目立ちはしないが“運転の要”、ペダルの開発はどうなっている?
2025.06.03 あの多田哲哉のクルマQ&Aペダル類はあまり目につかないものの、運転・操縦という点では極めて重要なものと思います。その開発は、どのように行われているのでしょうか? 車種間での共通化やチューニングの実情についても知りたいです。
まずペダルの過去を振り返ってみると、昔は、ホイールハウスの膨らみとか、ブレーキのブースター関係の張り出し、FR車であればトランスミッションの出っ張りなど、コックピットまわりにはさまざま邪魔な要素があって、ドライバーと正対できる場所にペダルを配置するのも困難という状況でした。
クルマに乗ってみると、体を不自然にズラしたところにペダルがある、なんてこともしばしばで、3つのペダルがドライバーの正面にあるようなレイアウトを真剣に目指していた、なんて時代もありました。それもさほど昔の話ではなく……しっかり正対するようになったのは、たかだか10年、15年ほど前ではないでしょうか。
そもそも、3つのペダルはどうあるのが理想的なのか。「トヨタ86」は、その点にかなりこだわったモデルでした。開発初期からペダルレイアウトはかなり気にしていて、「ヒール・アンド・トゥ(略してトーヒル)がいかにやりやすいか」がスポーツカーの生命線だと考え、アクセルペダルとブレーキペダルの関係はどうあればいいのか、実際に試乗しながら徹底的に検討しました。
で、最高に理想的なレイアウトが定まり、これでいこう! というところで、アメリカ市場において、ペダルレイアウトに起因する“トヨタ車暴走事件”が発生してしまいました。
この事故の原因は、ペダルの踏み間違いやフロアマットのペダルへの巻き込みなど、さまざまでした。社内では当然、大騒動となり、対策として「アクセルペダルとブレーキペダルの距離を広げる」ことになりました。「〇〇mm以上間隔を空けなければならない」という具体的な規則もできたのです。
そこで真っ先に引っかかったのが86でした。「こんなものは売ってはいかん!」と。しかし、規則どおりにつくった試作車ではトーヒルなんて絶対にできないので困り果ててしまい、「86だけはなんとか例外にしてください、スポーツカーなんですよ」とさまざまな役員に直訴しましたが却下され、そのまま発売となりました。いま思えば、それも当然の判断だったとは思います。
……とまぁ、すっかり前置きが長くなりましたが、ペダルについては、いまでもものすごく厳密に位置関係が決められています。
まず、ドライバーと正対するというのが大原則。いまでは、冒頭に述べた“コックピットまわりへの出っ張り”はあまりなくなったものの、それでも、ちゃんと正対するようにつくり込むのにかなりの時間を要します。で、それが決まったあと、踏み間違いが起こりにくいように、ペダル間に一定の間隔をとるようにします。
特に大事なのは、安全に直結するブレーキペダルです。その位置を最優先に決めたうえで、ブレーキペダルとアクセルペダルとの間隔や段差を定めていくのです。運転者の足の大きさやフロアマットの仕様も市場でずいぶん違うのですが、つり下げ式ペダルは総じてフロアマットが絡む危険性が高いので、今どきの傾向としては、床下から生えているオルガン式のほうが主流になっています。
ちなみにトヨタ車は、やはり安全性が最優先されていて、基本的なペダルの間隔や段差には統一の基準がありました。車種ごとでは“微チューニング”の範囲ですね。
なおトヨタでは、「ペダルに代わるクルマの操作系」の研究開発は熱心にやっていました。ペダル類ももはや、物理的に動かしているものではなく、電気信号で操作するもの(バイワイヤ)ですから、必ずしも足を使う必要はない。特にブレーキ操作は「繊細なタッチが求められる」なんていわれることもある。それなら足よりも手で操作するほうが理にかなっているかもしれません。現に、オートバイはどれも手を使ってブレーキをかけているし、アクセルだって手で操作するのですから。
そういう研究は、トヨタに限らずどの会社もやっているはずです。近々、ペダルがまったくなくなる、なんて時代がくるかもしれません。踏み間違い防止を突き詰めていくなら、「フットペダルはブレーキだけにして、アクセルは手で操作する」──そんな流れが生まれる可能性も十分あるのです。
→連載記事リスト「あの多田哲哉のクルマQ&A」

多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。