第790回:GTもスポーツカーも死語寸前 「マツダ・エチュード」に光明か!?
2023.01.12 マッキナ あらモーダ!限りなく0%に近い
「GT」や「スポーツカー」が、イタリアでも絶滅危惧種であることは明らかだ。それにちなんで今回は、自動車にまつわるいくつかのネーミングについて考えたい。
GTやスポーツカーの衰退を顕著に示すのは、同国の自動車業界団体UNRAEが2023年1月2日に発表した、2022年のカテゴリー別乗用車登録台数だ。
GTやスポーツカーが多く含まれる「クーペ」カテゴリーの1位は「BMW 4シリーズ」の1076台で、以下は「BMW i4」の686台、「ポルシェ911」の646台が続く。ただし該当する車種を合計しても6396台で、全登録台数のわずか0.5%にすぎない。
「カブリオレ」も1位の「フィアット500C」こそ3316台と4桁だが、2位は「MINI」の726台、ポルシェ911の700台といずれも3桁だ。該当車種の合計も7904台にとどまり、こちらも全登録台数のたった0.6%である。
確かに最近、そうしたクルマをイタリアの路上で見かける機会は少ない。
背景には、クロスオーバー/SUVの人気が2022年も継続したことがある。「フォード・プーマ」の2万9477台を筆頭にした「クロスオーバー」カテゴリーの合計は57万7308台に達し、全登録台数の43.2%を占める。これは「ベルリーナ」(実質的には小型ハッチバック)の39.6%を凌駕(りょうが)している。
しかし、クロスオーバー人気だけに理由を帰結させてはいけない。
ほど遠い人が乗っている
実際は「ネーミングと実態の乖離(かいり)ではないか?」というのが、筆者の考えである。
GT(グラン・トゥリズモもしくはグランド・ツーリズム)とは、高速かつ快適な大陸内移動を目指したものである。
対して今日、イタリアで国境を越えてくる外国ナンバーのクルマを観察していて、GTに乗ってくるドライバーは数少ない。
それを証明する数字がある。イタリアに陸路で入国した人の数だ。もちろん観光バスで移動した人もカウントしていると思われるが、1996年には76.8%であったのに対し、2018年には56.9%にまで低下している。いっぽうで、航空機での入国は、14.3%から39.7%と2.7倍に増加(データ出典:イタリア銀行/ISPRA)。背景には、ライアンエアやイージージェットといった欧州系格安航空会社の台頭があったのは明らかだ。イタリアに来る人々は自動車よりも、楽に早く移動できる飛行機を選ぶようになっているのである。GTの出番はない。
次に、スポーツカーについても考える。ミシガン州ディアボーンに本拠を置く「自動車殿堂」は、「何が最初の真のスポーツカーなのかという議論は、クルマそのものとほぼ同じくらい長い間続いている」とことわったうえで、「一般にスポーツカーとは、スピードと操縦性を追求し、車高が低く、2人乗りの市販車と定義されている」と解説している。そしてレース用ではない真の意味でのスポーツカーの起源として、メルセデスの「シンプレックス」(1901年)を紹介している。
それでは、スポーツカーが衰退してしまった理由は何か? それは名称とイメージがかけ離れてしまったことである。
イタリアをはじめとした欧州では今日、そうしたクルマを所有している人の大半が年配層だ。
イタリアを例にとれば、252馬力以上の車両には、禁止税ともいえるほど高額な自動車税が課されることがその背景にある。例えば「ポルシェ911ターボ」のそれは年間6400ユーロ(約90万円)を超える。隣国フランスでも「911 GT2」は課税馬力45CVと計算され、年間5000ユーロ(約70万円)超だ。
すなわち一般人がいくら頑張って中古スポーツカーを入手しても、維持するのは日本以上に困難である。そのチャンスがあるのは、年齢を重ねて社会的地位を得た人である。燃費を気にするあまり、自分のクルマのATを12年間一度もスポーツモードにしたことがない筆者のたわ言として聞いていただきたいが、そうしたスポーツカーのオーナーの多くは、残念ながら「スポーツ」とは無縁の体形と風貌をしていることが少なくない。
また時折、外国からベントレーなどの超高級車でイタリアにやってくる人がいるが、素朴な風景とコンパクトカーがあふれるこの国では、「違うってば」感が漂う。
イタリアのファッションインフルエンサーが、スポーツカーを背景にした写真をSNSにアップしているのを見かけるが、その多くが撮影用であることを多くの人々は知っている。
いっぽう若いモデルの個人車は、実は「ルノー・クリオ」といった極めて質素な小型車ということが多い。
1960年代に東大総長が語った「太った豚になるよりは、痩せたソクラテスになれ」ならぬ「太ったスポーツカー乗りになるよりは、痩せたファッショニスタのほうがよい」と考えるイタリア人が若い層に少なくないのはうなずける。
ビジョンに続け!
GTとスポーツカーの名前が過去のものになりつつあるいっぽうで、近年自動車業界で、妙に多く使われているネーミングがある。それは「Vision(ビジョン)」だ。まずは2000年代に入って、メルセデス・ベンツがコンセプトカーに多用していた。2015年の東京モーターショーには「ビジョンTOKYOコンセプト」も展示された。ところがヒョンデも2019年に「ビジョンT」を、2022年に「Nビジョン74」というコンセプトカーを発表。最新ではBMWが2023年1月のラスベガスCESショーで「iビジョンDee」を公開した。気がつけばビジョンは、コンセプトカーを示す代名詞になりそうな勢いである。
そうしたなか、2023年の元日にシエナのわが家でラジオを聴いていたら、フレデリック・ショパンの『エチュード』が流れてきた。筆者の頭に浮かんだのは、「マツダ・エチュード」である。1987年にマツダが発表した、「ファミリア」がベースのクーペだ。すでに企業サイトに写真が存在しないことから、読者諸氏にお見せできないのが残念である。
音楽用語で「étude」は「練習曲」を指す。直訳するとマツダの場合は「マツダ練習曲」だ。いまひとつ、いただけない。
しかし、実はエチュードには、2つのタイプが存在する。第一は技術を鍛えるため、つまりトレーニングとしてのエチュードである。ピアノを習った方なら一度は泣かされたことがある『ハノンの教則本』がそれに当たる。
もうひとつは、そこから発展して、聴衆の前で演奏するに耐える内容をもったエチュードだ。ショパンのものなどはこちらだ。また、美術の世界では、エチュードは「習作」「素描」のことである。そもそもフランスではデザインなどの研究室をbureau d' étudesと言い、あのシトロエンも第2次大戦後まで同様の名称を使っていた。したがって、マツダが研究開発(練習)の結果、人さまにお見せできるものができた、と解釈すれば、エチュードを名乗っても矛盾は生じない。
そこで思いついたのだが、マツダが近い将来のコンセプトカーにすべて「エチュード」の名を冠すればかっこいいではないか。フォードが傘下のカロッツェリアのギアとともに「プローブ(探査)」というコンセプトカーを5台つくったあと、量産車にその名前を冠してしまったのとは逆バージョンである。
運よくビジョンのようにフォロワーが出れば、元となった量産版がたった2年間で市場から姿を消えざるを得なかったことは雲散霧消する。加えて、絶版車種を思い出しては面白がっている、筆者のようなやからの鼻を明かすことができると思うのである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、メルセデス・ベンツ、ヒョンデ、BMW/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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