第895回:新しい「トポリーノ」に見た「こうあってほしいフィアット」
2025.01.30 マッキナ あらモーダ!小ネズミ復活
かつて「トポリーノ(イタリア語で小ネズミ)」といえば、1936年から第2次世界大戦をはさんで1955年まで生産された、初代「フィアット500」の愛称だった。それがマイクロEV(電気自動車)の車名として68年ぶりに復活したのは2023年7月のことである。
新トポリーノは、欧州連合(EU)における軽便車規格「ライトクアドリサイクル」(種別呼称:L6e)に準拠している。
ライトクアドリサイクルは、長年にわたり専業メーカーによる汎用(はんよう)ディーゼルエンジンを搭載した車両が主流だった。しかし、近年は一般車のブランドが新時代の都市モビリティーとして、EVでこの分野に参入するようになった。2012年の「ルノー・トゥイジー」、2020年の「シトロエン・アミ100%エレクトリック(以下アミ)」といったモデルである。
電気モーターを動力とする場合、
- バッテリーを含まない車両重量が425kg以下
- 最大連続定格出力6kW以下
- 最高速度45km/h以下
という制限がある。
いっぽうで、フランス、イタリアをはじめ多くの国や地域では、原付二輪免許で14歳から運転できるというメリットがある。
シトロエンが2024年10月のパリモーターショーで行ったスピーチによると、アミは仏伊両国で、あらゆる動力のライトクアドリサイクル中最多の販売台数を記録している。また電動ライトクアドリサイクルに限れば、欧州で最も多く売れているという。
フィアットのトポリーノは、アミの姉妹車にあたり、機構部分を共有する。全長×全幅×全高=2535×1400×1530mmで、ホイールベースは1730mm。最高出力6kWのモーターで前輪を駆動する。満充電からの航続可能距離(WMTCモード)は75kmである。
ボディーの種類は2種類だ。標準型である「トポリーノ」は2ドア+ガラスルーフの車体をもつ。もう1タイプの「ドルチェヴィータ」は、ドアがない代わりに乗降部分にロープが張られ、開閉式キャンバストップ(オプション)が付く。アミには設定されていない開放的な仕様である。ABS樹脂によるボディーパネルの車体色は「ヴェルデヴィータ」と名づけられたペパーミントグリーンのみだ。しかし、1957年デビューの“ヌオーヴァ500”こと2代目フィアット500をほうふつとさせる、趣味がよい選択である。
そのトポリーノが、筆者が住むイタリア・シエナのフィアット販売店「スコッティ」に展示されたという知らせを聞き、早速見に行くことにした。
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Z世代を照準に
先述したとおり、トポリーノの発表は2023年夏である。イタリアで販売活動が極端に縮小する夏休み期間を差し引いても、もはや1年以上後の配車ということになる。
背景のひとつは、2024年5月の“イタリア三色旗騒動”が少なからずあったことがうかがえる。モロッコのステランティス工場製であることが原因で起こったこの顛末(てんまつ)については、本連載第861回「イタリアが新たな“ダメ出し” 『アルファ・ロメオ・ミラノ』の次はフィアットが標的に」をお読みいただこう。
ショールームを訪問すると、平日にもかかわらず盛況だ。売れ筋は発売後12年にもかかわらず、2024年通年の登録台数で1位を維持した「フィアット・パンダ」である。いっぽうで、お目当てのトポリーノは、静かな2階の一角に展示されていた。「Caffé FIAT」と記された造作物の脇だ。
実車はトポリーノと名づけられているものの、そのエクステリアデザインが想起させるのはヌオーヴァ500だ。アミとは異なる魅力を放っている。アミがモダンであるのに対して、こちらはレトロ調の可憐(かれん)さである。クアドリサイクルは、一般車よりも保安基準が緩いので冒険が可能であることを差し引いても、意欲的な意匠だ。
外板パネルこそ変えてあるものの、角断面のフレームで形づくられた車体の構造はアミと同一である。したがってドアもアミ同様、左右同一だ。運転席側は後ろヒンジ、助手席側は前ヒンジゆえ、逆方向に開く。
