第896回:登録台数73%減の衝撃 Lynk&Co、サブスクやめるってよ
2025.02.06 マッキナ あらモーダ!マイカーはLynk&Co
筆者がイタリアで乗るクルマの自動車税は毎年1月末が納期である。さらに車検の期限も1月末だ。加えて自動車保険の更新が2月末にやってくる。イタリアで保険は市場価格競争を促す目的で、自動継続の制度が廃止されて久しい。毎年契約しなくてはならないのだ。
自動車系の出費が連続するこの季節、毎年考えるのは「サブスクリプションなら、煩雑な諸手続きから解放されるだろうに」ということである。でも実際使ってみたユーザー本人によると……というのが今回の話だ。
エンツォさんとは、筆者が行きつけのパニーノ店のあるじである。彼の愛車は「Lynk&Co(リンク・アンド・コー)01」であった。Lynk&Coは、中国の浙江吉利控股集団(以下吉利)と、同社の傘下企業であるボルボによって2016年に設立された合弁企業である。詳しくは2022年3月の本連載第747回「所有か共有か? 古代ローマ以来の問題に挑む中国のLYNK&CO」を参照いただきたい。
月1.6万円増にギブアップ
その際も記したが、Lynk&Coが欧州で販売と並行して積極的に展開したのは、月額式の自動車利用サービス、要はサブスクリプションであった。イタリアでは2021年にサービスを開始した。
代表的な対象車種であるLynk&Co 01(以下01)は、FWDのハイブリッドおよびプラグインハイブリッドのコンパクトクロスオーバーSUVである。「ボルボXC40」と共通のCMAプラットフォームを使用している。
当初の月額費用は500ユーロ(約6万3000円、2022年当時)で、そこにはメンテナンス料、保険料、ロードアシスタンス料、そして月あたり走行距離1250kmの使用料が含まれていた。契約はいつでも解除可能という設定だった。
ただし、エンツォさんが01を申し込んだ2022年の時点で、すでに月額料金は550ユーロに値上げされていた。当初より50ユーロ増しである。当時のLynk&Coによれば「原材料、部品、物流コスト上昇により」という説明だった。さらに「走行距離は月1250kmを超えると1kmあたり18ユーロセント(筆者注:約28円)が加算されたよ」と説明する。
彼は01を約2年間使用したあと、2024年秋に契約を解除した。「まずクルマに関していえば、僕の使い方に合わなかったんだ」。ここ中部シエナ県と親戚がいる南部ナポリとを高速道路を使って頻繁に往復する彼にとって、ハイブリッドはその燃費効果が十分に発揮できなかった。「一往復の燃料代は200ユーロ(約3万2000円)以上かかってしまったね」と振り返る。日々の移動も都市部ではないので、ハイブリッドのメリットを存分には生かせなかった。アシスタンスサービスとの連絡も基本的に電話のみ。それも極めてつながりにくくて困ったという。
しかしながら、エンツォさんが契約を解除した最大の理由は、月額料金の値上げだった。「649ユーロになってしまったんだよ」。サービスの開始当初より約150ユーロ、エンツォさんの契約時より約100ユーロの値上げだ。2025年2月の円換算レートでいえば、毎月約1万6000円も出費が増えてしまったのである。
そこでエンツォさんは契約を解除し、代わりに「ジープ・レネゲード」の1.6リッター120PSディーゼルを手に入れた。従来のかたちでの購入だった。
骨折り損のゲームか
筆者の印象でいえば、2024年にはイタリアでLynk&Coを目撃する機会は急激に減少した。街角で01を見かけるたび撮影していた写真を数え直しても、2022年は20点だったのに対し2023年は6点、2024年に至っては1点しか撮っていない。
その現象は統計が裏づけていた。欧州における2024年の新車登録台数で、Lynk&Coは5975台。前年比で73%のマイナスであった。その下げ幅は上位50ブランド中最大である(データ出典:JATO)。コロナ禍で耐久消費財の購入に慎重になったユーザーが、自動車サブスクリプションを選択したものの、ふたたび購入に戻っていったと筆者は考える。
