第701回:私が社長です!? イタリア版アパ社長に大矢アキオがインタビュー
2021.04.08 マッキナ あらモーダ!真っ先に迎えてくれる人物
新型コロナ禍の逆境下、日本のアパグループが2020年11月期の連結決算で黒字を達成した、というニュースを読んだ。そのメインビジネスであるアパホテルといえば、社長自らが広告に積極的に出演することで知られている。
筆者の記憶では、日本で経営者自身がCMに登場することでブランド認知度の飛躍的向上を果たした初期の例は、1970年代の「ピップエレキバン」である。
イタリアにも、創業経営者がCMをはじめとする広告に出演しているブランドが食品メーカーを中心にいくつか存在する。
実は自動車関連業界にも、それに匹敵する人物がいる。過去にあなたがイタリアを訪れた際、空港で真っ先に出迎えていてくれていたのは彼だったはずである。
その名はトンマーゾ・ドラゴット氏。レンタカー会社であるシシリー・バイ・カーの会長だ。
ドラゴット会長の写真を使った同社の広告は、イタリア国内各地にある空港の、入国審査を終えた直後のターミナルで頻繁に目撃する。イタリア系航空会社の機内誌や、営業速度で欧州最速の特急列車「イタロ」の車内誌をめくっても、かなりの確率で目に飛び込んでくる。
そもそもシシリー・バイ・カーとはどんな企業なのだろうか。
その社名からシチリア島のローカルなレンタカー会社を想像するのは早計だ。オペレーション上の本社こそ創業地であるシチリア自治州の州都パレルモに置いているが、今やイタリア全国に60以上の営業拠点を構え、車両は2万台以上にも及ぶ。
実際、筆者が住む中部トスカーナ州のフィレンツェおよびピサの両空港でもビジネスを展開していることが判明した。
乗用車/商用車のレンタカーのほか、中長期リースも展開。電動アシスト自転車や自動操舵付きヨットのレンタルまで手がける。マルタやアルバニアなど国外にも進出している。
筆者が想像した以上に大きなビジネスだった。
年商は1億4000万ユーロ(約182億円)で、多国籍系が群雄割拠するイタリアのチェーン系レンタカー業界において、唯一の民族資本である。
25歳で起業
イタリアの旅行者にとって、知名度では冒頭のアパグループ社長レベルといえるトンマーゾ・ドラゴット会長とは、いかなる人物なのか?
2021年3月末、取材の趣旨をシシリー・バイ・カーに伝えると、秘書がメールインタビューをアレンジしてくれた。そのスピードは日本企業以上であった。イタリア社会全体がイースターの休暇モードに入る直前にもかかわらず、である。いずこの国でも伸びる企業はレスポンスが迅速だ。
さらに驚いたことに、秘書ルートとは別にドラゴット氏本人から、SNSを通じて取材を歓迎するというメッセージが舞い込んだ。
これを機会に、過去に空港や列車内において興味本位で撮影してきたシシリー・バイ・カーの広告をよく観察すると、米国の大手レンタカー会社と同様、車両が常に最新車種に置き換えられていることが分かった。そればかりか、ドラゴット会長の写真も変わっているではないか。随時アップデートされていたのである。
2021年で83歳となるトンマーゾ・ドラゴット会長は、1938年にパレルモ郊外の漁村に生まれた。筆者個人的には、思わずジュゼッペ・トルナトーレ監督によるシチリアを舞台にした映画が浮かんだ。
シチリアは第2次世界大戦における激戦地であった。トンマーゾ・ドラゴット会長が運営する財団に寄せた回想によれば、母親は一人っ子だったトンマーゾ氏を抱いて防空壕(ごう)から防空壕へと逃げ回ったという。客船会社に勤務していた父親が英軍の魚雷攻撃を受けて死亡したのは、彼がわずか3歳のときだった。
「母ひとり子ひとりで育つうちに起業への意欲が芽生え、その後海軍兵学校での厳しい生活が、さらに自身の精神力を鍛えてくれた」と振り返る。
彼がレンタカー会社を設立したのは1963年。25歳の年だった。
筆者(以下Q):なぜレンタカー業界に将来性を感じたのですか?
