他社製品の分解・チェックはどのように行われるのか?
2024.10.15 あの多田哲哉のクルマQ&A自動車メーカーは、自社製品の開発のために他メーカーの車両を購入し、走行テストだけでなく車両をバラして中身をチェックすると聞いたことがあります。本当でしょうか? バラすとはどの程度の分解・チェックなのでしょうか。分解するとして、また元に戻すのでしょうか。そして最終的に役目が終わったそのクルマはどうなる(中古車として売られる?)のでしょうか。ぜひお聞かせください。
トヨタの場合は、世界中で新しいクルマが出るたびに、そのほぼすべてをすぐに購入します。車両の到着後は、まず調査専門の部署が試乗して、車体を分解することなく寸法をはじめとするスペックをチェックします。
そのなかで、「このクルマについてはもっとしっかり調べなければ……」と判断されると、もう1台、もう2台と追加購入し、今度はバラバラにします。“バラバラ”というのは、本当に、分解できる最小単位にまでバラすという意味です。
で、バラしたパーツは、それ専門の工場の展示場みたいなスペースに並べられて、その都度、技術者には「いま見られる状態になっていますよ」という案内が届く。それを受けて、興味のある者は展示場所まで見に行くという流れです。
それぞれのパーツには、どれくらいの長さで重量は何gで、どのサプライヤーがつくっている、といった説明・注釈が添えられている。で、一定期間展示されたあとは廃棄されるか、欲しいという部署の人に参考資料として提供されます。これらの部品が再度組み上げられて、車両やコンポーネンツとして売却処分されることはありません。
分解したクルマは、あくまで分解用として使う。完成車のまま調べるクルマは別にあって、バラすことなくテストする。もっとも、後者については、調べ尽くしたあとで中古車として売ることはありますね。
では、買う時はどうか? 選ばれるのはたいてい、いろいろな装備が付いている上級グレードです。もし特殊な仕様や特定のグレードが欲しいという要望があれば、それなりの手順を踏んで承認・購入してもらうことになります。
ちなみに車両の手配を担うのは専門の業者で、トヨタ自動車が街のディーラーから直接買い求めるわけではありません。トータルでものすごい数の注文数になりますし、海外でしか買えないクルマもあるので、専門業者にあっせんしてもらうわけです。
バラすのは社内の「試作部」という部署。バラし専門で、いわばメーカー専属の解剖医ですね。彼らは、どこをどうバラすべきか精通しているわけですが、ごくたまに開発者の要望に合わないところで分解してしまうこともある。例えば、「サスペンションのリンクがバラバラにされたために、全体の動作がわからなくなってしまった」という場合は、その部品だけあらためて買ってもらったりします。
何のどこに注目するかはそれぞれの技術者によりますが、私の場合は、主に“軽量化のノウハウ”を観察していました。「あれとこれとをうまく組み合わせて軽く仕上げているな」とか、「こんなところに穴をあけている(肉抜きしている)」とか。他社の皆さんも苦労されていることがよくわかりました(苦笑)。
とはいえ、私はどちらかといえば車両開発を取りまとめる役目ですから、部品単位での気づきや衝撃を受ける度合いは、個別の設計者のほうが多いでしょう。先の“展示会”でも真っ先に会場に飛んで行くのは各パーツの設計者で、お目当ての部品を入手してきては自分のデスクの横に飾って「どうです、これスゴいでしょう?」なんて同意を求めてきたりする(笑)。同じことはきっと、他の日本メーカーでも行われているに違いありません。
ちなみに、私が業務提携で関わったBMWは当時、他社のクルマを一切買っていませんでした。なぜなら、ドイツのメーカーは、新型車を出すと同時にライバルメーカーにそれを貸し出す風習があるからです。ポルシェがBMWに対して、「どうぞテストしてください」と毎回ニューモデルを送り届けるわけです。彼らに言わせれば、わざわざ買ったりバラしたりなんて、もったいないことなのです。何もそんなコストはかけずに、お互い融通し合って、あとで返却すればいいじゃないかと。
これには、ものすごい衝撃を受けました。「(貸し出し習慣のない)トヨタのクルマは買って調べないの?」と聞いてもみたのですが、「そもそも興味がないし、ドイツの他メーカーをチェックすれば十分だからトヨタまで調べない」とのことでした(苦笑)。
ただ、これについては一長一短で、グローバルな時代、国内外あらゆるクルマをチェックしている日本メーカーには、それなりのメリットがあるといえます。韓国や中国のメーカーもおそらく同様の分解・研究をしていて、さまざまなクルマを猛烈に参考にしたからこそ、いまの地位があるのだと思います。その点、欧州メーカーの人々は、どこか「自分たちが先生だ」という意識があって、そのせいでちょっと難しい局面になっているような気もします。さすがにいまは状況も変わり、特にEVについては国内外のモデルをとことん調べているのでしょうが。
メーカーが切磋琢磨(せっさたくま)し、ユーザーに少しでもいいものを届けるという見地からは、他社製品のチェックは有効だと思います。でも、もっと日本の自動車メーカー間で情報の共有ができれば、なおのこといいですね。「バラせば結局わかる」なら、そんなことにお金や時間をかけないようにして、日本の自動車産業全体のレベルを上げたほうがいい。それくらいのことをやらないと今後は国際競争で生き残っていけないだろうという懸念もあります。
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多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。