今回エンツォさんが語ってくれたものに似た意見・感想は、インターネット上のいたるところで、それこそLynk&Co公式サイトのコミュニティーでもみられる。上述のLynk&Coの新車登録には、通常の方法で購入した人のぶんも含まれているのだろう。それでこの数字なのだから、サブスクリプションビジネスの難しさがわかる。
実際、2025年欧州仕様の01では、ついに公式サイトの選択画面からサブスクリプションが削除され、「購入」「長期リース」に限定された。いっぽうでサブスクリプション可能なのは「2022/2023年式」、すなわち旧モデルのみだ。月額649ユーロは同じだが、1250kmを超過した際のkmあたりの料金は、20ユーロセントに上がっている。さらに初期の登録費用として199.99ユーロ(約3万2000円)が加わっている。トーンダウンと値上げである。ついでにいえば、「サブスクリプション車」の印象が浸透してしまっただけに、購入プランの開拓はしばらく楽ではないと筆者は読む。
吉利は2024年11月、グループ再構築の一環として、Lynk&Coの株式の51%を、同じグループ傘下の電気自動車メーカー、ジーカーが保有するかたちに再編することを発表した。重複車種の統合で経営効率を上げるのが目的だという。それをもってサブスクリプション事業の不振とは結びつけられないが、Lynk&Coが自主独立して存続に至らなかった結果といえよう。
サブスクリプションが決して容易なビジネスでないことは、2019年にトヨタによって設立されたKINTOでもわかる。2024年7月に発表された決算では大幅に純損失が減少しているものの、いまだ黒字に至っていない。また公式サイトの使用者分析によると、勤務地は名古屋が71%を占める。出身業界も自動車産業が28%を占める。社会に広くいきわたったサービスとなるには、まだ時間を要しそうだ。
サブスクリプションに近い事業であるシェアリングも同様だ。イタリアにおけるレンタカー産業の大御所で、シシリー・バイ・カーの創立者であるトンマーゾ・ドラゴット氏は2021年、本連載第701回「私が社長です!? イタリア版アパ社長に大矢アキオがインタビュー」で、サービスの性質上、利益を上げることは不可能と定義。「もちろん、自動車ブランドにとっては素晴らしいショーケースですが……骨折り損のゲームです」と締めくくっている。
壮大な実験中?
思えば、メルセデス・ベンツのディーター・ツェッチェ会長(当時)が、「コネクティビティー、自動運転、シェアリング、電動化」を意味するCASEを課題として掲げたのは、2016年のパリモーターショーだった。実際会場に居合わせた筆者は、クルマとそれを取り巻く未来を前途洋々に感じたものだった。見通しの悪い道で前方車両がスリップすれば自車に警告が表示され、居眠りはできずとも手放しで運転でき、もちろんパワーユニットは電動。そして所有の面倒から解放される。そのような時代があと少しで訪れる気がした。
あれから8年と少々。シェアリング/サブスクリプションも含め、現状はさして進歩していない。19世紀中盤のイギリスで「蒸気自動車を走らせるときは、前方を赤い旗を持った者が先導しなければならない」という悪名高き赤旗法が廃止されたのは、制定からなんと31年後の1896年だった。こちらは既存馬車業者の嫌がらせが背景にあったのだが、当時と比較にならないほど自動車とそれを取り巻く環境が複雑化しすぎた今日、変化には赤旗法以上に時間を要する。
パリで導入されながら7年で廃止されたカーシェアリング「オトリブ」のときもそうだったが(参照)、私たちはソビエトの社会主義のごとく、壮大な実験のただ中にいる気さえしてきた今日このごろである。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里Mari OYA、Akio Lorenzo OYA、Lynk&Co/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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