第814回:新型「トヨタ・アルファード」をイタリア・フランス・スイス人はどう見たか?
2023.06.29 マッキナ あらモーダ!「シエンタ」のときと比べて……
トヨタ自動車は2023年6月21日、ミニバンの新型「アルファード/ヴェルファイア」を発表した。日本市場の今を象徴するこのモデルを、周囲のイタリア人やフランス人、そしてスイス人がどう見たか、筆者がどう捉えたかというのが今回の話題である。
最初に、メディアがどう取り上げているか。イタリア語の主要自動車メディアで記事を発見できたのはバン専門の『オムニフルゴーネ・プント・イット』で、それも親会社である米国系サイト『モーターワン・ドットコム』からの配信記事である。「巨大なグリルの向こう側を見てみましょう。エレガントなミニバンが見えてくるかもしれません……。フロントの強調されたデザインは、実際にはトヨタのアルファードとヴェルファイアの第4世代(大矢注:原文ママ)にとって第1の部分ですが、斬新な要素はそれだけではありません」と書き出している。続いて「これら2モデルは、同じくTNGA-Kプラットフォーム上に構築されたエレガントな『レクサスLM』を“フォロー”しており」とつづられているが、大半は諸元に基づいた車両解説に徹している。本欄第772回で触れた2023年8月の「トヨタ・シエンタ」からすると、報じている媒体も内容も極めて限定的だ。
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同類が不在の理由
報道の少なさには理由がある。今日アルファード/ヴェルファイア(以下、アルファードとする)に相当するミニバン車型が、欧州では人気がないためだ。背景をイタリアの自動車販売店で働くセールスパーソンたちに尋ねてみた。彼らが指摘するのは3つだ。
最初はトレンドである。「かつての『フィアット・ウリッセ』『ランチア・フェドラ』といった(アルファードより短い)全長4.7m級のMPVは、2010年前後までそれなりに人気でした」。営業歴20年のセールスパーソンは、こう振り返る。「ただし、後年のSUVブームによって淘汰(とうた)されてしまったのです」
日本のJAFにあたるフランスの組織で長年協議委員を務めた知人も「流行の問題です」と同意見だ。「ヨーロッパでは大型MPV、コンパクトMPV、そしてシティーカーといった流行がありました。MPVは20年間にわたる成功の後、SUVに取って代わられました。セダンと同じく、顧客層が残っていたとしても、メーカーとしてはカタログに載せておくには少なすぎて、モデル数を減らしてきたのです」
参考までに、2023年5月のイタリアの乗用車登録台数のうち、MPVは2429台だ。全ブランドを合わせても、アルファードの日本国内における月販基準台数8500台の足元にも及ばないのである。占有率もわずか1.8%にすぎない。アルファードに最も近い形状の「メルセデス・ベンツVクラス」でさえ、月間登録台数は192台にとどまる。
第2の理由は、そのVクラスに関連してくる。別のイタリア人セールスパーソンは「市場はVクラス一強なのです」と説明する。そうした状況は、2022年7月7日の本欄第764回を参照いただこう。勝ち目がない、すなわち開発しない、の循環で、他社の乗用車登録ミニバンはラインナップが狭められたのである。
ちなみに、フィアットもVクラスに対抗できる駒を持ち合わせていない。2022年に約12年ぶりに復活したウリッセは、「E-ウリッセ」として電気自動車(BEV)のみの展開だ。一充電走行距離は330kmで、セールスパーソンに言わせれば「最大の顧客であるハイヤー需要には、到底応えることができない」。
第3は、ここ10年で欧州では「ミニバン=ハイヤー」の印象が浸透したことがあろう。もはやハイヤーの主流はセダンではなく、多人数で乗れるミニバンである。営業車に間違われるような車型のクルマをわざわざ購入するユーザーは限られるのだ。
ゆえにイタリアやフランスで、アルファードに相当するミニバンは、一般ユーザーへの浸透が難しいのである。
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「拷問に値する」とも
次に新型アルファードのデザインについて、彼らに聞いてみた。なお私も含めて全員が、実車ではなく、メーカーが公開した写真を参照したうえでの感想であることをお断りしておく。
誰もが最初に衝撃を受けたのは、やはりフロントグリルだった。前述の1人目のセールスパーソンは「どこか2000年代の『クライスラーPTクルーザー』を思い出すね」と感想を述べた。いっぽう彼の同僚は、手でその形状を表現しながら「トロッポ・チネーゼ(あまりに中国的だ)!」と言い放った。今日の中国ブランドには、日本車を超える秀逸なデザインが数々存在することを知る筆者としては、彼の意見にはもろ手を挙げて賛成できない。しかし、言いたいことは理解できる。
前述のフランス人識者も同様で、「アメリカンスタイルのグリルですね。詳しく言えば、米国製ピックアップを思わせます。エレガントとは思いません」とコメントした。全体のスタイルについても「私自身はもっと滑らかで、流体的なスタイルが好きです。これは拷問に値します。攻撃的、かつ重い。優雅なデザインを得意とするイタリア人を呼ぶべきだったでしょう。見た瞬間に感動を呼び起こすクルマであるべきです」と辛口だ。
もう1人、高級プライベートジェット機の製造会社に長年勤務した後にリタイアし、現在は「メルセデス・ベンツGLA」を愛車とするスイス人にも聞いてみた。彼の意見は「極めて大柄で、エアロダイナミック感が欠如している」だった。
