第786回:イタリアで「痛いクルマ」が急増中 部品点数削減のすゝめ
2022.12.08 マッキナ あらモーダ!ブラックジャック的補修
イタリアで最近、痛いクルマが増えている。といっても、日本で言うところの萌(も)え系ラッピングを施した「痛車」ではない。見た目に痛々しい状態のクルマが増加しているのだ。同時にその解決につながる兆しが……、というのが今回の話題である。
まず、どのようなクルマが目立つようになっているか? 第1は樹脂バンパーとフェンダーの継ぎ目周辺をガムテープで留めている車両である。何らかの衝撃を受けた際に、通常の位置から落ちてしまったものが大半と考えられる。
第2は、ドアミラーをテープなどでぐるぐる巻きにして支えているクルマだ。これは以前にも時折見られたが、ここ1年で目撃する頻度が急激に増えた。
思えば10年以上前のイタリアで、メルセデス・ベンツ純正部品の広告として「パーツは冗談ごとではありません」というコピーとともに、ドアミラーとして手鏡をくくりつけたポスターがあった。それを笑えない状態といえる。
加えて、ここ1年はボディーの簡易補修もよく見かけるようになった。交換・板金などをせず、破損部分を留め具でつなげてしまう手法だ。見た目は、まさにブラックジャックといったところである。
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直せない・直さない
第775回で「ラッタッタ」の語源を調べた際に協力してくれた民間車検場オーナーのパオロ氏は、こうした補修を「いずれも違反だ。たとえ職人技で行われたとしても、脱落した際に他車両に危害を及ぼす。したがって、破損部分は交換する必要がある」と警告する。そして本欄第752回で登場した板金工場のタツィオ氏は、「言うまでもなく、こうしたクルマのドライバーは、補修費用がやりくりできないのだ」と話す。
背景にあるものが、収入の減少であることは明らかだ。イタリア経済財務省の発表によると、2020年の個人の所得申告額合計は8651億ユーロで、前年比190億ユーロも減少している。
欧州統計局(ユーロスタット)が発表した、世界における2020年の独身労働者の年間手取り給与も見てみよう。スイスの6万7658ユーロ(約957万円)、日本の3万3048ユーロ(467万円)に対し、イタリアは2万1462ユーロ(約303万円)で、EU平均をも下回る。
同時に、自動車の補修費用を捻出するのが厳しい年金生活者も増えている。65歳以上人口は2021年統計で23.5%に達している。1990年が14.9%だったのを考えると、急速な高齢化だ。
結果として、古いクルマを簡単な方法で直して、乗り続ける人が多いのである。イタリアの自動車業界団体UNRAEの2021年統計によると、国内を走る3880万台の乗用車の平均車齢は2021年時点で11.8年だ。2009年に7.9年だったことを考えると、4年近く古くなっている。
ただし、こうした現象を招いたのは、クルマをつくる側にも非があると筆者は考える。長年にわたりディーラー指定サービス工場の勤務経験があるイタリア人は「メーカーは、顧客のクルマに整備工場に入庫してもらうために、ありとあらゆる手段を考えている」と指摘する。彼が指摘した一例が、メーター内に表示されるサービスインターバルの表示および、それに連動した警告音だ。
イタリア人のクルマに乗ると、そうしたアラームはかなりの頻度で無視されている。定期点検の費用が惜しいのと同時に、早急とまではいえない箇所まで修理を勧められるのがうっとうしいので放置しているユーザーも少なくない。
何を言いたいのかといえば、もはや整備費用が払えないユーザーとともに、メーカーおよびディーラー系サービス工場のストラテジーが嫌で修理しないドライバーが増えているのだ。
シトロエンの提案
そうしたユーザー感情をそれなりに察したと思われるクルマがある。2022年9月にシトロエンが公開した電気自動車(EV)のコンセプトカー「オーリ(Oli)」だ。
先に車両の概要を記せば、全長は4.2m、重量は1tに抑え、バッテリー容量は40kWh、最高速度も110km/hに抑えられている。すなわち日常における実用域に焦点を絞っている。そのかわり、EVを検討するユーザーにとって最大の関心事のひとつである満充電からの航続可能距離は、400kmを実現している。同じEVでも大型かつハイパワーを誇るドイツ系プレミアムカーとは逆のアプローチである。
しかし今回筆者が強調したいのは、オーリのボディー構成部品である。バンパーおよびドアは、すでに市販されている「アミ100%エレクトリック」で実現しているように、いずれも前後や左右が共通のものを使用している。
