アストンマーティンDB12(FR/8AT)
走りさえも美しい 2024.09.17 試乗記 アストンマーティンの伝統的な美意識を感じさせる流麗なボディーに、最高出力680PSの4リッターV8ツインターボエンジンを搭載した「DB12」。GTを超えた“スーパーツアラー”とうたわれるその走りを、ロングドライブで確かめた。アストンマーティンらしいルックス
単なる“高級”や“プレミアム”といった表現では飽き足らない飛び切りゴージャスでエクスクルーシブなモデルのみを手がける、歴史と伝統に満ちた英国のブランドがアストンマーティンである。このブランドの公式ウェブサイトにアクセスし、各モデルのコンフィギュレーターを開いてみると、その内外装カラーやインテリア仕上げの多彩な選択肢には心底驚かされる。
かくもビスポークでこだわり尽くせるアストンマーティンでは、最近になってV12エンジンをフロントに置くフラッグシップモデル「ヴァンキッシュ」が復活しひとしきりの話題となったが、ここに紹介するのは2023年に発表されたこのブランドの基幹モデル、DB12である。
まずはクーペボディーが登場し、それを追うようにこのブランドが伝統的に用いる「ヴォランテ」の名が冠されたオープンバージョンを設定。いずれも「言わずもがな」の流麗なボディーの持ち主で、まずはこの段階でアストンマーティンの作品に対する人々の期待を裏切らない。
4725×1980mmという全長×全幅に対して全高は1295mmだから、もはやその時点で際立ってスタイリッシュなプロポーションに仕上がる資格がふんぷん。同時に、(一部の例外モデルを除けば)大仰なウイングなどこれ見よがしの空力付加物を持たないことも、このブランドの作品ならではといえる上品な雰囲気を加速させる。
いずれにしても、アストンマーティンを愛する多くの人が納得し、そして安心するに違いないルックス……。それがDB12を目にした第一印象である。
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鮮明となったブランド内での立ち位置
そんなこのモデルのネーミングからも明らかなように、DB12は、2016年に生まれ2023年まで続いた「DB11」の後継モデル。押し出し接着アルミニウム構造のボディーやフロントがダブルウイッシュボーン式、リアがマルチリンク式となるサスペンション、8段ステップATをリアアクスル側に置くトランスアクスルのレイアウトなどはDB11譲りのプロフィール。さらには2805mmのホイールベースが同一でボディーサイズもほぼ同等だから、「DB12はDB11のビッグマイナーチェンジ版」と解釈する向きが現れても不思議ではないだろう。
一方で、両者の大きな相違点はフロントフード下に収められるパワーユニット。DB11の登場時に搭載されていた自社製のV12エンジンはいまのところDB12には採用されず、DB11で途中設定となった、技術提携先であるメルセデスAMG製ユニットにアストンマーティンが独自のリファインを加えたというV8エンジンのみが積まれる。
ただし、DB11で「アストンマーティンのエンジンで初のターボ付き」とうたわれた5.2リッターV12ユニットの最高出力と最大トルクが608PSと700N・mであったのに対し、DB12のツインターボ付き4リッターV8ユニットのそれは同680PS、同800N・mとはるかに強力。同時にコンパクト化にも貢献するそんな最新の心臓は、より徹底されたフロントミドシップマウントも実現させることになる。
もちろん、心情的には「心臓が自社製ではない点に一抹の寂しさを禁じ得ない」という意見にも納得できる。しかし、V12ユニットを捨てるというこの選択は“単なるGTではなく世界初のスーパーツアラー”とうたう走行テイストへの影響とともに、冒頭に紹介したV12エンジンを搭載する新型「ヴァンキッシュ」とのさらなる差別化と神格化にも好影響を及ぼすことになるだろう。
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奇抜な操作系は見当たらない
DB11からのキープコンセプトというイメージも強かったエクステリアに比べると、「大胆に変わった」という表現を使いたくなるのはインテリアだ。
「贅(ぜい)を尽くした」というしかないウルトラゴージャスな各部の仕上がりレベルはもちろん変わってはいない。けれども、薄く幅広の空調ベゼルを採用して水平基調の印象を強め、ディスプレイを上部に配したセンターパネル部が姿を消したことで、ダッシュボードの造形はグンとスッキリした。
ちなみに、ATセレクターもセンターパネル上に並んだシフトスイッチをプッシュするという独特な方式からセンターコンソール上のレバーを操作する、より一般的なものへと変更されているので、初乗りの際でもまごつくことは皆無。さらに、パワーシートのスイッチがセンターコンソール側面にレイアウトされていることを除けば、各種機能の操作ロジックはおおむねメルセデスのそれに準じている。わが道を行く奇抜な操作系が見当たらないという点は、エクスクルーシブ性を売りものとするモデルにしてはホッとするポイントだったと記していいだろう。
ただし──まだ日本上陸から間もない今回の個体だけの出来事と信じたいが──テストドライブ中の短時間、レーダークルーズコントロールを筆頭にさまざまなADAS機能がダウンし、そのワーニングランプや「キーが検知されませんでした」等の表示が次々と現れた揚げ句、しまいにはスマホとのブルートゥース接続すら不能となるなどの不測の事象にも見舞われた。
