「レクサスRZ」の「ステアバイワイヤシステム」は既存の自動車とはどこが違うのか?
2025.04.14 デイリーコラム機械的結合を完全に排除
レクサスRZの大幅改良モデルがこの2025年3月12日に世界初公開されたが、その最大のメダマは、トヨタが長年研究してきた“ステアバイワイヤ”が、ついに実用化されることだろう。それは新しいRZの最上級グレードとなる「RZ550e“Fスポーツ”」に搭載される。
クルマにおける“走る・曲がる・止まる”という基本操作は、これまで順次“by wire=バイワイヤ”化されてきた。日本語でワイヤというと機械的に結合した金属ロープ的なものを想像する向きも多いかもしれないが、英語のwireには電線、電気ケーブルという意味もある。ここでいうワイヤも電線のことで、「機械的結合を排除して、電気信号だけでコントロールする技術」という意味で使われる。
走る=スロットルバイワイヤ(TBW)、止まる=ブレーキバイワイヤ(BBW)に続いて、最後にバイワイヤ化されたのが、“曲がる”のステアバイワイヤ(SBW)だった。世界初の量産SBWは現行「日産スカイライン」に搭載されている「ダイレクトアダプティブステアリング」で、その発表は2013年。先ごろ発売された「テスラ・サイバートラック」もSBWを搭載しているとのことで、RZはそれに続く例となる。
ただ、日産のダイレクト~は、SBWといっても、従来の機械的なステアリングシャフトを残した構造となっている。ステアリングシャフトに断続クラッチが備わっており、通常時は切り離されているが、万が一システムダウンしたときには、そのクラッチによって即座に機械的に接続する仕組みだ。
対して、先行開発に十数年、RZへの搭載に向けた商品開発にも約7年の歳月をかけたというレクサスのSBWでは、ステアリングシャフトが完全に取り払われているそうだ。主電源が落ちてしまうような緊急時に備えて、独立バックアップ電源を含めた完全2系統のシステムが用意される。サイバートラックの技術的詳細は不明だが、いずれにしても、完全バイワイヤ化されたSBWはレクサスが世界初か2例目ということになる。ちなみにシステム自体はトヨタが筆頭株主となっているジェイテクトが供給する。
最大の障壁は安全性の確保
ちなみに、TBWは今や軽自動車にまで浸透しているが、BBWについては、初歩的なものは「トヨタ・エスティマ ハイブリッド」や「メルセデス・ベンツSL」で2001年に初めて実用化されたものの、油圧経路を排除した完全バイワイヤのブレーキは未発売。一部報道によれば、フォルクスワーゲン グループが2025年中に、世界初の完全BBW市販化を計画しているというが、レクサスのおかげで、完全バイワイヤ化はステアリングがブレーキに先んじることになりそうだ。
ブレーキやステアリングの完全バイワイヤ化に時間がかかった最大の理由は、安全性の確保がむずかしかったからだ。スロットルの場合、トラブルの際には全閉にするなどにすればひとまず危険はないが、ブレーキやステアリングではそうはいかない。また、レクサス開発陣によれば、安全性の確保以上に「SBWを違和感なく、しかもメリットのあるカタチにすること」に苦労したとか。
メカニカルな従来型ステアリングシステムを操作するドライバーは、ステアリングから手に伝わる多様な情報を、いや応なく感じ取りながら運転している。また、ステアリングを360度以上回さなければならない現在の一般的なステアリングシステムは、ある意味で機械的な都合でそうなっているのだが、世界中のドライバーがその現実にすっかり慣れ親しんでいる。
路面からのフィードバックを人工的に生成
いっぽう、SBWではステアリングに路面からのフィードバックは何も伝わらず、それこそステアリングを1度切っただけでもフルロックまで操舵……みたいな芸当も、物理的には不可能ではない。そうなると、そもそもステアリングが円形である必然性もなくなる。なんとなれば、インターフェイスをテレビゲームの手持ちコントローラーやスマホのようなタッチパネルに変えることもできるわけだ。
レクサスRZのSBWでは、最大操作量を360度を下回る300度(左右150度ずつ)とすることで、ステアリングを持ち替え不要の操縦かん型にして、路面からのフィードバックを人工的につくり出しているという。実際、筆者も1年半ほど前にSBWを備えたRZのプロトタイプをチョイ乗りさせていただいた経験があるが、それは素直に新鮮な体験であった。
ただ、従来の感覚だと、どうしてもステアリングを切りすぎてしまうのはご想像のとおり。なるほどステアリングは軽く、操作量も少ないので肉体的負担は確実に減っているが、慣れるには時間がかかりそうだし、緊急時のパニック的な操作ではどうなってしまうのか……と不安をいだいたのも正直なところである。ただ、そうした違和感をすべて解消しようとすると、従来となんら変わりなくなってしまうから、今回もそのサジ加減が最大の開発テーマになったようだ。もっとも、1年半前の試乗時からも開発はさらに進んでおり、筆者程度が思いつくような問題点には、当然ながら手当てされているはずである。
拡大 |
将来的にはデザインへの影響も
こうしてカーマニア的には賛否両論が起こりそうなSBWだが、クルマ専門ではない一般メディアや経済メディア的な視点でいうと、SBWは自動運転への可能性が広がる技術でもある。操舵輪とステアリングに機械的なつながりがないので、たとえばレーンキープアシストや緊急回避など、自動運転的な技術と組み合わせても、ドライバーが握るステアリングには影響を与えずに済む。また、自動運転時にステアリングを格納できるようになれば、いかにも未来的な光景ともいえる。
