F1で絶体絶命!? アストンマーティン・ホンダになにが起きているのか?
2026.03.03 デイリーコラム入念な準備を欠いた代償──2026年プレシーズンテストの惨状
マシンとパワーユニットの双方が大刷新される2026年のF1世界選手権。シーズンの開幕を前に、例年以上に重視された3回のプレシーズンテストにおいて、最も厳しい結果を突きつけられたのがアストンマーティン・ホンダだった。
多くのライバルチームが、シェイクダウンやプロモーション撮影のフィルミングデーで新型車の初期確認を済ませたうえで、スペイン・バルセロナでの第1回合同テストに臨んだのだが、アストンマーティンはそうした事前走行を行わない(行えない)まま遅れてテストに合流。結果はトラブルの連続で、走行は断続的だった。続くバーレーンでの2回のテストでも状況は好転せず、コース上で停止してはガレージでの作業に追われるなど、マイレージをまったく伸ばせなかった。
3回のテストを通じた総走行距離は、全11チーム中最少となる約2100kmにとどまった。2016年のハース以来となる新興チームとなったキャデラックでさえ、トラブルを抱えつつ約4000kmを走破していたことを思えば、その差は歴然だった。
当然ながらタイムも振るわず、トップチームからは約4秒遅れの最下位。テスト最終日に至っては、わずか6周で走行を終えている。前日に発生した、ホンダ製パワーユニットのバッテリー関連の異常が原因であるとホンダ側が公式に発表すると、世界中のF1ファンがある既視感を覚えたはずだ。
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再来した悪夢?──“マクラーレン・ホンダ時代”との重なり
2015年から3年間続いた、マクラーレン・ホンダのいわゆる「黒歴史」。信頼性も性能も不足していた当時のパワーユニットを、フェルナンド・アロンソが「GP2エンジンだ」と酷評した場面は、今も(悪い意味での)語り草となっている。そのアロンソが、今度はアストンマーティンのドライバーとして、ふたたびホンダ製パワーユニットの信頼性問題に直面した。この皮肉な構図に、当時を思い出したファンも多いだろう。
2026年2月27日、ホンダのF1活動を担うホンダ・レーシング(HRC)は緊急会見を開き、ベンチテストでは確認できなかった、走行中のマシンで発生する異常振動によりバッテリーがうまく機能しない不具合が生じたことを認めた。
こうなると「またホンダがやらかしたか」と言いたくもなるが、問題を単純化するのは早計だろう。今回問われているのは、ホンダ単体ではなく「アストンマーティン・ホンダ」というプロジェクト全体の完成度である。
今季、パワーユニットを供給する5メーカーのうち、自前のワークスチームを持たないのはホンダだけ。シャシーとパワーユニットの両レギュレーションが同時に大きく変わる2026年シーズンでは、車体と動力源のインテグレーションがこれまで以上に重要となる。それを踏まえると、ホンダのこの特殊な立ち位置、そしてアストンマーティン側の内部事情を考慮しなければ、問題の本質は見えてこない。
臆測や断片的な報道はいったん脇に置き、本稿では「アストンマーティン・ホンダが成功するためになにが必要か」を軸に、ひとつの成功例から学ぶべき点を探っていく。
その手本となるのが、2026年シーズンのチャンピオン候補筆頭と目される、あのチームだ。
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新興勢力の完成形──メルセデスF1が築いた成功モデル
アストンマーティン・ホンダが手本とすべきは、メルセデスではないだろうか。
チームとしてのメルセデスのF1本格活動は、1950年代の一時期を除けば、2010年に始まった。ごく最近に興ったチームにもかかわらず、短期間のうちにチャンピオンチームにまで上り詰めた絶好の成功例。イギリス・ブラックリーを拠点とする現体制は、すでに合計15個ものタイトルを獲得しているのだ。
なお、メルセデスの前身は2009年にわずか1年だけ存在したブラウンGPであり、ジェンソン・バトンとともに奇跡的なダブルタイトルを達成している。さらにその前身は、第3期ホンダのワークスチームだったのだから、まさに歴史のあやである。
当初、チームを率いたのは、ホンダ時代を継承したロス・ブラウンだったが、時はF1がハイブリッド化に突入する目前。水面化では、新時代を見据えて組織改編が行われていた。
2013年に現代表トト・ウォルフが加入、ほぼ同時期にニキ・ラウダがアドバイザーに就任すると、主導権は新体制へ移行。居場所をなくしたブラウンはチームを去り、以降メルセデスは、ウォルフのリーダーシップのもと、ルイス・ハミルトンらタレントを擁して黄金時代を築く。
またチームとしての組織づくりのいっぽうで、パワーユニットの重要性を早期から認識し、ハイブリッド時代を見据えた投資を行ってきた。シルバーアローの成功の大きな要因はそこにあった。
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体制の安定こそがすべて──アストンマーティンの不安定さ
中長期的な計画を遂行し、明確なリーダーシップのもとで体制を固める。メルセデスをベンチマークとしたとき、アストンマーティンはまだその段階に達していないと見るべきだ。
破産したフォース・インディアを救済し、2021年にアストンマーティンをF1に復活させたのは大富豪ローレンス・ストロール。彼の資金力によりファクトリーは急拡張し、トップチーム化を狙って多くの有力スタッフが集められた。
その象徴が、エイドリアン・ニューウェイである。彼が手がけたマシンは、ウィリアムズ、マクラーレン、レッドブルで合計25ものタイトルを獲得。文字どおりの優勝請負人としてアストンマーティンに招かれた天才デザイナーである。
