第772回:さらばルノー・スポール! 輝かしい足跡を2人のキーマンとともにたどる
2023.12.09 エディターから一言さよならするのはつらいけど
ルノーのモータースポーツ活動や市販スポーツモデルの開発を担当してきた「ルノー・スポール(R.S.)」は、2021年5月付で「アルピーヌ」に統一・改称された。
R.S.名義の市販車といえば、スポーツカーの聖地である独ニュルブルクリンク北コース(ニュル)で幾度となくタイムアタックを実施して、FF最速をうたってきたホットハッチ「メガーヌR.S.」を思い浮かべるエンスージアストも多いだろう。実際、現行4代目メガーヌベースのメガーヌ4 R.S.も、2019年5月に限定車「トロフィーR」で挑戦して、当時のニュルFF最速タイムを更新している。
そんなR.S.がアルピーヌに改称すると同時に、そのFF最速ホットハッチへの挑戦も終わりをむかえる。事実上の5代目メガーヌはSUVスタイルの電気自動車(BEV)となり、3世代にわたってR.S.(その前の初代にも「ウィリアムズ」があった)を用意してきた「ルーテシア」も、現行5代目にはR.S.は存在しない。そして、(アルピーヌの市販車を開発する)新組織のアルピーヌ・カーズは、その軸足をすでに次世代のBEVスポーツカーに移している。つまり、歴代メガーヌR.S.、あるいはルーテシアR.S.のようなクルマは、もはや出てこないということだ(涙)。
そんなR.S.最後のイベントとしてルノー・ジャポンが開催した「R.S.アルティメットデイ」に合わせ、日本のファンの間では“超”がつくほどおなじみのフィリップ・メリメさんとロラン・ウルゴンさんが来日した。
メリメさんは、ニュルに初挑戦した2代目メガーヌベースのメガーヌ2 R.S.の開発にも参加。以降、3代目ベースのメガーヌ3 R.S.からメガーヌ4 R.S.の最後まで、一貫してシャシー開発の取りまとめ役をつとめてきた。いっぽうのウルゴンさんは、メガーヌ3 R.S.以降のニュルアタックのすべてを担当した、R.S.の(そして今はアルピーヌ・カーズの)トップガンドライバーである。
今回はそんなお2人に、R.S.としては最後の(再び涙)インタビューが実現した。
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「こんなクルマの開発がしたい」
フィリップ・メリメさん(以下、メリメ):私がR.S.で仕事をはじめたのは2003年ですから、すでに20年になります。主にシャシー開発を担当してきました。
ロラン・ウルゴンさん(以下、ウルゴン):私がR.S.で働きはじめたのは、メリメの少し後です。その前はプジョーで働いていましたが、彼の計らいでメガーヌ2 R.S.を走らせたとき、純粋に「こんなクルマの開発がしたい」と思いました。
――ウルゴンさんはミドシップスポーツカーの「アルピーヌA110」の開発にも携わっておられますが、メガーヌR.S.のようなFFとのちがいは感じますか?
