BEV化比率引き下げの本音は? ホンダの三部敏宏社長らに聞いた
2025.05.28 デイリーコラムBEV関連投資を3兆円引き下げる
去る2025年5月20日、ホンダは「2025ビジネスアップデート」を開催しました。これは決算や総会を前に、直近までの市況を踏まえ、技術進捗(しんちょく)なども織り込みつつ、短中期的な経営計画をアナウンスする定例的な会見です。開催場所は建て替えに伴う閉館が決まっている青山本社ビル。さまざまな情報を発信してきたこちらでの最後のプレゼンテーションとなりました。
そこでのネタは、主に四輪部門の市場環境変化に伴う事業ポートフォリオの見直しにありました。具体的には2030年度までに予定していた電気自動車(BEV)関連投資の支出を10兆円から7兆円に引き下げ、同じく2030年度のBEV販売台数も全数の30%から10ポイント下げて20%程度、現状台数ベースでいえば70万~75万台のラインになるというものです。
コロナ禍の2021年にドカンと掲げられたBEVシフトの計画目標からは、実質初めての後退ということになりますから、多くのメディアの取り上げようはやはり退潮感を強調するものでした。人の不幸は蜜の味ということでしょうか。でもクルマ屋側からみれば、内訳は不幸どころかがぜん幸福なんですけどね。
まずBEV関連投資の3兆円引き下げは、カナダで予定している生産工場計画の先送りが約半分を占めており、これについてはトランプ政権の政策の影響がモロなわけです。
北米の自動車産業は1990年代以降、アメリカ・カナダ・メキシコの3カ国で結ばれた自由貿易協定「USMCA(旧NAFTA)」を前提にサプライチェーンを構築しており、日本のメーカーもこれにならって事業計画を立てていたわけですが、この大前提がガラリと変わってしまったのはご存じのとおり。先送りの期間は当面2年ほどを予定しており、カナダの政府や自治体とは既に合意に至っているとのことです。まあこれは不可抗力ですから、お互いトホホという感じでしょう。
「まったく想定していなかったわけではないにせよ、カナダやメキシコとのトレードで関税が発生するというのは盲点でしたし、今回の事業計画変更にまつわる反省点かなと思います。ただ、USMCAも第1次トランプ政権時に策定されたものですし、まさかそこに……という驚きはありましたね」
と、思いを漏らしたのはホンダの三部敏宏社長です。ビジネスアップデートの後で行われたラウンドテーブル(グループインタビュー)では、トランプ関税にまつわる環境変化の影響が、質問や回答の端々に表れていました。
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ハイブリッド車拡販の呼び水は最新のADAS
BEVの計画が後退した理由は北米に加えて世界的な需要減速ということになりますが、そのぶん台数計画や開発投資がかさ増しされたのがハイブリッド車(HEV)です。これは英国やEUに代表される内燃機車両の規制軟化の動きも踏まえたもので(そういえば、このラウンドテーブルの直後にカリフォルニア州のACC2規制無効を米上院が決議という報も流れました)、2030年には現在の2倍以上、年間220万台のHEVを販売する計画といいます。
日本ではすっかりおなじみの「e:HEV」ですが、その数量や世界的な販路拡大のための仕掛けとして今回発表されたのが、次世代先進運転支援システム(ADAS)の搭載です。具体的には「NOA(Navigate on Autopilot)」と呼ばれる技術を想定しており、レベル2++的なセグメント、つまり運転者に明確な責任がある状態ながら、設定した目的地までの行程の過半を運転支援してくれるというもの。テスラの「FSD」やBYDの「天神之眼」のようなものといえば分かりやすいかもしれませんが、日本のメーカーで市販車への実装は初めてであり、BEVだけでなくHEVへの搭載を発表したところに大きな意味があります。
巷間(こうかん)、日本メーカーがこういう領域で遅れているといわれる理由のひとつは安全性の担保にあります。テスラがFSDに関して米国運輸省道路交通安全局(NHTSA)から調査を受けているのはご存じのとおり。去る3月にはNOA動作中に起きた「Xiaomi(シャオミ)SU7」による死亡事故が中国で大きなバッシングを招きました。こういう疑わしきことが絶対にあってはならないという前提のもとに日本のメーカーはクルマを開発しています。当然ホンダもしかりです。
「もちろんうちにとっての大前提は安全・安心です。使っていただくからには普通に乗っているよりも安全なくらいというところを目指さないとならない。今回、そこを妥協なくやり切れるというめどが立ってきた。それが今回の発表の経緯になります」と、おっしゃる井上勝史四輪事業本部長に重ねて三部さんいわく。
「例えばOEMとは別のテック企業がつくったADASを載せて『できました』というやり方もあるにはある。中国なんかではそうせざるを得ない一面もありますし、そういう企業がけん引してNOAは標準に近いアイテムになり始めた感があります。でも、安全・安心を絶対第一で考えていくと、ハードもソフトもなるべく手の内化するというやり方になってはいくんですよね」
エンジンの開発継続もOKでした
目的地を設定したらクルマが連れて行ってくれるという未来をHEVで現実化する、その始まりは2027年の予定です。そこから4年間で13のモデルをグローバルで投入するといいます。でもお高いんでしょ? とショッピング番組のようにツッコミたくもなりますが、2027年からの新モデルは、例えば2018年の「アコード」に比べるとHEV化のコストを5割以上削減しているとのこと。むしろ小型車にも展開できるくらいの価格競争力を備えていることがポイントだと三部さんは仰せになります。
「もちろん『Honda 0』シリーズのように高度なSoCを使ったリッチな仕組みにはできません。はっきりとは言えませんがイメージ的には10分の1くらいの演算能力になるのかな。それでも水冷化するなどの新たな工夫は求められますし、電力も使うから従来の内燃機関車では回せない。そういう課題が克服できてきたことがHEVへの搭載につながっていますね。一方で、走りを楽しみたいというニーズには2024年に発表した「Honda S+ Shift」のような技術もある。新しいADASは井上が名前を考えるでしょうが、e:HEVという呼び名も含めて、今回はわれわれのHEV技術をどう訴求していくかを再検討する機会にもなるかもしれません」
ちなみにラウンドテーブルではHRCのブランドやテクノロジーを活用した新しいスポーツモデルの企画検討開始も表明するなど、ここ数年では最も生き生きと質問に応じてくれた三部さんでしたが、この4年間、BEV化の旗振り役に徹する一方で、内燃機については見て見ぬふりをすることで、有志たちによってとどまることなくコソコソと進歩を続けてこられたのではないかという疑念も抱いてしまいます。
思い切って尋ねてみたところ……。
「そんなことはないです。HEVに関しては内燃機も開発継続OKと話してましたから」と、苦笑されてしまいました。ともあれ利益率の高さも背景に、さまざまな仕掛けが加えられた、まさに移動の喜びを最大化するHEVが、当面ホンダの屋台骨を支える大黒柱となることは間違いなさそうです。
(文=渡辺敏史/写真=本田技研工業/編集=藤沢 勝)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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