第859回:使いすぎはダメよ ユーロNCAPがタッチスクリーンの乱用に警鐘
2024.05.16 マッキナ あらモーダ!ようやく減点対象に
「ほら、言ったとおりだろうが」という言い回しは、他人から言われたくないので筆者はあまり用いたくない。だが、今回ばかりは声を大にして叫びたい。
自動車安全試験「ユーロNCAP(ヨーロッパ新車アセスメントプログラム)」を実施しているベルギーの非営利団体は2024年3月、近年急速に普及している自動車のタッチパネルがもたらす危険性について言及した。
同団体のマシュー・アヴェリー戦略開発ディレクターは、「タッチスクリーンの過度な採用は業界全体の問題である。ほぼすべての自動車会社が重要な操作をディスプレイに依存するようにした結果、運転者は道路から目をそらすことを余儀なくされ、注意散漫による事故リスクを高めている」と指摘。そのうえで「2026年に導入を計画している新しいユーロNCAPでは、メーカーが基本的機能に個々の物理的制御を割り当てているかを確認することで、ドライバーの注意力散漫を抑制し、より安全な運転環境の実現に貢献する」としている。
まず評価の対象とする機能は、方向指示器、ハザード、ホーン、フロントウィンドウのワイパー、緊急通報ボタンの5つだ。物理的なスイッチを用いていない場合、5つ星評価を獲得することが難しくなる。それら5機能をタッチスクリーン操作にした車両が一般に普及していないうちに、ユーロNCAPが先手を打ったかたちだ。
最終的に窓を開けて解決
「ほら、言ったとおりだろうが」と記したのは、2011年10月の当連載第214回「デザイナーの夢かエゴか、『タッチパネル』について考える」で、筆者はそれを指摘していたからだ。
同記事では、同年9月にフランクフルトモーターショーを取材した筆者が、独コンチネンタル社製タッチスクリーンのプロトタイプにいち早く接している。当時の筆者は、「その良し悪しの判断は、実際に採用されたクルマに乗ってみてからにしたい」としながらも、「見た目と走行中の使い勝手が乖離(かいり)していることがたびたびあるからだ」と不安を示している。
あれから約12年半。実用化されたタッチスクリーンを路上で使ってみてどうだったかというと、案の定、快適とはいえなかった。
とくに痛感するのは、試乗車やレンタカーを運転した際である。本来ならば走行前にエアコンやオーディオの操作を確認しておくべきだ。だが、実際のところはスケジュールの都合などで、それをおろそかにして走り始めることが少なくなかった。
やがて車内温度が上昇してエアコンを操作したくなる。たとえ綿密にプログラミングされたフルオートエアコンでも、希望温度を調節したくなることが多々あるのだ。そこでタッチパネルに目を落とすのだが、適切な操作が即座に実行できず、結局窓を開けて寒暖を調節するに至る。そもそもパワーウィンドウも、慣れないクルマではたとえ物理スイッチでも走行中に探すのは容易ではない。そうこうしているうちに、タッチスクリーンの操作を誤ってラジオをオンにしてしまう。オフの仕方がわからないのでボリュームを絞って緊急対処する。揺れるクルマのなかでもブラインドタッチできる物理的スイッチがやはり最善である。
ついでに言えば、操作後に無数に指紋がついたタッチ画面は、強度のきれい好きではない筆者でも気になる。職業的観点からすると、指紋が写らないよう撮影するのは容易ではない。
もちろん自分が所有しているクルマであれば、タッチスクリーンでも操作に慣れるだろうから問題はなかろう。メーカーからすると、物理スイッチの複雑なワイヤハーネスを簡略化し、個別のボタンのコストも削減できるメリットがある。ぜひ当初からタッチスクリーン付き車両にお乗りだった方の感想を伺いたいところだ。
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「一見さんお断り」操作&表示の歴史
歴史的にみれば、人間は一画面の中にすべてを収めようという欲求が存在する。イタリアでそれを感じるのは宗教画における異時同図法だ。異なる時間、別々の時代の出来事を同じ構図の中に描き込むことである。イエス・キリストや聖人ともなると、同じ登場人物が一枚の絵に何度も登場する。それも漫画で言うところのコマ割りがない場合があるから、どこまでがひとつの時代・事件かが即座にわからないことがある。それでも絵画はじっくりと鑑賞できるのに対し、クルマは高速で走行している。コンソールを絵画のようにじっくり眺めているわけにはいかない。
運転操作に関していえば、実際は今日のスタンダードが定着するまでは時間を要した。好例は「フォードT型」である。20世紀を代表する普及型自動車であるにもかかわらず、ペダル配置は左からクラッチ・後退・ブレーキで、スロットルはハンド式レバーだった。ただし、当時は一生を1台もしくは複数台のフォードT型で終える人が多かったから、混乱は少なかったと思われる。
実はもっと後にも、違った意味で“一見さんお断り”感覚のクルマは存在した。1970年代のメルセデス・ベンツの油温計には、ドイツ語でオイルを示すOEL(öl)と記されていた。シトロエンもしかり。操作類における表示の国際標準が進んだ1980年代になっても、オートマチックトランスミッションのセレクターには、通常のDではなくフランス語のAvant(前進)を示すAの文字が記されていた。当時、そうしたブランドは、今と比較して世界的に流通する商品ではなかったこと、加えて国外でそうしたクルマを買い求めるユーザーは、一定の語学知識を有していたことがあろう。
究極は「ひもスイッチ」か
フォードT型の時代とは運転人口が異なり、かつさまざまな国のさまざまなモデルが市場にあふれる今日、各社がタッチスクリーンをはじめ独自のインターフェイスを主張し始めたら切りがない。ある種の歯止めが必要だ。一時はタッチパネルを補完するものとして期待された音声コマンドやジェスチャーコマンドの技術向上が踊り場状態にあることも、筆者がそう考える理由だ。
ただし、筆者はタッチスクリーンを全否定するわけではない。アップデートによって操作性が向上したり機能を拡張させたりできるのは、物理スイッチにはない強みである。Apple CarPlayやAndoroid Autoとの連携もあって容易に多言語対応できるのもいいことだ。レベル4やレベル5の自動運転が普及したら、おおいにタッチスクリーンを楽しみたい、と思う。
ユーロNCAPには法的拘束力はない。だが、冒頭のテストが導入されればセールスに効果のある5つ星評価を獲得するため、メーカーが物理ボタンを今日よりも尊重する可能性はある。できれば近い将来、前述のような理由で、エアコンおよびオーディオの超基本的操作も対象に加えてほしいものだ。
オン・オフ操作といえば、実は筆者が毎日困惑しているものがある。賃貸レジデンス内にあるわが家の壁スイッチだ。スイスABB社製のそれは、見た目はいいのだが、しゃれすぎていて12年も住んでいるのに一向に覚えられない。室内が暗く、かつ操作頻度が高い朝晩は、大抵違うスイッチを操作して不要な照明を点灯してしまう。寝室では、先に起きる筆者が誤って部屋全体の照明をオンにすることが少なくない。消したりつけたりを繰り返すうち、女房に「わが家はディスコではない」と怒られる始末だ。前述の第214回で記した「アルファ・ロメオ164」のセンターコンソールに配置されたスイッチかよ、と思ってしまう。
見かねた女房が目印のステッカーを貼ってくれたが、しばらくすると剝がれてしまうし、そもそも見栄えがいいものではない。かつて英国の安ホテルに投宿するたび、古臭いプル(ひも)スイッチを嘲笑(ちょうしょう)していたが、実用性を追求し続けると、あれに帰結するのかもしれない。
(文と写真=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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