筆者が一瞬戸惑ったのは、室内からのドアロック解錠方法だ。通常のレバーが見当たらない。助けを呼ぼうにも、セールスパーソンたちは階下で接客に集中している。サイドウィンドウは一般的な巻き下げ式ではない。天地が狭い下半分が外に開くだけだ。脱出できない。
正解は「ストラップ(ひも)を引っ張る」であった。それも、運転席側はステアリングコラム左下のダッシュボードから、助手席側はドア後部から生えている。お察しのとおり、前述の左右共通のドアに起因するもので、ドアラッチに近いところに設置されているためだ。参考までに、アミやこれまた姉妹車である「オペル・ロックスe」も同様の機構である。
なお、アミやロックスeでは車体前後のパネルさえ共有するという大胆なアイデアが投入されていたが、トポリーノでは別々のものが与えられている。
内装の大半はアミのものが流用されている。運転席と助手席がオフセットされたシートも、色以外は基本的に同じである。ただし、トポリーノ独特のものとして、ダッシュボード上部のトレイ部分にはしま模様のフタが備わる。
トポリーノのイタリアでの付加価値税込み価格は9890ユーロ(162万円)。日本のエコカー減税に相当する環境対策車優遇措置を活用すると7543.68ユーロ(約123万6000円)である。6025.25ユーロ(98万7000円)のアミより高めだ。
ちょっと隣町に行くにも自動車専用道路を使うイタリアである。そうした道路の走行が禁じられているクアドリサイクルに、この金額を投じるか、もしくは9950ユーロ(約163万円)のパンダを買うかは、判断が分かれるところだ。
ライトクアドリサイクルは長年、経済的に一般車を所有するのが難しくなった高齢者のモビリティーであった。対してEV時代になって、若いユーザーが目立つようになった。そうした潮流を見逃さなかったのだろう、フィアットとしては、いわゆるZ世代を顧客の照準に据えたことを明言している。筆者自身は、市街地のしゃれた商店のアイキャッチ兼デリバリーカーとして、これ以上ふさわしいイタリア車はないと考える。
これよ、これなのよ
ふたたびデザインについて言及すれば、徹底的に簡素化されたディテールからは限りない潔さが感じられる。同時に開放感にあふれている。それらは初代パンダや「ウーノ」といった1980年代のフィアット車に通じるものだ。あらゆるクルマが高度化・複雑化してしまった今日において、その割り切りが心地よい。同時に、自動車が醸し出すキャラクターという点でいえば、姉妹車アミやロックスeを上回る秀逸さが感じられる。
小さくしゃれた外観とは対照的な、広く実用的な内装も、たとえ別ブランドのアミがベースでも、長年におけるフィアットの美点と見事に合致する。日ごろイタリアで狭い家に住んでいる反動か、一部の日本車が訴求する「包まれ感」「コクーン(繭)感覚」といったものになじめない筆者としては、極めて好感がもてる。
往年の日産のパイクカーが進化していれば、このような姿になったのではないか、とも考えてしまう。しかしそれ以上に、トポリーノは久しぶりに「近年最もフィアット車らしいフィアット車である」と筆者は定義する。かつて東京でウーノを日常の足にしていたこともある筆者は「これよ、これなのよ」と思わずつぶやいてしまった。
筆者の思いとしては、フィアットは将来もこうあってほしい。心配なのは現行ラインナップだ。間もなく発表から5年が経過しようとしている「500e」や、デザイン的に「500X」のキープコンセプトである「600」「600e」などを除いた新世代フィアット車は、トポリーノの次は、一気に2024年7月に発表された「グランデパンダ」まで飛んでしまう。1961年に小型車「アミ6」が発表されるまで、究極の大衆車「2CV」と高級車「DS」しかなかったシトロエンをほうふつとさせる。
そうしたなかで、トポリーノのテイストを継承した上位モデルが誕生することを願う筆者なのである。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里<Mari OYA>、Akio Lorenzo OYA、ステランティス/編集=堀田剛資)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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