第10回:スズキ・スイフト(後編)
2024.01.17 カーデザイン曼荼羅思い出すのは「PTクルーザー」
新型「スズキ・スイフト」のデザインをめぐって、元カーデザイナーと清水草一が大激突! このカタチに識者が見いだしたデザイナーの苦労とは? 既存のモデルとは趣の異なるスタイリングは、新時代を見据えたものなのか? いつもの3人が激論を交わす。
(前編はこちら)
清水草一(以下、清水):私はまだスイフトをジャパンモビリティショーの会場で見ただけで、自然光の下で見てはいないんですけども、会場での第一印象は「チープになったなぁ」っていうものだったんです。フロントからサイドまでぐるっとラインを回してるじゃないですか。これが安っぽく見せている部分が大きいんじゃないでしょうか。
渕野健太郎(以下、渕野):ボディーが分断されてるっていう感じですか?
清水:いえ、ラインの質そのものが低く感じられるんです。ボンネット部はやたら隙間が大きく見えるし、サイドも昔の大衆車的なものに見えちゃって。
渕野:ビジーに見えるっていう感じですかねぇ。このモチーフは前回もお話したとおり、プランビュー(真上からの視点)での動きをメインにしたモチーフなので、サイドから見ると割と動きが少なく見えるんですよね。それでも、もっと明快にドア面とフェンダー部にメリハリをつけられると、それだけで動きになるのですが、骨格は先代と変わっていないということでしたから、「ここは梁(はり)が通ってるからムリ」「ここには機械が入ってるからダメ」って、設計要求もいっぱいあったはずで、そこはスケッチのとおりにはいかなかったのだと思いました。
webCGほった(以下、ほった):デザイナーの目から見て、労作なわけですね。
渕野:個人的には、やっぱりこのフロント、すごく面白いデザインだと思うんですよ。こういう構成は最近あまり見ませんよね。大きくいうとクライスラーの「PTクルーザー」みたいだなと感じました。
清水:えっ、PTクルーザーですか?
ほった:PTクルーザーって、昔のクルマみたいに、ボンネットとフェンダーが分かれたカタチじゃないですか。
清水:あ、そういう意味か。
渕野:最近PTクルーザーの写真を見直したら、スイフトと同じようにサイドラインをぐるっと一周回してましたね(笑)。いや、PTクルーザーは昔のモチーフの焼き直しでスイフトとは違いますが、私は新型スイフトの、どこかレトロな雰囲気が出ている感じは親しみがあっていいなと思っています。
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キャラクターライン今昔物語
清水:サイドラインにこだわりますけど、こういうラインって、例えばアウディだとエッジの立った「凸」で入れてましたよね。当時はあれがすごく斬新でした。あんなエッジの立ったプレスラインを入れるのは、技術もいるしコストもかかるし、他社はなかなかマネできなかった。で、できるようになったら各社がこぞってアウディを追っかけて、サイドにシャープなエッジラインを入れるのが全世界ではやりました。
渕野:アウディだけじゃなく、フォルクスワーゲンも一時期すごく多用してましたね。あれはあれで、そろそろビジーに感じるようになりましたけど。
清水:ついには「ダイハツ・ミラ イース」にも使われるようになりましたからねぇ。あの当時は、「ダイハツはついにアウディの高級感を超えた!」なんて思いましたよ。でも、このスイフトでは逆の、昔ながらの「凹」のラインじゃないですか。それも昔の大衆車的な、プレスの甘い感じの。
渕野:凹を使ってキャラクターラインを通している意味は、プランビューでのタル型のモチーフを、より強調したかったものだと解釈しています。なので、前後フェンダーのところで車体の張り出しとの関係が互い違いになっているのですが(※)、そこのメリハリが少ないので一見やや複雑に見えてますね。いずれにしてもキャラをシャープに見せたいというよりは、面のボリュームで見せたいのだと思います。
清水:でもね、こういうラインがサイドを貫通してると、軽バンが平面パネルに入れる、強度を出すためのラインみたいに見えるんですよ。
渕野:あー、なるほど。
ほった:斜めに入ればよかったですかね? 「アルファGTV」みたいに。
清水:そういうことじゃないよ!(笑)
渕野:ひょっとしたらZ世代には、これが新しいって感じるかもしれないですよ。
ほった:また出たZ世代!
