クルマ好きなら毎日みてる webCG 新車情報・新型情報・カーグラフィック

第888回:家族円満はクルマ談義から? 良い婿は「フィアット500」に乗る

2024.12.05 マッキナ あらモーダ! 大矢 アキオ
【webCG】クルマを高く手軽に売りたいですか? 車一括査定サービスのおすすめランキングを紹介!

村のヴィンティッジ祭で 

結婚して28年。にもかかわらず筆者は、東京郊外に住む義父の世間話の相手も、晩酌のお供もしたことがない。その手の付き合いを実父であってもしたことがなかったし、そもそも苦手なのだから仕方ない。そのような筆者とは対称的な若者を、地元のクルマ趣味人のなかに発見した、というのが今回の話である。

シエナからクルマで県道を南へ約40分、そこにカーゾレ・デルサはある。この村、人口は3700人にすぎないが、とにかく催しに力を入れている。なかでも12月から1月に行われるのが「人間プレゼピオ」だ。“Presepio”とはキリスト教、とくにカトリックで、馬小屋でのイエス・キリストの誕生場面をかたどった人形やジオラマを指す。プレゼピオを飾るのは、クリスマスの風物詩のひとつなのだ。そしてカーゾレ・デルサでは、期間中の毎週末、キリスト誕生の物語を人形の代わりに村民を中心とした約300人が演じるのである。キリストの一家だけでなく、当時存在した剣闘士、奴隷などが、村内につくられた1kmの順路に次々と登場する。

今回紹介するのは、それとは別の催し「カーゾレ・ヴィンティッジ」である。4回目の開催になるこのイベントは、村内外の骨董(こっとう)商やアマチュアが古物を展示即売するものだ。1960~1980年代アイテム人気の高まりと相まって、県内で少しずつ知名度を上げている。2024年も10月6日に催された。

出店者のひとりで古物商のマウリツィオさんは、この道40年。近年は亡くなった高齢者の家族から「家一軒まるごと中身を引き取ってほしい」という依頼が少なくないという。都市部に住む家族は、親が住んでいた農村部の家には関心がないし、持て余しているのである。「そうした家から見つかったものだよ」と見せてくれたのは、戦後モダンの香りただようシャンデリアだった。脇にはかつてイタリア製テレビの代名詞だったミヴァールのテレビもある。日本が木目調・家具調のテレビづくりに躍起になっていた時代に、斬新なデザインをつくり出していたところに感服する。

やがて知人で自動車好きのパオロ&テレーザ夫妻にばったり会った。なにをしているのかと聞けば、「これだよ」とピアッツァ(広場)を指す。そこには雰囲気を盛り上げるためクルマが数台並べられていた。そのなかに夫妻の愛車である、白の「フィアット600ムルティプラ」と鮮やかな黄色の「フィアットX1/9」も展示されていた。

実は彼らには、家族のほかにもうひとり連れがいた。ラファエッレ君という青年だ。

2024年10月、シエナ県カーゾレ・デルサ村で催された「カーゾレ・ヴィンティッジ」の会場で。「フィアット600ムルティプラ」(向かって左)と「フィアットX1/9」(同右)。そしてオーナーのパオロさん。
2024年10月、シエナ県カーゾレ・デルサ村で催された「カーゾレ・ヴィンティッジ」の会場で。「フィアット600ムルティプラ」(向かって左)と「フィアットX1/9」(同右)。そしてオーナーのパオロさん。拡大
地元のご婦人もレトロ風情で決めていた。
地元のご婦人もレトロ風情で決めていた。拡大
レトロファッションの即売コーナーも。
レトロファッションの即売コーナーも。拡大
古物商のマウリツィオさん(写真向かって左)と彼の家族。
古物商のマウリツィオさん(写真向かって左)と彼の家族。拡大
マウリツィオさんの出品から、携行用樹脂製タンク。「ケロサジップ」とは、かつてのアジップによる家庭用暖房燃料の商品名である。インターネットかいわいでも、近年それなりに人気のアイテムだ。
マウリツィオさんの出品から、携行用樹脂製タンク。「ケロサジップ」とは、かつてのアジップによる家庭用暖房燃料の商品名である。インターネットかいわいでも、近年それなりに人気のアイテムだ。拡大
別の出店者の屋台で。「かつて自分の子供が遊んでいたものを持ってきました」というディンキー製ミニチュアカーが並んでいた。
別の出店者の屋台で。「かつて自分の子供が遊んでいたものを持ってきました」というディンキー製ミニチュアカーが並んでいた。拡大
同じ出店者によるパズル。組み立てると自動車が完成する。
同じ出店者によるパズル。組み立てると自動車が完成する。拡大
さまざまな軍組織や公安関係者が使用していたヘルメット。
さまざまな軍組織や公安関係者が使用していたヘルメット。拡大
往年のベビーカー。ストリームラインが泣かせる。
往年のベビーカー。ストリームラインが泣かせる。拡大
こちらは展示車ではなく、粋な来場者が乗ってきたと思われる初代「フォルクスワーゲン・ビートル」。新車時代に流行したステップ上のデカールも懐かしい。
こちらは展示車ではなく、粋な来場者が乗ってきたと思われる初代「フォルクスワーゲン・ビートル」。新車時代に流行したステップ上のデカールも懐かしい。拡大
アンドレアさん(写真向かって左)をはじめ地元のベスパ・クラブ会員は、出展とともに周辺のツーリングも楽しんだ。
アンドレアさん(写真向かって左)をはじめ地元のベスパ・クラブ会員は、出展とともに周辺のツーリングも楽しんだ。拡大