前に籍を置いていたレッドブルとの契約上の都合で、2025年3月にようやくマネージング・テクニカル・パートナーとして正式合流することができたニューウェイだったが、彼はすでに進行していた2026年型マシンの開発を、根底から見直すことから始めた。ただでさえ遅い合流だったが、これでさらに開発スケジュールは後ろ倒しとなり、テストでの惨状につながった可能性は否定できない。
さらに、アストンとしては初の自社製ギアボックスの開発、ホンダパワーユニットとの統合、燃料のアラムコや潤滑油のバルボリンとの協業など、新要素が一気に重なった。短期間で処理するには、あまりにも負荷が大きかった。
加えて、2025年終盤にはニューウェイがチーム代表を兼任し、前代表のアンディ・コーウェルはチーフ・ストラテジー・オフィサーに配置転換。同時期に複数の有能なエンジニアがチームを去っている事実も見逃せない。
ニューウェイのマシン開発の才能は誰もが認めるものの、チーム代表として組織を統率した経験はない。彼がどんなタイムスパンで物事を考え、成功を実現しようとしているのか。チームの誰にどんな役割を持たせ、どう責任を取るのか。この難局を乗り切るためのリーダーの手腕が求められているのは言うまでもない。
エンジン/パワーユニット開発の歴史と蓄積
話をメルセデスに戻すと、その成功の裏には、強力かつ精緻なパワーユニットの存在がある。その強心臓を手がけるのは、英国ブリックスワースを拠点とするメルセデスAMGハイパフォーマンスパワートレインズ(HPP)だ。
その源流は1980年代にイルモアの名で始まり、メルセデスの資本が入ると、1994年から30年以上にわたりF1で活動を継続。2000年代になると当時のダイムラー・クライスラー社の完全子会社となり、グループ内の、そしてF1におけるエンジンビルダーとしてのポジションを確たるものとする。
現在は1000人以上のスタッフを擁し、今はアストンマーティンにいるコーウェルもそのひとりだった。また開発から製造、運用までを一貫して担うHPPは、ワークスチームに加え複数のカスタマーチームへパワーユニットを供給しており、今季は前年王者マクラーレンを筆頭に、ウィリアムズ、アルピーヌと、5メーカー中最多の4チーム8台体制で戦う。1チーム体制のホンダの4倍のデータが取得・分析できるのに加え、顧客からの収益性という両面で好循環を生んでいる。
30年以上の歴史に裏打ちされたノウハウの蓄積、豊富で有能な人材。先にも触れたハイブリッド時代を見据えた先行開発への意識などは、こうした組織としての経験の厚みからくるものなのかもしれない。
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ホンダは“悪癖”によるツケを毎回払っている
いっぽうのHRC、すなわちホンダが不利な点は、F1への参戦と撤退を繰り返してきた“悪癖”に見ることができる。
2015年にスタートした第4期F1活動は、2020年10月の「2021年でF1参戦を終了する」との発表によって撤退が決まった。それが2023年5月になると、「2026年からアストンマーティンをパートナーにF1に復帰する」と180°方針転換。2022年には一部の主要メンバーを除き開発部隊は解散しており、復帰決定までの1年数カ月の間は、実質的な開発における空白期間となった。
この間にあっても、ライバルは先行して新時代のパワーユニットの開発を推進し、さらにレギュレーション策定初期における、国際自動車連盟(FIA)らルールメーカーとの折衝にも関与してきた。これはホンダにとってのハンディキャップと言われても仕方がない事実だろう。
2015年のマクラーレンとの復帰でも多大な苦労をしたが、ホンダはF1に出たり入ったりすることで、毎回そのツケを払っているようなものなのだ。
F1参戦の継続性は、優秀な人材を確保し、ノウハウを蓄積し、さらなる技術の革新に向かおうとする組織をつくるための前提である。いつ撤退するかもしれない場所に、有能な人間はやってこない。F1界にとっては当たり前のこの不文律も、日本の一企業であるホンダには相いれないものなのだろうか。
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鍵は“覚悟”と“対話”──アストンマーティン・ホンダの行方
いや、ホンダとてF1を続けるための努力をしてきている。そのひとつが、2022年にF1を含むモータースポーツ活動の運営主体を子会社のHRCに集約し、なにかと身動きが取りづらい大企業となった本社と切り離したこと。いわば継続できる下地をつくったのだ。
ホンダがパワーユニットサプライヤーに徹する以上、メルセデスのような統合組織は持てない。だからこそ、アストンマーティンとの間に、忖度(そんたく)のない緊密なコミュニケーションを築けるかが成否を分ける。
ニューウェイにはっきり物申すだけの覚悟と、お互いを理解し認め合うなかで切磋琢磨(せっさたくま)する対話。いずれも日本的組織のなかでは醸成されにくい文化なのかもしれないが、それこそがF1という戦場で行われていることなのだ。
高い壁があるからこそ、人は鍛えられる。時間はかかるだろうが、このプロジェクトが本物であるなら、その壁を越える日は必ずくる。1964年から続くホンダのF1活動の歴史が証明してきたことである。2026年は、その覚悟が本物かどうかを問われるシーズンになる。
(文=柄谷悠人)
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柄谷 悠人
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