第26回:フェラーリ12チリンドリ(後編) ―30年間 お待たせしました―
2024.05.29 カーデザイン曼荼羅「フェラーリ12チリンドリ」のデザインは、過去のモデルとどう違い、どこがすばらしいのか? 「550マラネロ」以降のモデルを振り返り、大乗フェラーリ教開祖と元カーデザイナーが、新しい12気筒フェラーリをフェラーリたらしめている意匠の核心に迫る。
(前編に戻る)
……なんか「あのクルマ」と似てません?
渕野健太郎(以下、渕野):12チリンドリの特徴を考えるうえで、ちょっと過去のモデルのデザインを振り返ってみましょう。フェラーリの12気筒モデルは、“デイトナ”(365GTB/4)の後、ミドシップを2つ挟んだわけですね。
webCGほった(以下、ほった):そうですね。“BB”と“テスタロッサ”と。
渕野:そして「550マラネロ」ですね。これはフロントもリアもオーバーハングが長い。そのぶん、タイヤまわりがちょっと重たい感じがします。
清水草一(以下、清水):すべてがブッたるんでますよ。絶望的に。
ほった:キビシイなー(笑)。でもワタシも、そう感じます。
渕野:で、次が「599GTBフィオラノ」。この時代にかなりウエッジ傾向(尻上がり)が強くなって、アメリカンになる。
ほった:ベルトラインもそうですよね。550では控えめだった曲がり具合を、大きくウネらせたりして。コレなんか既視感あるなと思ったら、C5(=5代目「シボレー・コルベット」)とかのコークボトルラインだったんですよ。
正直なところ、個人的には550の段階でもうC4(=4代目コルベット)を意識してるなって思ってました。前後のオーバーハングが長いのもそうだし、リアのふくらみをすぼめずにパーンとぶち落としたお尻の処理もそうだし。550、599については、はっきり言って「C4、C5を1世代遅れで追っかけてない?」っていうふうに感じてましたよ。
清水:アメ車ファンはそう見てたと。
ほった:でもフロントに関しては、コルベットはV8のOHVだからぎゅって低く抑えられるけど、こっちは12気筒のDOHCなんで、頭がでっかくなるんですよね。フェラーリファンの皆さんには申し訳ないけど、C4からC7まで、ずーっとコルベットの全戦全勝だなと思ってました。
清水:確かにそうだよね。フェラーリの連戦連敗だよ!
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
厳しい評価はフェラーリだからこそ?
渕野:ただ、599は動感があると思います。勢いがあるし、シルエットやルーフラインもタイトな感じがする。これはそれなりにスポーティーですよ。
清水:でもこれじゃフェラーリじゃないんですよ!
ほった:ワタシ的にはC5、C6の勝ちですしね。
清水:コルベットってみんなウエッジシェイプだっけ?
ほった:程度の差はありますが、C3以降はぜんぶウエッジシェイプのコークボトルラインです。年季が違いますよ。599については、正直「『スープラ』とC5のコルベットを足して2で割った感じだなぁ」って思ってました。
渕野:いや、これ(599)がフェラーリじゃなかったら、こんなにいろいろ言われないと思いますよ。フェラーリっていうすごいブランドのクルマだから、評価がシビアになるだけで。
清水:そうかなぁ? 僕はチリンドリが出て、なぜ今までのFR 12気筒フェラーリのデザインがダメだったのか、やっと見えた気がするんです。フェラーリでコルベットみたいなウエッジシェイプやられると、それだけで「これはフェラーリじゃない!」っていう風に見えるんじゃないか。テールエンドがボンネットラインより高いだけでダメなんじゃないか?
渕野:でも、チリンドリもかなりウエッジシェイプですよ。
清水:あ……。確かにチリンドリも前傾してますね。
ほった:問題はウエッジよりも、コークボトルラインじゃないですか?
渕野:横軸がスパーンと貫いてるかどうかじゃないかな?
清水:寸法とかはどうなんだろう?
ほった:西川さんのリポート(参照)によると、12チリンドリはホイールベースが「812」より少し短くなってますけど。
渕野:えっ、短くなってるんですか? 長く見えるのは、軸が通ってるからかな。
ほった:実際ボディーは長くなってるけど、それ以外のタテもヨコも大きくなってるんですよね。812より長く伸びやかに見えるのは、「ホイールベースが短くなったのに対して全長が延びた」からかもしれません。
清水:全高も低くなったように見えるけど……(データを見る)、うわ、812より16mm高い! ビックリ。
ほった:意外ですよね。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
小技ではなくフォルムで勝負!
