第952回:わが心の「マシンX」? 本物の警察車両を買ってしまったおじさん
2026.03.12 マッキナ あらモーダ!あの「トポリーノ」がパトロールカーに
史上最も威圧感がないパトロールカー(?)がイタリアで導入された。フィアットのマイクロモビリティー「トポリーノ」(当連載第895回参照)をベースにした警察車両である。
イタリアの国内メディアによると、この仕様は2025年6月にナポリで開催された「イタリア憲兵隊(カラビニエリ)創設211周年式典」で初披露された。続いて同年11月、ローマで同じくカラビニエリによる別の式典でも展示された。
ナポリを州都とするカンパーニャ州からの現地情報によると、同州に導入されたトポリーノは4台で、うち1台はアマルフィに、もう1台はポジターノに配備されたという。また筆者が報道写真のナンバープレートから察するに、ローマでもすでに少なくとも2台のトポリーノが稼働していると考えられる。いずれも島しょ部や旧市街であることから、狭い街路のパトロールに最適であるのが選定理由であるのは明らかだ。
不思議なことに、このトポリーノ警察仕様、ステランティスからは今日まで正式なプレスリリースが発表されていない。それでも、従来「アルファ・ロメオ・ジュリア クアドリフォリオ」といったコワモテ系高性能車のイメージがあったカラビニエリだけに、コミカルともいえるトポリーノの導入は大きな話題を呼んでいる。
自動小銃ラック付き
ところでイタリアには、かつて本当に使われていた「元パトロールカー」を入手して楽しんでいる人がいる。今回紹介するマッシモ・ノッキさんもその一人だ。
彼の愛車は、1996年「アルファ・ロメオ155 1.8ツインスパーク16V」をベースにした元イタリア財務警察(グアルディア・ディ・フィナンツァ)の車両である。参考までに財務警察とは、金融犯罪、汚職などの取り締まりを主に行っている。ときにはマフィア絡みの捜査にも携わるため、危険な仕事も多い組織である。いっぽうで、密輸などの摘発を目的として路上検問も頻繁に行っているため、イタリア自動車生活においては、けっして遠い存在ではない。
オーナーのマッシモさんはイタリア屈指の港湾都市であるジェノバ在住だ。かつてはフォードや旧フィアット・クライスラー・オートモービルズでエンジニアを歴任したが、現在はヒストリックカー関連の技術サポートをフリーランスの立場で行っている。
155は、フィアット傘下となったアルファ・ロメオが1992年に製造開始した4ドアセダンである。マッシモさんは説明する。「155は新車当時1900台が財務警察に納入されました」。イタリアの著名自動車誌『クアトロルオーテ』電子版によると、155の総生産台数は1997年までに19万5526台とされている。マッシモさんの数字をもとにすれば、100台に1台弱が財務警察に納入されたことになる。
「配備期間終了後に解体処分を免れた155はたった4台で、1台は財務警察のコレクションとなり、3台がコレクターに売却されました。私の155はそのうちの1台です」。参考までに記しておくと、イタリアでは払い下げ警察車両を入手する方法は主に2つある。第1はマッシモさんのようにオークションで応札する方法だ。2025年に行われた国家警察の放出リストを参照すると、フィアット車などでは最低入札価格が250ユーロ(約4万6000円)から設定されている車両もある。第2はそうしたオークションで落札した業者から購入する方法で、丹念に探すと、ヒストリックカーイベントの片隅に出展されていたりする。
マッシモさんの場合は前者だった。ただし、購入時のコンディションは良好という言葉からはほど遠かった。そのため、板金業者に依頼して車体各部を修復するとともに、全塗装も行ったという。
回転灯や補助灯、そしてアンテナは、丹念に実際に使用されていたものと同一品を探して後付けしたのに対し、室内の回転灯およびサイレン用スイッチ、助手席下の前部にある自動小銃ラックは、払い下げ時に残されていたものだ。
もちろん、イベント会場との往復では財務警察を示す「GUARDIA DI FINANZA」の文字にマスキングを施さなければならない。しかし筆者が訪れた催しの会場では、マッシモさんの愛車はあまりにリアルで、大半の来場者が“本物”と勘違いしていた。
ブランド史の貴重な一部として
なぜ元警察車両を手に入れようと思ったのか? その質問にマッシモさんはまず「アルファ・ロメオだからです」と即答した。「このブランドは2つの大戦中も含め、創立の理念を信じた輝かしい人物たちによって彩られてきました」。そしてこう続けた。「国策によって産業復興公社(IRI)の傘下にあった時代が長かったことから、警察車両はアルファ・ロメオ史における重要な一部なのです」。筆者が補足すれば、1951年に四輪駆動車“マッタ”こと「1900M」が冒頭のカラビニエリに採用されてから、2026年でちょうど75年である。また国家警察にもさまざまなモデルが納入されてきた。
話は飛ぶが、「マシンX」とは1980年代初頭の日本における刑事ドラマシリーズ『西部警察』に登場する「日産スカイライン2000ターボGT-E」をベースにした有名な劇中車である。近年、イタリアでパトロールカーというと、国家警察交通機動隊の「ランボルギーニ・ガヤルド」に代表されるように、“天然マシンX”のような高性能車がメーカーから続々寄贈されることもあり、あれだけ活躍していた155を記憶している人は激減している。しかし、マッシモさんにとって、愛車は永遠に「わが心のマシンX」であり続けるに違いない。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里<Mari OYA>、Akio Lorenzo OYA、ステランティス/編集=堀田剛資)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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