第804回:アウディのEVで北海道を縦走! 北の大地で見た再生エネルギー&EVの未来と課題
2024.09.30 エディターから一言再エネ率が40%を超える北海道を、アウディのEVで縦走! 自然資源に恵まれた北の大地は、日本全土で進む「送電・発電大改革」の最前線だった。風力発電をはじめとする現地の取り組みに触れ、再生可能エネルギーとEVの未来、そして課題を考えた。
EVを広めるうえで避けては通れない課題
記者の頭のはるか上で、ゴウゴウと風車が回っている。直径50.5m、タワー高74m、一基で750kWを発電する巨大なかざぐるまだ。ローターのごう音にまざって時折響くドーンという音は、風向に合わせて風車の向きを変える、ヨー制御装置がたてるものらしい。
記者がいるのは、北海道・幌延町のオトンルイ風力発電所である。道北の日本海沿岸、約3.1kmにわたって立ち並ぶ28基の風車は、年間で約5000万kWhの発電量を誇る。
なぜ記者がそんなところにいるかというと、アウディ ジャパンが開催する「サステイナブル・フューチャー・ツアー」に招かれたためである。その趣旨は「日本におけるサステイナブルな取り組みの最前線を巡る」というもので、開催は今回で7回目。webCGでも過去に2度ほど紹介しているので、興味のある人はそちらもご覧くださいませ(その1、その2)。
しかし、困った。いや困りはしないのだけど、なんだかお尻が落ち着かない。アウディといえばフォルクスワーゲン・グループのプレミアムブランドであり、フォルクスワーゲンといえば、ご存じ“EV(電気自動車)シフト”の急先鋒(せんぽう)。対する記者は多元論者で、EVも内燃機関車も、燃料電池車もゼンマイ車も、「みんなちがって、みんないい」という金子みすゞ学派の徒(と)である。
無論、だからといってEVシフトに反対というわけではなく、むしろ日本でも、もうちょっとEVは広まってもいいと思っている。その課題や社会的不備は承知しているが、それでも「排ガス・騒音を出さない」「家で充電できる(=ガソリンスタンドに通う必要がない)」という利点を思えば、EVが生活に親和する人はもっといるだろうし、重宝される地域もあると思うのだ。環境負荷の観点でも、再生エネルギーで生成される電気を使えば、課題である製造時の環境負荷・資源消費の大きさを「走行中のCO2排出ゼロ」という特性で相殺しやすいはずだ。
もちろん、普及に際しては問題もあって、そのひとつが動力源たる“電気”の供給。そこが解決しなければ、EVが大々的に交通インフラを支える未来はない。そんなわけで今回は、EVシフトでも課題のひとつとされている、ニッポンの電気事情にまつわるお話である。
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伸長する風力発電と整備が進む送電網
今回、アウディによるツアーの舞台となった北海道は、日本のなかでも再生可能エネルギーの導入が特に進んでいる地域である。理由は豊かな自然資源で、土地が広くて森林や河川に恵まれているだけでなく、例えば先のオトンルイ風力発電所がある道北西部では、年平均7.6m/sの風が吹く。水、太陽、地熱、風、そしてバイオマスと、北海道はとにかく再エネ発電の資源に恵まれているのだ。
これらの恩恵もあって、この地の総発電量に占める再エネの割合は、2023年度に40.5%を達成。「2030年までに36~38%」という国の再エネ目標をあっさりクリアし、40%の大台を突破した。成長率も目覚ましく、わずか2年で10%以上の急伸である。
また、これと並行して送電網の整備も進んでいて、道北では稚内から中川までの約78kmにわたり送電線を新設。中継地である北豊富変電所には、風力発電の難点である出力の増減をならすため、容量720MWhという国内最大の、世界的に見ても最大級の蓄電設備が設けられた。
今回のツアーでは、その北豊富変電所も見学させてもらったのだが、「計画段階では世界一の規模だった」というだけあって、そのスケールには圧倒された。この施設に投じられた事業費は、聞いて驚け1050億円。無数の空調が張り付いた平べったい白亜の建屋には、330万個のセルからなる21万個のGSユアサ製リチウムイオンバッテリーモジュールが収納され、上述の720MWhという蓄電量は、アウディのEVおよそ8400台分に等しいという。
ケタ違いの数字にクラクラしながら表に出れば、50km南の中川町まで電気を送る鉄塔の列が地平線まで続き、そこから西へ目を転じると、無数の風車が遠方に望めるといった具合だ。なかには動いていない一群もあったが、聞けばそれは、「今後稼働を予定している、現在敷設中のウインドファーム」とのことだった。送電網の容量不足が解消された道北では、内陸を中心にさらに風力発電所の開設を推進。2025年までに127基の風車を持つ9カ所のウインドファーム(最大出力54万kW)がネットワークにつながる予定となっている。
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北海道の電気を東京で使う
このように、順調に成長している北海道の風力発電&再エネ事業だが、課題もないわけではない。北星学園大学の藤井康平専任講師によると、電気の高額買い取りを見込んだ投機目的の施設の乱立や、それによる地域の負担増(「再エネの後始末」の地元への押し付け)、地域利益の域外流出などといった問題が顕在化しているのだ。記者としては、「日本国内には風車をつくれるメーカーがない」という事実も地味にショックだった。
