第764回:「メルセデス・ベンツVクラス」が大増殖中! イタリアで何が起きている?
2022.07.07 マッキナ あらモーダ!“ベンツ”の隠れた優等生
2022年、イタリアの路上で目撃する頻度が急激に上昇したクルマがある。メルセデス・ベンツのミニバン「Vクラス」(以下断りがない場合、商用車版「VITO(ヴィート)」も含めてVクラスとする)だ。車体色は黒が9割、白が1割といったところだろうか。大半が全長5m以上の「ロング」、もしくは「エクストラロング」である。
ユーザーが誰かを察するのは簡単であり、それはまた喜ばしいことだった。観光ハイヤーのドライバーである。彼らの立場と仕事ぶりについては、2021年10月に本欄第727回に紹介したので、あわせて参照いただきたい。
イタリアでは、2022年4月のイースター休暇を機に、新型コロナウイルスに関する各種規制が次々と廃止された。おかげで、国のGDPの7%を占めるうえに170万人が就労している観光産業は、活況を取り戻しつつある。それは数字に表れている。イタリアのホテル業界団体であるフェデルアルベルギによると、2022年5月の客数は新型コロナ前である2019年の同月比で33.9%増を記録している。特に外国人は45.8%増と、顕著な回復を示している。
そうした背景から、ハイヤーのVクラスが走り始めたのである。それは、観光産業復活の証しでもあるのだ。筆者が住むシエナは、イタリアを代表する景勝地のひとつだ。周囲にはキャンティ地方をはじめ、知名度が高いもののクルマがないとアクセスが難しいエリアが点在する。さらに7月2日には、2019年を最後に開催が見送られていたイタリアを代表する伝統行事のひとつ、競馬の「パリオ」が復活した。したがって観光ハイヤーは大活躍なのだ。
大都市でもVクラスの存在感向上は顕著である。2022年6月、ミラノでは「デザインウイーク」が3年ぶりにフルスケールでリアル開催された。フィレンツェでは紳士モード見本市「ピッティ・イマージネ・ウオモ」が同様に従来の規模で催された。いわばイベント再開のパレード月だった。そうしたなかで、関係者やVIPを運ぶ多数のVクラスが待機したり縦横無尽に走ったりしていたのだ。前述の第727回に登場したドライバー、マッシミリアーノさんに連絡をとると「今年は本当に忙しくなりました!」と、うれしいメッセージが返ってきた。
Vクラスばかりが目立つ理由は、数字が裏付けてくれた。イタリアにおける2022年上半期の大型ワンボックス車登録台数順位においてVクラス(乗用車仕様)は696台の首位で、2位「トヨタ・プロエース ヴァーソ」の475台、3位「オペル・ザフィーラ ライフ」の276台を大きく引き離す。前年同期(435台)と比較すると、60%近くも上回っている。
メルセデス・ベンツのブランド全体でみると、2022年5月の登録台数は2万2021台で、前年同月比で24.15%ものマイナスを記録している。半導体不足による納車遅れを考慮すべきではあるが、それを差し引いて考えれば、Vクラスは製品系列中の“優等生”といえる。
なぜ、そこまでVクラスに人気があるのか?
プロドライバーのたまり場で
それを知るべく、シエナ市内の公園に赴いた。なぜなら、観光ハイヤーのドライバーたちにたびたび会えるからである。他のイタリアの都市同様、この街の公共駐車場の料金は決して安くない。そのうえお客が戻ってくるまでの待機中、エンジンをかけてエアコンを作動させているのは経済的観点からも好ましくない。なにしろ石油価格の高止まりにより、ディーゼルでも1リッターあたり2ユーロ(約280円)を超えるのが常態化しているのだ。そのため、木陰に止めておける無料の公園は、プロドライバーたちのたまり場なのである。
黒いVクラスのドライバーを発見したので話しかけてみる。マッシミリアーノさん同様、彼の場合も客足は順調という。
「今年(2022年)はアメリカやオーストラリアからのお客さんが大半です」
前者に関して筆者が付け加えるなら、為替相場で米国ドルが強くなっている。月間平均レートは2022年1月に1ユーロ=1.2ドル台だったところが、2022年5月には1.05ドルまで上がっているのだ。強いドルを持った人たちは、容易に観光ハイヤーをチャーターする。いっぽう、「日本のお客さんは、今年はゼロです」と話す。これに関しても筆者が書き加えるなら、円安とともに、新型コロナウイルスの検疫体制の影響があろう。日本帰国に際して出発地、つまりイタリアなどで事前に出国前72時間以内の検査(陰性)証明書が引き続き必要なのだ。ドライバー氏によると、中国からのお客も今年はいないという。
Vクラスに話を戻そう。ドライバー氏によれば、「若干の割引はあったものの、価格は他ブランドと比べて格段に高かったです」と振り返る。イタリアではルノーのワンボックス「トラフィック」が3万6510ユーロ(約514万円)からなのに対して、Vクラスは4万6854ユーロ(約660万円)からだ。そして、それはあくまでもショートボディーのベースモデルの価格だ。彼の車両はロングボディーのハイグレード仕様なので、各種オプション込みで総額8万ユーロ(約1100万円)にも達してしまったという。
それにもかかわらず、他ブランドのミニバンでなく、Vクラスを選ぶのか?