清水:昔のクルマっぽく見えて、懐かしいし、親しみやすいかもしれませんが……。
渕野:狙い的にはそういうところですよね。
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新しいクルマには新しいデザインを
清水:正直、このデザインがユーザーにどう受け止められるか、見当がつかない。
渕野:これまでのスイフトユーザーが、どういう反応をするか、すごく興味深いですよね。
清水:ベーシックなスイフトのユーザーには、拒絶反応はないかもね。でも「スイフトスポーツ」のユーザーは、おそらく「ええ~っ!?」と思ってるでしょう。まだスイスポは出てないけど、どうなるのか心配してるんじゃないかな。ほった君はどう思うの?
ほった:ワタシはホントに先代スイフトの形が好きだったんで、個人的には「新型の狙いはわかるけど、ちょっと寂しい」ってのが本音ですよね。ただ、そうした個人的な好みをわきに置くと、新型は太陽光の下で見たら、デザイナーさんたちが言っていたとおりのものに仕上がってるんじゃないかと思いました。アウディと比べりゃプレスラインは甘いかもだけど、べつに高級感を追求したクルマじゃないし。
清水:実際に外で見ると、悪くないの?
ほった:ドアパネルの陰影の帯とか、けっこう太くて力強いし、意外と質感出てるんですよね。デザイナーさん用語でいうと「面の強さが出てる」って感じで。
清水:ならいいんだけど。
ほった:それと、商品説明とか技術説明を聞いていると、そもそも新型スイフトって、従来モデルの延長上のクルマじゃないんですよね。前までのスイフトって、欧州で鍛えた走りのコンパクトってイメージが強かったけど、新型の説明会では、相当にコネクティビティーとか、あとは新しい運転支援システムの解説に時間を割いていた。それを聞いてると、確かに先代までの弾丸小僧みたいなデザインは、ちょっと違うよなと思ったわけです。で、それを踏まえて新型を見ると、メーカー側が意図したイメージになっているんじゃないかなぁと。
清水:そう? なんか先進性とは逆方向のデザインに見えるんだけどね、俺は。懐かしい感じの。
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やっぱり気になる「スイフトスポーツ」の存在
清水:もうひとつ心配なのがフロントグリルだな。グリルの下側のメッキはどうなのかなぁ。これもレトロフューチャーなんでしょうけど、パッと見、古くさ~って思ったので。
渕野:そこは難しいところですね。個人的にはなくてもいいかなとは思いますけど、そういうところもしっかりリサーチしてデザインしている気はします。
ほった:ワタシはちょっと、「日本以外のマーケットの要望をくんだのかな?」って思いました。インドで売っているスイフトの4ドアセダンが、確かこういう“おちょぼ口”だったんで。まぁ、あっちはメッキがグリルを一周していましたけど。
渕野:なんにせよ、スズキはデザイナーの感性だけでクルマをつくる会社じゃないと思うので。
清水:うーん、でも「X-90」や「ツイン」を出した会社ですから。いきなりとんでもないバクチを打ちますよ!
ほった:確かにスズキはたまにすごいクルマを出しますけど、新型スイフトのデザインは、それとは反対の方角では?
渕野:あとはやっぱりスイフトスポーツですね。みんなが好きなスイフトスポーツがどうなるのか。ひょっとしたらオーバーフェンダーをつけて出てくるかもしれない。そうなったときはたたずまいが全然変わるので、それはそれですごくよかったりするかもしれない。
清水:そうであることを祈ります! 正直、日本のクルマ好きはスイスポにしか興味ないかもしれません!
ほった:そういう状況を打破するために、新型スイフトはこういうデザインになったはずなんですけどね(笑)。
(語り=渕野健太郎/文=清水草一/写真=スズキ、webCG/編集=堀田剛資)
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渕野 健太郎
プロダクトデザイナー兼カーデザインジャーナリスト。福岡県出身。日本大学芸術学部卒業後、富士重工業株式会社(現、株式会社SUBARU)にカーデザイナーとして入社。約20年の間にさまざまなクルマをデザインするなかで、クルマと社会との関わりをより意識するようになる。主観的になりがちなカーデザインを分かりやすく解説、時には問題定義、さらにはデザイン提案まで行うマルチプレイヤーを目指している。

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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