33歳年上のクルマを愛するゆえに

そのラファエッレ君の愛車はフィアットの1966年製“ヌオーヴァ500”である。購入時点で、すでに「アバルト595S」風にモディファイされていた個体を2019年に購入したという。

「僕は3代目オーナーだよ」と言って、ラファエッレ君は車検証を見せてくれた。表紙は緑色の立派なものだ。加えて、現在の「運輸およびインフラ省」の旧称で、1963年から74年までわずか11年だけ用いられた「運輸および民間航空省」という厳かな名称が印字されている。新車当時の人々は、この車検証を手にして、自動車所有者になった満足感をかみしめていたに違いない。ちなみに現行のイタリアの車検証は、A4の用紙を4つに畳んだだけのものなので、まったくもって趣がない。

ラファエッレ君は車検証のページをめくりながらこう語る。「この500は1966年にフィレンツェで登録されているんだ」。それには意味がある。同年の11月、フィレンツェは16世紀以来の歴史的大洪水に見舞われ、101人が命を落としたほか、数多くの国宝級美術品が被害を受けた。つまり、フィレンツェでその年に登録され、生き残った自動車はけっして多くないのである。実際に被害にあった地域にいたかはともかく、幸運の象徴なのだ。

ラファエッレ君に仕事を聞けば、なんと警察官だった。「最近仕事では、トヨタやスバルといった日本車ばかりだね」と笑う。それ以上に、さらに面白いことが判明した。なんと彼は、先述のパオロ&テレーザ夫妻の娘、ジェッシカさんのボーイフレンドであった。

ラファエッレ君は1999年生まれゆえ、2024年で25歳である。その彼が自分の年齢の倍以上古いクルマを愛好している。彼なら将来の義父や義母と、クルマ談義で盛り上がれるだろう。事実、こうやって同じ祭りに仲良くクルマを並べている。将来も家族円満間違いなしだ。

最後にふたたび筆者自身に話を戻せば、義父が趣味としてクルマに関心がないのは幸いである。細君の実家に行くたび、古典車ファンの義父から「ポルシェはナローに限る」「やはりBMWといえばストレート6だ」などと言われたら、休みの日の気がしないからだ。もしくはカーデザインにうるさくて「最近のクルマのフォルムは、大きなストロークのカーブが定まっていない」とか議論をふっかけられたら、もっと苦痛だ。それに近いクルマ談義が交わされると思うと、ラファエッレ君は筆者より若いものの、人間ができているに違いない。

(文と写真=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/編集=堀田剛資)

ラファエッレ君の1966年「フィアット500」改(写真向かって左)。
ラファエッレ君の1966年「フィアット500」改(写真向かって左)。拡大
その室内。
その室内。拡大
車検証は新車当時からのものが今も有効。反射で見にくいが、上部には「運輸および民間航空省」と印字されている。
車検証は新車当時からのものが今も有効。反射で見にくいが、上部には「運輸および民間航空省」と印字されている。拡大
イタリアで法定車検を受けるたびに添付されてきた証紙が連なっている。
イタリアで法定車検を受けるたびに添付されてきた証紙が連なっている。拡大
排気量はオリジナルの499ccから650ccに拡大されている。ラファエッレ君によると、アウトストラーダの速度上限でもある130km/hまで出るのは確認したとのこと。
排気量はオリジナルの499ccから650ccに拡大されている。ラファエッレ君によると、アウトストラーダの速度上限でもある130km/hまで出るのは確認したとのこと。拡大
ラファエッレ君と彼女のジェッシカさん。左端に彼女の父親パオロさんも写り込んでいる。
ラファエッレ君と彼女のジェッシカさん。左端に彼女の父親パオロさんも写り込んでいる。拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。

マッキナ あらモーダ!の新着記事
マッキナ あらモーダ!の記事をもっとみる
関連キーワード
新着記事
新着記事をもっとみる
車買取・中古車査定 - 価格.com

メルマガでしか読めないコラムや更新情報、次週の予告などを受け取る。

ご登録いただいた情報は、メールマガジン配信のほか、『webCG』のサービス向上やプロモーション活動などに使い、その他の利用は行いません。

ご登録ありがとうございました。

webCGの最新記事の通知を受け取りませんか?

詳しくはこちら

表示されたお知らせの「許可」または「はい」ボタンを押してください。