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愛される理由
するとドライバー氏は、すかさず「メルセデスだからです」と答えた。「特にアメリカの人は、メルセデスだと喜んでくれます」。観光ハイヤーは、リピーター、それも滞在中に貸し切りにしてくれるお客がついてくれることが収入アップに直結する。クルマの印象はドライバーのキャラクターと同様に大切なのであり、長期的にみれば、他ブランドとの差額は元がとれてしまうのである。
それを聞いて思い出したのは、筆者がイタリアに住み始めた25年前、日本人向け料理教室の企画や広報を担当していたときのことだ。見学ツアー用に頼んだ観光ハイヤーのおじさんは、イタリアのカロッツェリアが改造した、メルセデス・ベンツの商用車をベースとしたミニバスを使っていた。するとたびたび生徒さんから「ベンツのバスだ!」と声が上がったものである。あのときと変わらないのであろう。
ふと最新データが頭をかすめた。2022年第1四半期のアメリカにおけるプレミアムブランドの販売台数では、首位のテスラ(11万3882台)に続くのはBMWとレクサスで、メルセデス・ベンツはようやく4位である。それも前年同期比21%減である(出典:オートモーティブニュース)。メルセデス・ベンツに対するイメージが、変化しつつあることがうかがえる。
しかし、観光ハイヤーの世界は、新車市場とは違う。昨今、個人旅行に便利なスマートフォン用アプリケーションなどの普及で、若い人々は公共交通機関を従来よりも縦横に駆使するようになった。そうしたなか、観光ハイヤーのユーザーは、一定年齢以上の人々が少なくない。彼らにとって、スリーポインテッドスターが付いたクルマは、今も十分に威光を放っているのだ。
例のマッシミリアーノさんにも質問したところ、繁忙期にもかかわらず、丁寧な回答を寄せてくれた。
彼はプロがメルセデス・ベンツを選択する理由を「高品質なマテリアルを使用し、信頼性と耐久性に優れたクルマだからです」と証言する。
次に記されていたのは、より興味深い内容だった。
「高級ホテルや国際的なツアーオペレーターは、メルセデス・ベンツ製の乗用車やミニバンでの送迎を要求するのです」
その背景を、彼自身は以下のように説明する。
「メルセデス・ベンツは、世界的にエクスクルーシブ性の代名詞と考えられています。誰でも使えるクルマではなく、一部の裕福な顧客のためだけのクルマだと考えられているからです」
つまり、BtoBの取引レベルにおいても、より優良な顧客を獲得するのに、メルセデス・ベンツ車は有利なのである。
ところで、メルセデス・ベンツでも、かつて観光ハイヤーの定番であった「Eクラス」や「Sクラス」を見かける頻度は、ここ数年で急激に減った。なぜか?
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ライバルが逆立ちしても
別の日に同じ公園の木陰を訪れると、これまた別のVクラスとそのドライバーがいた。マルコさんは15年前に卸売業から転職し、フィレンツェを中心としたワイナリーツアーを得意としている。
「企業として運営している大きなハイヤー会社は、今でもSクラスやEクラスを選べるようになっている。でも私のような一匹おおかみには、Vクラスが一番だ」と語る。
「なにより乗り降りしやすく、広い。それにアメリカの人は、体格がいい人が多いからね(笑)」
そしてこう続けた。「たとえ2名乗車であろうと、Vクラスの燃費がさして改善されるわけではない。それよりは、必要に応じて人や荷物を乗せられるメリットのほうが大きいんだ」
再び筆者が補足すれば、Sクラスはもはや観光ハイヤー用としては高価になりすぎてしまった。Eクラスとほぼ同じ価格で買えるとなると、Vクラスになってしまうのである。
道路に関していえば、速度自動取り締まり機の設置が進む昨今、セダンタイプでしか到達できない速度で走れる路線は少なくなっている。加えて、繰り返しになるが、たとえワンボックスであっても“ベンツはベンツ”として認識される。バケーションという非日常感が大切な場面に、メルセデス・ベンツはふさわしい。ゆえにVクラスは、観光タクシーのドライバーにとって最善の選択なのだ。
旧ダイムラーは、トラック・バス部門を2021年12月にダイムラートラックとしてスピンオフした。続いて2022年2月、社名をメルセデス・ベンツ・グループに改めた。
その際、明らかにしたのは、高級車事業とEVへのシフトである。そうしたなかにおいても、イタリアでは従来型ミニバンモデルが、観光の復興という追い風を受けて、にわかに脚光を浴びてしまった。目下それはBMWやアウディが逆立ちしても手にできない、幸運な武器ともいえるのである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、大矢麻里<Mari OYA>、Massimiliano Mori、メルセデス・ベンツ/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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