第831回:フォルクスワーゲンの“トップガン”が語る「ゴルフR」のこだわりと独創性
2025.06.03 エディターから一言依然として根強い人気のスポーツハッチバック
「ドイツ本国では、どのような人が『フォルクスワーゲン・ゴルフR』を買い、また『ゴルフGTI』を求めるのでしょう? オーナー像に違いはありますか?」という漠然とした質問を投げると、フォルクスワーゲン(VW)の開発エンジニア、ヨーナス・ティーレバインさんが「それはマーケティング担当者が答えるべき質問ですね……」と笑いながら考えているうちに、同社のテストドライバーを務め、レーシングドライバーでもあるベニー・ロイヒターさんが教えてくれた。
ロイヒター:GTIオーナーは、「look at me!」の人たちが多い。いっぽう、Rシリーズを購入するのは、アンダーステートメント(控えめ)な方々です。
webCG:それはちょっと意外ですね!
ティーレバイン:Rはパワーがあり、性能も高い。しかし、そのことをひけらかす必要はないのです。Rシリーズは、いわばテーラーメイドのスーツをまとったスポーツモデルです。
2025年5月15日、同年初頭にマイナーチェンジを受けたフォルクスワーゲン・ゴルフRおよび「ゴルフRヴァリアント」のプレス向け試乗会が、千葉県は「ポルシェ・エクスペリエンスセンター東京」で行われた。その週末に「Thrilling R」と銘打ったカスタマー向けイベントが開催されるのに合わせて、ドイツから来日したティーレバイン、ロイヒターの両氏。プレスデーにお話をうかがうことができた。
ミニバン、そしてSUVの波に流され、いまではすっかり影が薄くなってしまったハッチバックモデル。日本では「ホットハッチ」という言葉もあまり聞かれなくなって久しいが、しかし世界的にはスポーツハッチの人気は保たれている。ゴルフのホッテストバージョン、Rモデルの販売台数を見ると、2020年の1万4305台から、2021年は1万7947台、2022年は2万0400台、2023年は3万2543台となっており、2024年はやや台数を下げて約3万台になったとはいえ、上昇基調を維持している。
フォルクスワーゲンは社内に「Rビジネスユニット」を設け、スペシャルなゴルフのプッシュを強めている。マーケティング戦略として、ヨーロッパ各国はもちろん、カナダ、ドバイ、台湾など、文字どおりワールドワイドに「Rトラックデー」を実施。わが国での「Thrilling R」もその一環なのだ。
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コンセプトは「究極のパフォーマンスと実用性」
webCG:ゴルフのRシリーズは、2002年登場の「R32」から始まって(Rとしては)5世代目になります。8代目ゴルフベースのRを開発するにあたって、ベンチマークにしたモデルはありますか?
ロイヒター:7代目ベースのRですね。もちろん、よい点は踏襲するのですが、(トータルで)乗り越えるのは大変でした。
webCG:アウディ、メルセデス、BMWといった各社にも、アツいモデルは存在しますが……?
ロイヒター:AMGやMの、ですね。特にどのモデルをターゲットにしたということはありません。
webCG:おふたりをはじめ、開発に携わった方々は当然、比較試乗をされていると思います。そのうえで、ゴルフRの特徴はなんだとお考えですか?
ロイヒター:(比較他車は)いずれも大変アグレッシブで、サスペンションは硬い。エンジンはうるさい。
ティーレバイン:その点、ゴルフRは静かで、快適です。長距離を走るなら、ゴルフR一択でしょう!
新しいゴルフR、ゴルフRヴァリアントのコンセプトは、「究極のパフォーマンスと実用性」。ハイレベルの動力性能を、我慢を強いられることなく享受できるのが、スーパーゴルフのだいご味である。おふたりの回答がいかにも模範的な気もするが、新しいゴルフRに付与された機能を考えると、これまで以上にテストに忙殺されたことは想像に難くない。
念のため確認しておくと、ゴルフのRモデルは、欧州ホットハッチの嚆矢(こうし)となったGTIより、さらにアツいポジションを狙ったトップ・オブ・ゴルフ。2002年に登場した初代RたるR32は、3.2リッターの狭角V6エンジン(241PS、320N・m)を載せていたが、最新Rは、2リッター直4ターボ(333PS、420N・m)を搭載する。トランスミッションは「DCT」ことデュアルクラッチ式7段AT。増大したアウトプットを無理なく、無駄なく路面に伝えるため、電制多板クラッチを用いた4輪駆動方式を採る。
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高い運動性能を支えるシャシーのハイテク技術
8代目ゴルフRの目玉は、後輪左右のトルク配分を状況に応じて自動で行う「Rパフォーマンストルクベクタリング」の導入だ。コーナリング時にトラクションを失いがちなリア内輪からリア外輪に駆動力を移すことで、旋回性能をアップする。いわば積極的な差動制限装置である。設定次第で、FF(前輪駆動)っぽい動きから、いかにもFR(後輪駆動)的な挙動を引き出すこともできる(本国ドイツでは「ドリフトモード」も用意される)。動的性能におけるパラメーターが飛躍的に増えたため、エンジニア、テストドライバーに限らず、開発陣は大忙しだったに違いない。
来日したロイヒターさんは、クルマ開発の聖地たるニュルブルクリンクを延べ3000ラップ以上も周回したことがある猛者。「クラッシュしたことは一度もありません」というのが自慢だ。もちろんトルクベクタリング機能のおかげだけではないが、コーナリング速度を引き上げる同システムを搭載したゴルフRは、それまでより12秒もラップタイムを縮めたという。
webCG:タイムアタックをする際、ドライビングプロファイル(ドライブモード)はやはり「レース」ですか?