筆者自身が気になったのは、後ろのフェンダーとバンパー周辺の造形がもたらす「重さ」である。先代も同様であったが、斜め前方から眺めたとき、後輪のホイールアーチ後端からの存在感が強すぎて、スピード感を妨げている。このあたりは、Vクラスの躍動感とは異なる価値観を目指しているとしか言いようがない。
次にグリーンハウス下部のデザインだ。フロントガラスからフロントドアガラスに向けて連続する線、リアドアガラス後方から前方に向かって上がるラインが、Bピラー付近で不協和音を奏でている。テールランプに至るラインも、心地よい視覚的連続性が感じられない。
構成する線と面が多くても比較的成功している例として引き合いに出したいのは、「DS 4 E-TENSE」だ。一見煩雑だが、観察すると側面と後方で、途切れながらも連続しているキャラクター/ルーフラインが多い。そのため、見る者に緊張と弛緩(しかん)という、音楽の基本に似た感情を生み出すのだ。
自動車デザインのマニエリスム時代
アルファードのデザインで同時に指摘すべきは、側面のキャラクターライン、つまりプレスである。筆者は視聴し得る動画投稿サイトを通じて、走行時のリフレクションを観察してみた。徹底的に映り込みを計算し、時間をかけて撮影されたスタジオ写真とは異なり、屋外動画での見え方はうそをつかない。流れ行く景色の映り込みのゆがみ加減は、水の流れといった自然の流体を見慣れた目からすると、かなり違和感がある。
まったく車型は異なるが、同じキャラクターラインでも、2023年5月に「コンコルソ・ヴィラ・デステ」で公開された「BMWコンセプト ツーリング クーペ」は秀逸だ。それが動く姿を見ていて思い出したのは、さまざまな角度から見た図像を一枚に収めた20世紀初頭のキュービスム絵画だ。それに似たリフレクションを車体に次々に映し出してゆく。
また、全長がアルファードより1m近く長いので直接の比較にはならないが、1992年の「イタルデザイン・コロンブス」は、クリーンな線でファンタジー感あふれるミニバンができることを示唆している。
元来筆者は、こうしたエモーショナルなキャラクターラインが、果たして必要かと思うことがある。いっそのこと、1970年代のフェラーリのごとく、複雑なキャラクターラインなしでも凛とした存在感を示す造形ができないものかと考えるのである。
筆者は、空力的にも安全対策上でも理由が乏しい複雑なキャラクターラインを持つ自動車を、イタリア美術史におけるルネサンスの後、16世紀に発生したマニエリスムに例えて考える。イタリア語の「maniera(手法)」に由来する言葉で、マンネリズムの語源でもある。ルネサンスの巨匠による高度な技法を模倣し、超越しようとした揚げ句、極度に誇張・非現実化された肉体表現や、不自然な空間・色彩表現があふれてしまった時代である。その後歴史は、装飾性を追求したバロック、絢爛(けんらん)豪華な宮廷文化を反映したロココ様式へとつながるが、フランス革命を機会に再度ギリシア・ローマの古典に回帰する。
果たして自動車デザインにも、そうした回帰がもたらされるのか。革命に相当するものは何なのか? それはユーザーにとって悲劇を伴うのか、幸福なのか? マニエリスム的なアルファードを観察して、考えることは多い。
次のVクラスが楽しみだ
別の視点からマニエリスムを捉えれば、ルネサンス期までの教会に対して、宮廷という新たなクライアントに迎合した先駆けであった。アルファードも、企業の利益や膨大な数の従業員の収入、そしてサプライヤーの利益を確保する商品として、マーケットドリブンである必要がある。顧客の趣向に合わせることは最重要課題なのだ。それらをコストおよび技術的制約のなかで実現し、かつ先代を超えるものをつくるというプレッシャーに耐えたアルファード開発陣の能力には深い敬意を表する。
そもそも筆者は、デザインに対する疑問を除いて、アルファードという商品を否定しているわけではない。2017年のことである。日本で初めて配車サービス「Uber」を使用したとき、やってきたのはアルファードだった。スライドドアが閉まった途端に都心の喧騒(けんそう)を一気にシャットダウンし、別世界を演出する、その静粛性に驚いた。走行中の振動や音もしかり。工事中の鉄板であちこちが穴埋めされている都心部の道路も、それが存在しないかのように走り抜けるのには舌を巻いた。激しい景観論争を巻き起こしたパリの高層ビル「モンパルナス・タワー」について「最も美しいのは(それが見えない)展望台からの景色だ」という言葉がある。少なくとも個人的にはアルファードも乗ってしまえばすべてよしなのである。
次期モデルは、来るべきライドシェア時代や自動運転時代にミニバンはどうあるべきかといった、他社に先駆ける啓発的アプローチも見せてほしい。
同時に「早いうちにメルセデス・ベンツが新型アルファードをサンプル購入して、分解を始めるに違いない」と筆者は信じている。彼らにとって極めて重要な市場である中国で好評を得るのに、アルファード(中国語で「埃尔法」)は、最善の教科書であろう。次期Vクラスがわが道を行くのか、それとも、どこかアルファードを匂わせるものになるのか。今からひそかな楽しみである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=トヨタ自動車、イタルデザイン、大矢麻里<Mari OYA>、Akio Lorenzo OYA/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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