インテリアのパーツも、同等のコンパクトなファミリー用ハッチバック車がダッシュボードとセンターコンソールだけで約75点の部品を使用しているのに対して、半分以下の34点に抑えている。
要は、パーツ点数を抑えてコスト低減を図ることを、シトロエンはこのコンセプトカーを通じて考えているのだ。筆者の視点からすれば、これらが実現すれば、純正パーツの低価格化に加えて入手の容易性も促すだろう。ひいては、車検も通らないような、危険なクルマが少なくなる。さらに飛躍して考えれば、損害保険会社にとっても、保険金支出が減額できると考えられる。
あの名デザイナーも考えていた
実は、シトロエン・オーリより22年も前にイタリアのデザイナー、レオナルド・フィオラヴァンティ氏が、より大胆な方法で外板パーツの簡略化を提案している。2000年のコンセプトカー「トリス」だ。
左右のドアとガラスはオーリに先がけて、同一パーツの使用を提案している。加えて、トリスではなんとテールゲートまで同じもので済ませている。
各ドアにはグリップが左右に付いている。今回執筆にあたってフィオラヴァンティ社に確認したところ、握ったグリップによって、左右どちらからでも開けられる機構だという。家電ブランドのシャープが冷蔵庫に採用している「どっちもドア」を想像すればよい。
また、フロントフードを側面まで回り込ませることにより、左右の前フェンダーも省略している。パネル系ばかりではない。前後灯火類のベゼルも同一のものを使用している。
フィオラヴァンティ氏は、2009年に再度トリスのコンセプトを提案した際、以下のような極めて明快な解説をしている。筆者が当時の欧州自動車界について補足すれば、ルノーのサブブランドでルーマニアを本拠とするダチアが2004年発表の低価格車「ローガン」で成功したことで、新興国製のローコストカーが注目されていた時代である。
「今後、先進国を含め、あらゆる市場で低価格車が重要な役割を担うようになるなか、フィオラヴァンティはトリスプロジェクトを再び提案します。
経済的なクルマのプロジェクトはイタリアンデザインの典型です。フィオラヴァンティはローコストカーに関して、労働力が安い生産地域に目を向けるだけでなく、本質的に経済的な車両設計も新しい判断基準となるよう定義したいと考えています。
本車両の目的は特許を、部品点数が大幅に削減されるであろう未来の自動車に反映させることです。部品群は、もはや位置に応じたパーツナンバーやディフィニションで識別されず、その機能のみで設計されるようになります。
これはベーシックな自動車に対する、新しい考え方でありアプローチです。ドアは「右扉部品No.〇〇」「左扉部品No.〇〇」「後扉部品No.〇〇」、バンパーも「前バンパー」「後ろバンパー」、灯火類は「左前照灯」「左尾灯」ではなくなります。これらは、位置(左右前後)に関係なく、すべて同じ部品になるため、「開口機能」「バンパー機能」「灯火機能」のみで表せるのです。
フレームワークもこの新しいアプローチの影響を受けており、左右同一でトリスらしい外観を実現しています。リアとサイドウィンドウも同じものです。
このデザインにより、開発段階では採算性調査やエンジニアリング、試作を簡素化でき、工場、金型、組み立て、さらに物流まで、生産チェーン全体が恩恵を受けることができます。
トリスの特許取得済み車体ソリューションを、未来の環境に優しいエンジンもしくは従来型エンジンと組み合わせることで、必ずしも外寸を縮小することなく、真のローコストカーが実現可能と考えています」
こんな時代だからこそ
ピニンファリーナ在籍時代を含めて30モデルものフェラーリを手がけてきたフィオラヴァンティ氏が、こうした究極ともいえる経済車を提唱しているのは、極めて痛快である。2022年で御年84歳になるが、自動車にとって激動の時代だからこそ、これからも積極的に提案していただきたい。
もちろん、こうしたパーツの共用実現には、衝突実験や各国の保安基準など、数々の課題をクリアする必要がある。しかし、当面所得の飛躍的向上が望めず、冒頭のようにまともな修理さえできなくなったイタリアなどでは、より実生活に即した低コスト・低補修費用を実現するクルマがふさわしいのは明らかだ。
豊かな仕向け国に合わせてむやみに肥大化・高価格化してしまったモデルが多いなか、シンプルなモノほど格好よく映る時代の再来と、それを体現できるクルマの到来を待ち望むのである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、ステランティス、フィオラヴァンティ/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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