渕野:歴史の話にもどると、599の次が「F12ベルリネッタ」ですけど、これは軸的にはそれほどウエッジさせてないんです。けど、ドアパネルの跳ね上がった掘り込みがかなり強調されてるので、それでウエッジ感が出ている。
ほった:なるほどですが……コイツも含め、今までのFR 12気筒フェラーリって、全体のプロポーションじゃなくて、例えば穴(エアインテーク)とか削り込みとか、細かいところで何とかしようとしていた気がします。
渕野:そう、最近のフェラーリは特にそうだったんですよ。プロポーションより、立体構成とか面とか、小さいところで見せようとしていた。
清水:F12の「く」の字ラインなんか、まさにそれですね。なぜこんな余計なことを……。空力のためって説明してたけど、こんなのでダウンフォース出るわけないっ!
渕野:そして、そのF12の発展が「812」なわけです。ここまでくると、前回触れた“軸感”がまったく消えてしまうし、煩雑に見えます。
清水:なるほど、問題はウエッジじゃなく、横から見たときに軸感があるかないかなんだ。
渕野:そうですね。まだF12には、フロントバンパーからドアパネル上部を通るラインなどで、軸感が多少は表れていると思います。それが812になると、クルマとしての一体感より、ドアの立体構成で見せようとしている。そういうところが、フェラーリとしては物足りないというか……。
清水:物足りないというよりも、「違う!」でしょう。
渕野:それに対して今回のチリンドリには、原点回帰の香りがある。明快に「シルエットで見せよう!」ってしていますから。
30年は長いよ、フェラーリさん!
清水:もう1つのポイントは、フロントフードの真ん中へんの“低さ感”じゃないでしょうか。チリンドリが実際低いかどうかわかんないけど、低そうに見えるでしょう?
渕野:かなり低く見えますね。
清水:でも、エンジン型式は基本一緒。搭載位置を低くしたのかどうかわからないけど、以前はここがポッコリしてたんですよ。少なくとも見た目の印象は。
渕野:あー、なるほど。
清水:横に貫く軸感と、フロントフードの低さ感の2つがそろうと、「あ、これはフェラーリだな」って認識できる気がする。結局こうじゃなきゃダメだったのか~!
渕野:アメリカンなデザインを目指していたから、デザイナーが、フードの低さ感より存在感を重視したのかな?
ほった:やはりコルベット・コンプレックスが……。
清水:その話はもういいから。
渕野:自分は、フェラーリに対する期待値はめちゃくちゃ高いので、もうぱっと見てカッコよくあってほしい。チリンドリにはそれが感じられます。
ほった:デイトナみたいに。
清水:いや、前も言ったけど、デイトナよりチリンドリのほうがカッコいいよ。
渕野:そうかもしれません。デイトナはフロントクオーター、リアクオーターで見ると、タイヤが負けてる感じがありますから。個人的には、そういうところも含めて好きなんですけど、とにかくチリンドリの実物を早く見たいと思います。
清水:そう思えるフェラーリって、本当に久しぶりだなぁ……。
ほった:フェラーリファン待望のクルマですね。
清水:待望も待望、550マラネロが出てから30年だよ! まだ青年だったのが、いつのまにか老人! 冗談じゃないよ!(全員笑)
(語り=渕野健太郎/文=清水草一/写真=フェラーリ、newspress、webCG/編集=堀田剛資)
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |

渕野 健太郎
プロダクトデザイナー兼カーデザインジャーナリスト。福岡県出身。日本大学芸術学部卒業後、富士重工業株式会社(現、株式会社SUBARU)にカーデザイナーとして入社。約20年の間にさまざまなクルマをデザインするなかで、クルマと社会との関わりをより意識するようになる。主観的になりがちなカーデザインを分かりやすく解説、時には問題定義、さらにはデザイン提案まで行うマルチプレイヤーを目指している。

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
-
第87回:激論! IAAモビリティー(後編) ―もうアイデアは尽き果てた? カーデザイン界を覆う閉塞感の正体― 2025.10.8 ドイツで開催された欧州最大規模の自動車ショー「IAAモビリティー2025」。クルマの未来を指し示す祭典のはずなのに、どのクルマも「……なんか見たことある」と感じてしまうのはなぜか? 各車のデザインに漠然と覚えた閉塞(へいそく)感の正体を、有識者とともに考えた。
-