また、近い将来、今回のSBWが常識となればクルマのカタチも大きく変わるかもしれない。従来のステアリングシステムでは、フロントタイヤ付近のステアリングギアボックスから運転席の胸元に向かって、固いステアリングシャフトが貫通しており、前面衝突時の加害性が非常に高い。運転席エアバッグがいち早く導入されたのもそのためで、そのステアリングシャフトがあるかぎり、エンジンルームを含めて、クルマの前半部分の設計はどうしても制約されてしまう。
今回のRZにも通常のステアリングシステム搭載車が残されているので、まだクルマ自体のカタチに大きな変化はない。しかし、最初から純SBW車として設計されるようになれば、従来の常識を覆す超ショートノーズスタイルや、これまでにないコックピットデザインなど、クルマのカタチも変わっていくだろう。SBWが秘めた可能性は、TBWやBBWよりずっと広がりがあると思われる。
(文=佐野弘宗/写真=トヨタ自動車/編集=藤沢 勝)
拡大 |

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
-
いま軽自動車を選ぶなら、エンジン車とEVのどちらが得か? リアルな数値でコスパを比較・検証するNEW 2026.11.2 海外ブランドまで参入するなど、近年活況をみせる軽EV。従来型の軽自動車と比べた場合の、コスト面の良しあしは? ホンダの2車種を例にとり、そのコストパフォーマンスを考えよう。
-
「BYDラッコ」がアジアにはばたく!? ニッポンの軽自動車規格が海外勢に奪われる日 2026.10.30 中国のBYDが、軽BEVの「ラッコ」を日本以外でも販売すると発表! 日本独自のスモールカー規格は、はたして海外でも受け入れられるのか? 本家・日本のメーカーが、海外展開に及び腰だった理由とは? BYDが食指を動かす、軽自動車の秘めた可能性を探る。
-
メルセデスのトップからのまさかの転身 BMW日本法人の上野金太郎社長にインタビュー 2026.10.29 メルセデス・ベンツ日本からビー・エム・ダブリューのトップへ。いわば巨人の四番から阪神の四番のような異例の転身を遂げた上野金太郎社長。両ブランドの文化や製品の違い、今後の販売戦略などについて話を聞いた。
-
「ミッションS」だけではない? 2035年に向けたポルシェの新戦略を探る 2026.10.28 ポルシェは2026年10月7日、新中期戦略「Sportwagenschmiede'35」を発表した。新型パワーユニット搭載の「ミッションS」をはじめとするニューモデルで、経営状態の立て直しを目指す。その注目すべき内容を詳しく解説する。
-
ホンダが次世代ハイブリッドの名称を「Honda Hybrid」に決定 命名の理由とその背景を探る 2026.10.26 本田技研工業が2027年からグローバルで用いる次世代ハイブリッドシステムの名称を発表した。その名は「Honda Hybrid」である。「i-MMD」から「e:HEV」へと変更されて6年。慣れ親しんできた名称が変更される理由と、その背景を探る。
-
NEW
ホンダ・スーパーONE(前編)
2026.11.1ミスター・スバル 辰己英治の目利き辰己英治さんが今回試すのは、ヤンチャないでたちの「ホンダ・スーパーONE」。軽規格の電気自動車(EV)「N-ONE e:」をベースに走りを鍛えた、電気で走るスポーツコンパクトだ。見た目にも楽しさがあふれる一台の魅力に、“ミスター・スバル”が迫る。 -
思わずなでたくなってくる 丸いデザインのクルマ特集
2026.11.1日刊!名車列伝最近のクルマのデザインは、シャープなラインが特徴だったり、造形そのものが複雑だったり……。今月は、つるりと丸い、シンプルなエクステリアが印象的な世界の名車を日替わりで紹介します。 -
ベントレー・コンチネンタルGT S(4WD/8AT)【試乗記】
2026.10.31試乗記ベントレーのラグジュアリークーペ「コンチネンタルGT」にハイパフォーマンスバージョンの「S」が登場。すでにトップパフォーマンスモデルの「スピード」が存在するなかで、果たしてSはどんなポジションを担うのだろうか。試乗を通じて検証した。 -
「BYDラッコ」がアジアにはばたく!? ニッポンの軽自動車規格が海外勢に奪われる日
2026.10.30デイリーコラム中国のBYDが、軽BEVの「ラッコ」を日本以外でも販売すると発表! 日本独自のスモールカー規格は、はたして海外でも受け入れられるのか? 本家・日本のメーカーが、海外展開に及び腰だった理由とは? BYDが食指を動かす、軽自動車の秘めた可能性を探る。 -
メルセデスのトップからのまさかの転身 BMW日本法人の上野金太郎社長にインタビュー
2026.10.29デイリーコラムメルセデス・ベンツ日本からビー・エム・ダブリューのトップへ。いわば巨人の四番から阪神の四番のような異例の転身を遂げた上野金太郎社長。両ブランドの文化や製品の違い、今後の販売戦略などについて話を聞いた。 -
ボルボEX90ウルトラ ツインモーター パフォーマンス(後編)
2026.10.29あの多田哲哉の自動車放談ボルボの新世代EV「EX90」に、トヨタでさまざまなクルマを開発してきた多田哲哉さんが試乗。ちょっと気になったところと、クルマとしての魅力を感じたポイントについて熱く語る。