しかし、それよりなにより大きいのが、「そもそも北海道では、そんなに電気は使われない」という根本的な問題だ。読者諸氏もご存じのとおり、電気というのは備蓄が難しく、需要・供給のアンバランスは多方面で負担となる。北海道での不均衡はどれほどかというと、電気の需要は年間平均約350万kW、いっぽう発電能力は、北海道電力だけで838万6000kW(2022年)とされている(北海道電力ネットワークの資料より)。近年は発電のほうを抑えなければならない事態に陥っており、2022年5月には、同地で初めて再エネ事業者に発電の抑制をお願いする「出力制御」が行われた。夏がくるたびに電力のひっ迫が騒がれる首都圏在住の記者としては、なんともヘンな気分だ。
もちろん、こうした課題についても、経済産業省が旗を振って解決に取り組んでいる。北海道-東北-東京を600万~800万kW規模の送電線でつなぎ、北の大地で生まれた電気を本州で使おうというのだ(2030年度までに敷設予定)。同様の計画は、九州や中国、関西・中部・北陸の中日本地域などでも進行中で、約6兆~7兆円(!)の予算を投じて日本全土に電線を引きまくる、田中角栄もびっくりな列島改造が進んでいるのである。
ちょっと前、欧米メーカーが「EV 100%」を宣言し始めたころ、記者は「日本のクルマがぜんぶEVになったら、どれだけ電気を消費するんだろ?」とソロバンをはじいたことがあった。わが国の自動車保有台数は約8000万台、年間の走行距離を1万kmとし、“電費”は某国産EVを参考に155Wh/kmとすると……ガバい計算で恐縮だが、一年で1240億kWhと出た。日本の年間発電電力量はだいたい1兆kWh(2022年)なので、この国を総EV化するためには、12~13%ほど発電量を上げる必要がある。
記者としては、世の自動車をぜんぶEVにしてしまう必要はないと思っているのだが、それでもクルマのカーボンニュートラル化が日本の電気事情に負担をもたらすのは間違いない。先述した列島改造計画の進展に期待である。
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クルマの性能はどんどんよくなっているけれど
難しい電気事情の話はこの辺にして、そろそろ自動車メディアらしくプロダクトそのものの話もしたい。今回は、旅のお供を「Q4 e-tron」「Q8 e-tron」「e-tron GT」とアウディのEVシリーズが務めてくれたのだが、せんえつながら、その出来栄えには終始感心しきりであった。スムーズだとか運転しやすいとかいった話は試乗記等で散々語られているから、もういいでしょう。今回は2日間でおよそ300kmの旅程だったが、荷物を積んでフル乗車して、エアコンをガッツリ効かせて駆けまわっても、どのクルマも余裕しゃくしゃくだったのだ。旭川のアウディショールームでは150kWの高速充電も体験したが、「30分でだいたい70kWhかぁ」と脳内で計算しておののいた。とんでもない時代になったもんである。
これならEVもどーんと普及して、メーカーもユーザーも、電気余りの北電もニッコリで三方よし! ……となるかといえば、そう簡単な話ではない。なにせ今回のツアーでは、自分たちを除いてほとんど地元の方のEVを見かけなかったのだ。サステイナブルがイベントの趣旨なのに、こんなに再エネが普及している北海道なのに!
ツアー2日目に取材した「未来共創ミーティング」でそこに話が及んだ際、現地在住の学生さんより正直な意見が飛んだ。いわく「まだ身近な存在ではない」「北海道では四駆(クロスカントリー車のことと思われる)もないと厳しいけれど、EVにはそうしたクルマがない」「土地が広いので、EVの航続距離では心もとない」「重い車重が冬の道で不安」「降雪で立ち往生したことがあるが、EVはそういう場合も大丈夫なのか?」等々。
いや、今日では長く走れるEVもあるし、メルセデスは「Gクラス」のEVもつくってるし、北欧では新車販売の6~7割がEVだし……と、いかにも自動車メディア的な反論が頭をよぎるいっぽうで、実際に生活に迎え入れることを想定した彼らの意見に、業界にスレた記者も「それはそうだよなぁ」と納得してしまった。
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普及の契機になるようなイノベーションに期待
確かに、EVはここ数年で隔世の進化を遂げ、がぜん痛痒(つうよう)なく使えるクルマになった。先に述べた「EVのほうが生活に親和する人はいる、重宝される地域はある」という記者の考えも、取材で新型車に触れるごとに強まっている次第だ。……が、裏を返せば「EVでは不便で生活に支障をきたす」という人や地域が、やっぱりいる/あるのである。ミーティングに参加した学生さんのなかには、「副業(?)で猟師をしている」という人もいたが、彼などマイカーをEVにしたら、とんでもないことになるのではないか。
思えば旅程で見た北海道の家々には、今も灯油タンクやガスボンベが併設されており、玄関は雪の吹き込みを防ぐために二重になっていた。そういう土地で生きる人に“オール電化”を勧めるのは、いささか短慮というものだろう。EVシフトだって同じで、やっぱり記者は、EVを欲しいと思う人、EVを買える人から広まっていけばそれでいいと思う。
自動車史を見ても、今をときめく内燃機関車だって誰かが強要して世に広まったわけではない。EVでも「T型フォード」がやってのけたようなイノベーションに期待したいし、そうした製品が世に出るのも、そう遠い未来ではないと思う。昨今は世界的にEVに逆風が吹いているが、アウディさんには今はこらえて、さらなるクルマの革新をがんばってほしい。
(文=webCG堀田剛資<webCG”Happy”Hotta>/写真=アウディ ジャパン、webCG/編集=堀田剛資)

堀田 剛資
猫とバイクと文庫本、そして東京多摩地区をこよなく愛するwebCG編集者。好きな言葉は反骨、嫌いな言葉は権威主義。今日もダッジとトライアンフで、奥多摩かいわいをお散歩する。
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