第834回:日本市場に向き合うボッシュの戦略(前編) ―激セマ駐車場にも自動運転でスイスイ!―
2025.07.01 エディターから一言日本での事業を加速させる世界最大のサプライヤー
2025年6月、ロバート・ボッシュ(以下、ボッシュ)は神奈川県横浜市の本社で年次記者会見を開き、2024年度の業績や技術に関する発表を行った。
ボッシュといえば、独ゲルリンゲンに本社を置くグローバルな機械メーカー/テクノロジー企業で、自動車サプライヤーとしては世界最大の規模である。会見での説明によると、前年度のグローバルでの売上高は903億ユーロ、前年比1.4%減であったのに対し、日本では第三者連結売上高が約4280億円と前年比1%の微増となった。2024年度は日本国内の自動車生産台数が8.5%減少したにもかかわらず、ボッシュは過去最高の売り上げを、2022年から連続で更新した格好となる。
会見では、独自開発の自動運転機能や、横浜国立大学との連携プロジェクト、地域貢献活動など、日本ならではの取り組みに関する発表に多くの時間が割かれた。その発表内容から、ボッシュの戦略を考察してみたい。
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横浜の新社屋がグローバルに与えたインパクト
横浜は日米修好通商条約で五大港のひとつとして世界に開かれたことで発展を遂げた国際都市だ。居留地に住む外国人によって馬車が持ち込まれるなど、古くからモビリティーに縁がある土地でもあった。現在は日産自動車やいすゞ自動車が本社を構えるほか、サプライヤー、大学、研究機関もそろっており、横浜市の産業政策でも自動車産業が重視されている。
ボッシュにとって、横浜は日本での創業の地であり、その歴史は1911年にさかのぼる。近年では東京・渋谷に日本法人の本社を構えていたが、2024年5月に横浜に戻り、新たな本社兼研究開発施設を立ち上げた。また、敷地内にはグループ初の公民連携プロジェクトとして「都筑区民文化センター(ボッシュホール)」を併設し、全天候型広場を含めた一帯を「Bosch Forum Tsuzuki(ボッシュ・フォーラム・つづき)」と命名して一般にも開かれた拠点として運用している。
地域住民の期待は大きく、本社1階のカフェ「café 1886 at Bosch」のオープン初日には、朝から100人以上が行列をなし、2025年5月末までの約9カ月間でPOSの取引件数が5万件を上回った……要は、5万回以上このカフェが利用されたということだ。年末には横浜市都筑区と締結した「地域活性化に関する包括連携協定」に基づき、地元の団体と協力してクリスマスイベントも開催している。
日本法人のクリスチャン・メッカー代表取締役社長は、新社屋の建設を中心とする一連の施策を、「日本市場へのコミットメントを示す、大きなマイルストーン」と総括。「ボッシュのグローバルにとっても非常に重要な意味をもたらした」ことから、本国のアニュアルリポートでも、日本のストーリーが特集されたという。
日本独自のモビリティーの課題にも挑戦する
公共施設のネーミングライツなど、官民連携の事例は珍しくないが、それらの活動を一時的なPRにとどめることなく、企業価値の向上につなげるには、本業との連動が重要だ。このことに対するボッシュの答えのひとつが、機械式駐車場に対応する運転支援システム「パレットガレージアシストシステム」の開発ではないだろうか。というのも、これは日本固有のモビリティー課題を解決する技術なのだ。
機械式駐車場の一種であるパレット式駐車場は、車両を載せたパレットが上下もしくは上下左右に動くことで、狭いスペースでも複数の車両を止めることができる。都市部のマンションなどで多く見かける設備だが、基本的にパレットはクルマの寸法ギリギリのサイズで設計されているため、乗降や荷物の出し入れに苦労したり、入・出庫時に支柱等に接触してしまったりと、苦い経験を持つ人は少なくないだろう。ただ、機械式駐車場が普及しているのは日本とごく一部の国だけ。ボッシュ本国のドイツを含め、欧米ではほぼ需要がなく、グローバルで見れば大きな課題とは言いがたい。そんなドメスティックなテーマにも挑戦するのが、いまのボッシュだ。
年次記者会見のあと、地下にあるパレット式駐車場でパレットガレージアシストシステムのデモンストレーションが公開された。使用するのは、ボッシュ製のセンサーセットとして近距離カメラ4個と超音波センサー12個を搭載した車両。今はセーフティーバックアップのため多くのセンサーを積んでいるが、近距離カメラについては1個でもよいという。
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左右3cmずつの余白しかないパレットに自動駐車
目的とするパレットの前で車両を停止し、駐車の指示を出すと、近距離カメラのCNN(Convolutional Neural Network)モデルによって、パレットが検出される。識別のポイントはパレットの4隅。周囲には白線で区切った平面の駐車スペースもあるが、システムが惑わされることはない。複数のパレットのなかから対象のものを指定すると、最短ルートで収まるように自動運転を開始。デモ車両の車幅は186cmで、パレットの横幅は192cm。左右それぞれ3cmしか余白がないシビアな環境だが、最低限の切り返しを経て無事パレットに収まった。もちろんその状態から自動運転で出庫することもできる。
実際の使用シーンとしては、自宅駐車場を想定しているという。スマートフォンやタブレットによる遠隔操作も可能なので、人間はパレット内に立ち入る必要がなく、乗降や荷物の積み下ろしもすべてパレットの外で行える。支柱などにドアをぶつける心配もないし、鍵などの落下トラブルも防止できる。日常的に使うなかで、十分にその価値を実感できそうだ。
日本のエンジニアチームの間では、以前から機械式駐車場への対応がテーマとして上がっており、新社屋の地下駐車場に機械式が導入されるのを機に、開発を本格化。テストを重ねてきたという。ポイントはCNNモデルを使ったパレットの検出だ。機械式駐車場は古くから多数のメーカーが手がけてきたため、形状も大きさもさまざまなタイプが存在するうえ、パレットとカメラの位置関係次第で、見え方が変わってくる。開発に際しては、それら多様なパターンを学習させることで検出精度向上を図った。現在は複数のメーカーと、実用化に向けた協議を進めているという。
取締役副社長の西村直史氏は「欧州では機械式駐車場ではなく縦列駐車が主流で、それぞれの地域にあった製品開発が求められている。『パレットガレージアシストシステム』ではミリ単位の制御をしているので、その技術をグローバルに展開していきたい」と抱負を述べた。
(後編へ続く)
(文=林 愛子/写真=ボッシュ/編集=堀田剛資)
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林 愛子
技術ジャーナリスト 東京理科大学理学部卒、事業構想大学院大学修了(事業構想修士)。先進サイエンス領域を中心に取材・原稿執筆を行っており、2006年の日経BP社『ECO JAPAN』の立ち上げ以降、環境問題やエコカーの分野にも活躍の幅を広げている。株式会社サイエンスデザイン代表。
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