第86回:激論! IAAモビリティー(前編) ―メルセデス・ベンツとBMWが示した未来のカーデザインに物申す― 2025.10.1 ドイツで開催された、欧州最大規模の自動車ショー「IAAモビリティー2025」。そこで示された未来の自動車のカタチを、壇上を飾るニューモデルやコンセプトカーの数々を、私たちはどう受け止めればいいのか? 有識者と、欧州カーデザインの今とこれからを考えた。
-
第85回:ステランティスの3兄弟を総括する(その3) ―「ジープ・アベンジャー」にただよう“コレジャナイ感”の正体― 2025.9.17 ステランティスの将来を占う、コンパクトSUV 3兄弟のデザインを大考察! 最終回のお題は「ジープ・アベンジャー」だ。3兄弟のなかでもとくに影が薄いと言わざるを得ない一台だが、それはなぜか? ただよう“コレジャナイ感”の正体とは? 有識者と考えた。
-
第84回:ステランティスの3兄弟を総括する(その2) ―「フィアット600」からにじみ出るデザイナーの苦悩― 2025.9.10 ステランティスの未来を担う、SUV 3兄弟のデザインを大総括! 2回目のお題は「フィアット600」である。共通プラットフォームをベースに、超人気車種「500」の顔をくっつけた同車だが、その仕上がりに、有識者はデザイナーの苦悩を感じ取ったのだった……。
-
第83回:ステランティスの3兄弟を総括する(その1) ―「ジュニア」に託されたアルファ・ロメオ再興の夢― 2025.9.3 ステランティスが起死回生を期して発表した、コンパクトSUV 3兄弟。なかでもクルマ好きの注目を集めているのが「アルファ・ロメオ・ジュニア」だ。そのデザインは、名門アルファの再興という重責に応えられるものなのか? 有識者と考えてみた。
-
NEW
トヨタ・カローラ クロスGRスポーツ(4WD/CVT)【試乗記】
2025.10.21試乗記「トヨタ・カローラ クロス」のマイナーチェンジに合わせて追加設定された、初のスポーティーグレード「GRスポーツ」に試乗。排気量をアップしたハイブリッドパワートレインや強化されたボディー、そして専用セッティングのリアサスが織りなす走りの印象を報告する。 -
NEW
SUVやミニバンに備わるリアワイパーがセダンに少ないのはなぜ?
2025.10.21あの多田哲哉のクルマQ&ASUVやミニバンではリアウィンドウにワイパーが装着されているのが一般的なのに、セダンでの装着例は非常に少ない。その理由は? トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんに聞いた。 -
NEW
2025-2026 Winter webCGタイヤセレクション
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>2025-2026 Winterシーズンに注目のタイヤをwebCGが独自にリポート。一年を通して履き替えいらずのオールシーズンタイヤか、それともスノー/アイス性能に磨きをかけ、より進化したスタッドレスタイヤか。最新ラインナップを詳しく紹介する。 -
NEW
進化したオールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2」の走りを体感
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>欧州・北米に続き、ネクセンの最新オールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2(エヌブルー4シーズン2)」が日本にも上陸。進化したその性能は、いかなるものなのか。「ルノー・カングー」に装着したオーナーのロングドライブに同行し、リアルな評価を聞いた。 -
NEW
ウインターライフが変わる・広がる ダンロップ「シンクロウェザー」の真価
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>あらゆる路面にシンクロし、四季を通して高い性能を発揮する、ダンロップのオールシーズンタイヤ「シンクロウェザー」。そのウインター性能はどれほどのものか? 横浜、河口湖、八ヶ岳の3拠点生活を送る自動車ヘビーユーザーが、冬の八ヶ岳でその真価に触れた。 -
第321回:私の名前を覚えていますか
2025.10.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。24年ぶりに復活したホンダの新型「プレリュード」がリバイバルヒットを飛ばすなか、その陰でひっそりと消えていく2ドアクーペがある。今回はスペシャリティークーペについて、カーマニア的に考察した。