ロイヒター:実際には専用モードが用意されます。とはいえ、市販車に設定される「レース」と大きく異なるものではありません。
ゴルフRのプロファイルには、「エコ」「コンフォート」「スポーツ」「レース」、そして「カスタム」と5種類のモードが用意される。エンジン、ギア、4WD、サスペンション、ステアリングのパワーアシスト、エアコン、さらには車内・車外のエンジン音(!)に至るまで、多岐にわたる項目が「VDC(ビークルダイナミクスマネージャー)」によって統合制御される。
たとえば試乗に使われたゴルフRアドバンスの場合、「カスタム」を選ぶと「DCC」(可変ダンピングシステム)の調整幅がデフォルトで用意されるモードよりさらに広がる。見かけ上はサスペンションの硬軟を変えているだけだが、その場合でも、走りに関わる他の項目に影響が及ぶ。個々の機能をユーザーが操作することによって全体の走りが破綻するのを、前もって防いでいるわけだ。
webCG:セレクトしたモードによって、クルマの性格がずいぶん変わる気がします。VWスタッフの方は、「1台で3台を所有しているような」と説明されていました。開発にあたって、ハンドリング面ではどのような方針があったのでしょう?
ティーレバイン:基本的にはニュートラルステアのハンドリングを目指しています。(いろいろなキャラクターはありますが)プロファイルに関して、個人的には「スポーツ」を選びます。十分な安全マージンがとられていて、それでいて走りが楽しい!
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電動化はエンジニアの夢にあらず?
webCG:ニュルブルクリンクといえば、「ルノー・メガーヌ ルノースポール」「ホンダ・シビック タイプR」がGTIとタイムを競い合っていましたね。Rモデルの直接のライバルではないかもしれませんが、リアステアの機能を持つメガーヌはドライブしましたか?
ロイヒター:“ゆるゆる”な印象を受けました。
webCG:ゆるゆる!?
ロイヒター:(挙動の範囲が広いいっぽう)スイートスポットが狭いのです。(そこから外れないよう)細心の注意と集中力が必要なので、長時間乗っていると疲れ切ってしまいます。ゴルフRなら、5時間テストしていても大丈夫なのですが!
webCG:シビックはどうですか?
ロイヒター:メガーヌよりハードサイドですね。よりスポーティーなクルマです。
ルノーやホンダをドライブした感想から、逆にゴルフRに関わる開発陣のブレない姿勢が垣間見える。
webCG:ティーレバインさん、VWは電気自動車(EV)の開発にも熱心ですが、エンジニアとして関心はありますか?
ティーレバイン:そうですね、内燃機関のモデルと比較してEVは車重が重い。開発にあたっては、違った難しさがあります。
webCG:現行ゴルフRの注目デバイスのひとつ、「Rパフォーマンストルクベクタリング」にみられるように、VWはクルマの挙動を能動的、積極的に制御しようとしています。その点、EVは複雑な機械的な機構を必要とせず、たとえばインホイールモーターを採用すれば、より容易に各輪をコントロールできます。エンジニアとしては、夢のようなハナシではありませんか?
ティーレバイン:たしかに新しい試みではあると思います。
EVの話題は、いまひとつ盛り上がらないのだった。
(文=青木禎之/写真=webCG/編集=堀田剛資)
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青木 禎之
15年ほど勤めた出版社でリストラに遭い、2010年から強制的にフリーランスに。自ら企画し編集もこなすフォトグラファーとして、女性誌『GOLD』、モノ雑誌『Best Gear』、カメラ誌『デジキャパ!』などに寄稿していましたが、いずれも休刊。諸行無常の響きあり。主に「女性とクルマ」をテーマにした写真を手がけています。『webCG』ではライターとして、山野哲也さんの記事の取りまとめをさせていただいております。感謝。
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