ドラゴット氏(以下TD):私は若いころ、夜に外出したり、友達と繰り出したり、さらに急な約束ができたりなどで、1日か2日だけクルマが必要な機会にたびたび遭遇しました。
そこからヒントを得たのです! 当時レンタカー業界は草創期でしたが、私は先見の明をもって、成長の伸びしろが大きい分野に着目したのです。
Q:しかしながら1963年といえば、戦後イタリア初の大衆車である「フィアット600」が誕生して8年、「フィアット500」が発表されてわずか6年です。当時イタリア人はまだクルマを所有することに熱心でした。買ったばかりのマイカーを運転して、イタリア半島からシチリア島に帰省する出稼ぎ従業員もいたのは有名な話です。
TD:イタリアにテレビが登場したとき、人々はバール(筆者注:イタリア式喫茶店)に集まってテレビを見ていました。誰もがテレビを買えるわけではなかったからです。1965年時点でイタリアの人口約5200万人のうち、テレビを所有していたのは約600万人でした。
クルマも同じでした。私が起業した1963年当時、自家用車を持たず、かつ他の交通手段でイタリア半島を長距離移動したくない場合、クルマを借りる必要があったのです。
Q:社史によると、あなたは「フィアット1300」と「フィアット1100」、そして2台のフィアット500のたった4台で創業しています。過去58年間に導入したクルマのなかで、特に顧客に好評だったクルマを挙げることができますか?
TD:やはりフィアット500です。常にイタリアを代表するクルマですから。今日でも(現行500は)私たちのフリートには欠かせないアイテムです。
カーシェアリングには疑問
そして、今回のインタビューのきっかけとなった例の広告についても聞いてみた。
Q:旅行者にとって、あなたはジョヴァンニ・ラーナ氏よりも、フランチェスコ・アマドーリ氏よりも有名だと思います(筆者注:ラーナはパスタのブランド、アマドーリは鶏肉加工食品メーカー。いずれも創業経営者がテレビCMに出演している)。広告にはどんな経緯で出演することになったのでしょうか。また、いつから始めたのですか?
TD:お褒めの言葉をありがとうございます。広告には1990年の手前から出るようになりました。おかげで街でよく呼び止められます。
青年時代に自身の会社を設立した私にとって、個人的な足跡はすなわちシシリー・バイ・カーの歴史です。広告における私の存在は1963年以来、私たちに信頼を寄せてくださる顧客に対する継続性と忠誠の証しなのです。
Q:ところで近年、社会はカーシェアリングのあり方を模索しています。次の時代に向けて、あなたの会社ではカーシェアリングへの対応策を考えていますか?
TD:私は、少なくともビジネスとしてのカーシェアリングは信じていません。なぜなら現在、そうした活動を行っている企業はすべて赤字だからです。サービスの性質上、利益を上げることが不可能なのです。もちろん、自動車ブランドにとっては素晴らしいショーケースですが……骨折り損のゲームです。
ではモビリティーの未来像とは何でしょう? それは電気自動車(EV)です。ゼロエミッションかつ(化石)燃料費もかからず、再生可能エネルギーで充電でき、私たちの地球にとって計り知れないメリットがあります。シシリー・バイ・カーは、それに賭ける覚悟があります。
戦後イタリアを駆け抜けた
補足すれば、ドラゴット氏率いるシシリー・バイ・カーは、ルノーのEV「ZOE(ゾエ)」を使ったシチリア周遊プラン「ドンナ・シチリア」を展開している。環境負荷を最小限に抑えながらシチリアの美を堪能してもらおうという企画だ。観光スポット間の詳細な距離や充電ステーション所在地情報を提供するなどして、EVに安心して乗ってもらえる工夫も凝らしている。
ところで今回のドラゴット氏の回答に接して思い出したのは、ランボルギーニの創業者フェルッチョ・ランボルギーニ氏(1916~1993年)である。残念ながら筆者がイタリアに住み始めたときには、彼はもうこの世の人でなかった。
しかし、ランボルギーニ氏もドラゴット氏も、戦後誰もが絶望のどん底にあるなかで、自らの道を信じて歩み、成功をつかんだ。
こうした経営者は今やイタリアでも少なくなっただけに、たとえメールというかたちであっても、ドラゴット氏本人に接することができたのは幸運であった。
シシリー・バイ・カーのサービスではなかったが、筆者もかつてドラゴット氏のルーツであるシチリアをレンタカーで旅したことがある。突如ウインドスクリーンの前に広がった地中海の果てしない海岸線、そしてアフリカから吹き寄せるシロッコ。それらは、生活上の必須行為に変容していたクルマを運転するという行為が、実はどんなに楽しいものであるかを実感させてくれた。
ドラゴット氏と彼の会社は、この喜びを58年にわたって、数え切れないほどの人々に届けてきたわけだ。
本稿執筆時点で筆者が住むイタリア中部トスカーナ州は、新型コロナウイルスの最大警戒レベル対象地域である。窓の外では憲兵が移動規制違反者の取り締まりにあたっている。次にいつ空港を訪れられるかは、今もって分からない。
だが、今度ドラゴット氏の広告と出会ったら、純粋に「おもろい社長」と捉えていたことを反省しよう。そして、自らの方法でイタリア自動車文化を半世紀にわたって支えてきた人物として眺めたいと思う。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=シシリー・バイ・カー、Akio Lorenzo OYA/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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