霊で上下左右の挙動を抑え込んで、今度は同位相に切れる後輪のおかげでオンザレールの安定感が増す。さらに「スポーツ」モードにしたときの4WD制御は、多くのスポーツ4WDのように前輪へのトルク配分を増してトラクションを引き上げるのではなく、逆に配分を減じてターンインでの俊敏性を引き上げるという。こうしたロジックはコンチネンタルGTのすべてに共通するものだが、GTスピードではその制御がより強められているようだ。GTスピードではそこにeLSDによる後輪の左右トルク配分も加わるので、輪をかけて曲がりがよくなる理屈である。
W型ならではの個性
こうした新しいシャシーや駆動制御のおかげで、少なくとも上り勾配のワインディングであれば、GTスピードに重さやパワーをもてあましたようなクセは感じられない。それどころか、数週間前に乗ったV8コンバーチブルより軽快なくらい……と思ったら、実際の車検証車重も今回のGTスピードのほうが70kg軽かった。しかも前軸荷重もGTスピードのほうが軽いので、その感想はあながち的ハズレではないらしい。
クーペ同士で比較すれば、もちろんV8のほうが車重も鼻先も軽い。コンチネンタルGTはフロントエンジンの12気筒車としては意外なほど良好な前後重量バランス(車検証によると54:46)をもつことは間違いない。GTスピードではそこに、前記のような現在考えられる“曲げる技術”がほぼ総動員されているのだ。
……とはいいつつ、この世の真理である物理の法則には逆らえないのも事実で、下り勾配になると、クルマ全体、そしてノーズの重さは隠しきれなくなり、見るからにバリバリに利きそうな超大径穴あきディスクブレーキをもってしても、制動性能は文句なしとはいいがたい。そこはラグジュアリーカードライバーらしい自制心が要求されるところだ。
そんなシャシーに加えて、GTスピードの真骨頂はいうまでもなく、今や絶滅危惧種どころか絶滅確定種というほかない12気筒エンジンである。従来型からの性能アップがわずかとはいえ、絶対的には世界でも指折りの動力性能である。アクセルペダルを踏み込めば、地の底から湧き出るような力で蹴っ飛ばされる。しかも、トップエンドの6500rpmに近づくほどキメ細かくなる、やんごとなき回転感はさすが12気筒だ。ただ、完全バランスのV12ほどすべてが溶け合うわけではなく、武骨な振動=サウンドが最後まで残るのは、良くも悪くも「W型」をうたうこのエンジン特有の個性である。
汗臭さとは無縁の世界
ただ、コンバーチブルのGTスピードに乗った今尾さんも書かれていたように、ごく普通に流しているかぎり、同じエンジンを積むSUV=「ベンテイガ スピード」ほどには、12気筒の存在を感じにくいのは事実だ。それはGTスピードは肉体的負担増を喜ぶような下界の体育会系スポーツカーとはちがう……というベントレーならではの流儀だろうか。
あるいは世界中のスポーツカーを存続の危機に陥れている騒音規制の影響もあるかもしれない。「もっとうるさいクルマもたくさんある」という指摘はごもっともだが、今の騒音規制には「スーパーカー枠」だの「ミドシップ条項」だのと呼ばれるグレーゾーンがあるらしい。GTスピードはそこに引っかかるのかも……というのは筆者の妄想だ。
閑話休題。それでも650PS以上にして900N・mの12気筒のラグジュアリークーペが放つオーラはタダモノでない。8段DCTのマナーも十分に上品だが、V8との組み合わせではほぼショックレスだったのに、今回はときおり変速の瞬間を少し意識させられた。それだけエンジントルクが強力なのだろう。そのありあまる怪力を(上り勾配~平たん路限定とはいえ)一般公道でなんのコツもなく、乗り手の心拍数をことさらに高めることもなく引き出せるダイナミクス技術は素直にすごい。
ベントレーゆえに、内外装の仕立ても自由自在だが、今回の試乗車はGTスピード専用トリムを含めて典型的なカラーと内装素材で固められていた。ステアリングのグリップ、シートのメイン表皮、ダッシュボードやセンターコンソールのエッジ……と、人の手や身体が触れやすい部分にスエードをあしらうのはスポーツカーのお約束である。メッシュグリルにレッドキャリパー、内装もブラック基調に赤い差し色、さらにはスエード、カーボンパネル……と文字で列記すると「シビック タイプR?」なのだが、合計4000万円超(!!)の今回のベントレーには油臭さも汗臭さもまるでない。当たり前か。
(文=佐野弘宗/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
ベントレー・コンチネンタルGTスピード
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4850×1965×1405mm
ホイールベース:2850mm
車重:2270kg
駆動方式:4WD
エンジン:6リッターW12 DOHC 48バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:659PS(485kW)/6000rpm
最大トルク:900N・m(91.8kgf・m)/1500-5000rpm
タイヤ:(前)275/35ZR22 104Y/(後)315/30ZR22 107Y(ピレリPゼロ)
燃費:13.7リッター/100km(約7.3km/リッター、WLTPモード)
価格:3490万円/テスト車=4029万4190円
オプション装備:ツーリングスペック(116万9900円)/ムードライティングスペック(27万8590円)/22インチスピードホイール<ダークティント>(24万7410円)/標準ブレーキとレッドキャリパー(23万0920円)/LEDウエルカムランプbyマリナー(7万5540円)/シングルフィニッシュ<ハイグロスカーボンファイバー>(87万8780円)/フロントシートコンフォートスペック(57万9630円)/コントラストシートベルト(11万9750円)/Bang & Olufsen forベントレー(93万4890円)/ベントレーローテーションディスプレイ(87万8780円)
テスト車の年式:2022年型
テスト開始時の走行距離:4802km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(7)/山岳路(2)
テスト距離:621.8km
使用燃料:87.2リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:7.1km/リッター(満タン法)/7.0km/リッター(車載燃費計計測値)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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