ウルゴン:駆動方式によるちがいはとくに感じませんが、メガーヌR.S.はとにかくパフォーマンスを引き上げるべく、ニュルにも継続して挑戦してきました。A110は対照的に、パフォーマンスよりファン・トゥ・ドライブが優先です。とくに初期モデルでは、運転していて自然と笑顔が出るようなクルマが目標でした。
じつはA110開発の初期段階の数カ月間、私たちには1960年代のオリジナルのA110が与えられて、「これからつくるのは、こんなクルマだ」といわれました。そのオリジナルのファン・トゥ・ドライブを現代のクルマで再現するのが、新しいA110のテーマだったんです。
――R.S.では日本の道も走り込んだとか。
メリメ:R.S.はサーキットでのパフォーマンスを重視していますが、あくまで市販車ですから、日常的な快適性や実用性はけっしておろそかにはしません。R.S.のお客さんが、実際にどんな道を日常的に使っているのかを知ることも非常に重要です。メガーヌ3 R.S.の初期までは、基本的に欧州の道だけで開発していましたが、最初の鈴鹿サーキットテスト(2013年4月)で日本を訪れたとき、日本特有の目地段差やうねりに驚きました。
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やり残したことはない
メリメ:R.S.にとって日本のお客さんはすごく大切(注:R.S.にかぎれば、日本市場は世界五指に入る売上高で、最近はトップ3圏内が定位置)ですから、それ以降は日本の道も強く意識した開発になりました。実際、その次のメガーヌ4 R.S.では、日本の道路環境も最初から織り込んで設計・開発しています。
ウルゴン:R.S.のオープンロード(公道)テストはさまざまな道路環境を考慮して、フランスやスペイン、ドイツ、北欧などでおこないますが、それらと比較しても日本の目地段差はかなり特殊です。日本の道路環境も重視して開発したメガーヌ4 R.S.で有効だったのが、ショックアブソーバーの「HCC(ハイドローリックコンプレッションコントロール)」です。
――YouTubeなどで、ニュルで走るウルゴンさんのドライブを動画で見ると、グローブもせず、とても優しいタッチですよね。
ウルゴン:以前は「小指が立っているぞ」とからかわれたりしたので、最近はグローブもするようになりました(笑)。それはともかく、クルマを傷めたくない……という思いが自分のスタイルに影響していると思います。とくにニュルは約21kmの長いコースですから、最初から最後までタイヤやブレーキのパフォーマンスを保たせるのが大切。クルマとコースも知り尽くしていますから、どこでどこまでプッシュすればいいかも分かっています。
――セアトやフォルクスワーゲン、ホンダなど、メガーヌR.S.のライバルが使っていた電子制御ダンパーやリア独立サスペンション、巨大リアウイング、電子制御LSDなどを、自分たちも使いたいとは思いませんでしたか?
メリメ:それはないです(きっぱり)。「R26.R」のときはリスクがありましたが、それ以降はニュルで新しい記録を刻んでいくのが目標となりました。そうして自分たちで掲げた目標はすべて達成したわけですから、タラレバを考えることもありません。チームのコミュニケーションもとれていましたし、ルノーグループでのR.S.ブランドの立ち位置もしっかり確立できたと思っています。
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BEVでも楽しいスポーツカーはつくれる
――メガーヌ4 R.S.の最終モデル「ウルティム」が初公開された今年(2023年)の東京オートサロンで、ウルゴンさんは「R.S.最後のモデルに自分の名前が入ることは感動的……というか名誉なこと。このウルティムは自分でも購入しようと思う」と語っておられましたね。
ウルゴン:黄色の「ジョンシリウス」を注文しましたが、納車は来年(=2024年)の2~3月だそうです。普段は開発中のクルマに乗ることが多くて、自分のクルマで走る機会は少ないですが、ウルティムは通勤やサーキット走行に使ったり、イベントなどに呼ばれたら乗っていったりするつもりです。
とにかく長く、きれいに大切に乗っていきたいんですが、うちの娘も今から使いたいといっているので、そこが不安材料です(笑)。
――メリメさんもウルゴンさんも、現在はアルピーヌ・カーズで新しいBEVのスポーツカーを開発しているんですよね。
メリメ:R.S.で市販車を開発していたスタッフは、私たちも含めてそのままアルピーヌで開発の仕事をしています。その点は、R.S.のノウハウを無駄にしないという意味で、非常によかったと思っています。
ウルゴン:正直をいうと、最初は「BEVなんて面白いはずはない」と思っていましたが、今はまったく逆。BEVも新しい技術でファン・トゥ・ドライブになるのは間違いありません。
メリメ:BEVはエンジン車とまったく別の感動が得られます。BEVは低重心であり、ゼロから一気に最大トルクが出せて、さらに緻密なトルクコントロールができます。これらはすべてスポーツカーにはとてもポジティブなことで、きっと面白いクルマができますよ。
(文=佐野弘宗/写真=ルノー・ジャポン、webCG/編集=堀田剛資)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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