試乗後半にそれらは解消したが、「アストンマーティンが設計・開発した次世代インフォテインメントシステムを導入」と新たなシステムの採用に意欲的なところも見せるDB12であるだけに、初モノの信頼性の高さにも大いに期待したくなるのは当然だろう。
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スペースとコストをぜいたくに使用
肥満気味の人など相手にしない(?)と無言のうちに語りかけるような、思いのほかタイトなサポート感のシートに収まって走り始めると、680PS/800N・mというスペックを確認するまでもなく4リッターV8ツインターボユニットが放つパワーは、あらゆるシーンでそんな本来の実力を持て余すというのが日本の道における現実だ。
ただし、テストドライブ時の路面がすべて完全ドライ状態だったという幸運はあったとしても、直進加速時はもとよりタイトなコーナーからの脱出シーンでも無駄なホイールスピンに見舞われたりせず、エンジンが生み出した出力が効率よく路面に伝達されていることを実感し享受できた。
それは、フロントエンジンながらそれを完全なミドマウントとしたことやトランスミッションを分離して後方に置いたトランスアクスルの採用、さらにはDBモデルとしては初めてという電子制御式のLSD=Eデフの効用など、リア2輪駆動モデルでありながらスペースとコストをぜいたくに使ってトラクション向上に取り組んだ成果と受け取ることができそうだ。
実際、0-100km/h加速が3.6秒という公称値は、“カタパルト発進”に不利な2WDモデルとしてはいかにパワフルな心臓を搭載したとしても例外的なデータで、ここからもDB12の秘めたトラクション能力の一端を垣間見ることができる。同時に、望外とも思えた軽やかな回頭感は、エンジンがV8であることの恩恵といえる。
美しいクルマは走りも美しくなければならない──それこそが永遠に求められる命題となるならば、DB12は全身に理想的なパッケージを採用することでそれを成し遂げた、アストンマーティン渾身(こんしん)の作品といえるだろう。
(文=河村康彦/写真=花村英典/編集=櫻井健一)
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テスト車のデータ
アストンマーティンDB12
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4725×1980×1295mm
ホイールベース:2805mm
車重:1788kg
駆動方式:FR
エンジン:4リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:680PS(500kW)/6000rpm
最大トルク:800N・m(81.6kgf・m)/2750-6000rpm
タイヤ:(前)275/35ZR21 103Y XL/(後)325/30ZR21 108Y XL(ミシュラン・パイロットスポーツS 5)
燃費:12.2リッター/100km(約8.2km/リッター、WLTPモード)
価格:3090万円/テスト車=--万円
オプション装備:エクステリアバッジ<アストンマーティン エナメルウイング&スクリプト>/レザー<ダブルトーン>/ルーフストレーキ<ボディーカラード>/ディテーリング<エンブロイダリー アストンマーティンウイング>/フロントグリル<サテンクローム>/ベースフロアマット<720GSM>/ヘッドライニング<レザーパーフォレーテッド>/ドアハンドル<ボディーカラード>/ボンネットベント<マットブラックメッシュ>/レザー<プライマリー>/ミラーキャップ<ボディーカラード>/ウィンドウサラウンドフィニッシャー<マットブラック>/エキゾーストテールパイプフィニッシャー<ツインブライト>/ルーフ<ボディーカラード>/ギアパドル<カーボンファイバー>/エクステリアバッジ<アストンマーティン ポリッシュドクロームスクリプト>/シートベルト<ブラック>/ステッチ<マッチド>/ステアリングホイール<GTヒーテッド、カラーキード> ※以下、有償オプション インフォテインメント<Bowers&Wilkinsオーディオシステム>/ブレーキ<カーボンセラミック>/キャビンカーペット<カラード>/ペイント<Qスペシャル>/プライバシーガラス/サービスパック/テールランプ<スモークド>/インテリアパッケージ<2×2ツイルサテンカーボンファイバー>/インテリア<インスパイアスポーツ、ミッドダブルトーン>/ホイール<21インチYスポークサテンブロンド315>
テスト車の年式:2024年型
テスト開始時の走行距離:1万3785km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(6)/山岳路(3)
テスト距離:432.0km
使用燃料:59.5リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:7.2km/リッター(満タン法)/7.6km/リッター(車載燃費計計測値)

河村 康彦
フリーランサー。大学で機械工学を学び、自動車関連出版社に新卒で入社。老舗の自動車専門誌編集部に在籍するも約3年でフリーランスへと転身し、気がつけばそろそろ40年というキャリアを迎える。日々アップデートされる自動車技術に関して深い造詣と興味を持つ。現在の愛車は2013年式「ポルシェ・ケイマンS」と2008年式「スマート・フォーツー」。2001年から16年以上もの間、ドイツでフォルクスワーゲン・ルポGTIを所有し、欧州での取材の足として10万km以上のマイレージを刻んだ。
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