マセラティ・グラントゥーリズモS(FR/6AT)【試乗記】
これぞマセラティ!! 2009.03.17 試乗記 マセラティ・グラントゥーリズモS(FR/6AT)……1813万3000円
マセラティ最強のスポーツクーペ「グラントゥーリズモS」。外観はスタンダードモデルとほとんど見分けがつかないけれど、乗ってみてその違いに驚いた。
中身は激変
マセラティは、ちょうど1年前、2008年のジュネーブショーで「グラントゥーリズモS」をデビューさせた。その場にいた自分は、内容を見て驚いた。簡単にいえば「グラントゥーリズモ」のスポーツモデルなのだが、それにしては変更点が多かったからだ。
フェラーリから供給されるV8エンジンは、排気量を4.2リッターから4.7リッターに拡大してある。ヘッドカバーを青から赤に塗り替え、最高出力は440ps/7000rpm、最大トルクは50.0kgm/4750rpmと、35psと3.0kgmのアップを達成している。
ただしこの数値は排気量だけによるものではない。その証拠に、今年発売された「クアトロポルテS」の4.7リッターは430psにとどまっている。
さらなる注目がトランスミッションだ。クアトロポルテやスタンダードのグラントゥーリズモがエンジン直後にトルコンATを積むのに対し、こちらはリアアクスル直前に2ペダルMTを搭載したトランスアクスルとなっている。おかげで前後重量配分は49:51から47:53とリア寄りになった。
マイナーチェンジ前のクアトロポルテに積まれていたメカと似ているが、現行のマセラティではグラントゥーリズモS専用。しかもスポーツモードを選択すると変速時間を0.1秒まで短縮するという「MCシフト」なるロジックまで組み込まれている。
ここまで専用メカをふんだんにおごりながら、エクステリアに目立った違いはない。ホイール/タイヤが19インチから20インチになり、サイドスカートが追加され、トランクリッド先端のリップスポイラーが高くなったぐらいで、顔つきは同じだ。でも前述したように中身は激変している。マセラティらしい粋な差別化だ。
禁断の世界へ
テスト車の4シーターキャビンは、ブラックを基調に赤いステッチやメタリックのトリムパネルをコーディネイト。センターをアルカンタラとし、サイドのサポートを強めにした硬めの専用フロントシートに腰を下ろしてエンジンを始動すると、直後に背後から「ヴォンッ!」という雄叫びがして、タダモノではないと思い知らされた。
しかも乗り心地が硬い。ショックの角は絶妙に丸め、しかも一発で収めてくれるのだが、かなりソリッドだ。パワートレインやサスペンションを統合制御するモードスイッチをノーマルにセットしていても、スタンダードのグラントゥーリズモのスポーツモードを思わせる感触だった。
トランスミッションは、オートモードでもシフトアップでの減速感がほとんどなく、トルコンATと同じ感覚でクルーズできる。でもエンジン500cc分のトルクアップはあまり体感できない。3000rpm以下では4.2リッターとさほど変わらぬ印象なのだ。でもそこから上はどんどんチカラを上乗せして、5500rpmでさらにひと伸びする。やっぱりただの大排気量版じゃなかった。おかげで、前が開くとマニュアルモードに切り替えてパドルを弾き、意味もなく伸びや吹けを楽しんでしまう。
それだけならまだいい。スポーツモードを選んだら、禁断の世界が待っていた。なにしろ音が全然違う。加速では「コーン!」という魅惑のサウンドをこれでもかっ! というほど撒き散らし、アクセルを離せば昔のスポーツカーみたいに、「ボボボ……」とマフラーのなかで排気が転がる。しかもMCシフトはそれこそ電光石火の勢いで変速を完了する。ここまで挑発されて、速く走るなと言うほうが無理だ。
ただのスポーツカーじゃない
そこで山道に乗り入れると、最初こそ4885×1915×1355mmというボディサイズを意識させられるものの、気がつけばそれをすっかり忘れてコーナーを攻めていた。トランスアクスルによるフロントの軽さと足の硬さが、車格を忘れさせる軽快な身のこなしを味わわせてくれたからだ。
しかもそれは、タイヤのグリップに頼った味気ないコーナリングではない。コーナー出口でアクセルを踏み込むと、リアが沈み込んで後輪を路面に押し付け、エンジンのチカラを前進力に変えていくという挙動が手に取るようにわかる。
その走りは、4年前に『webCG』で取材したグランスポーツや、2年前から所有している「3200GT」の延長線上にあった。人とクルマが対話しながら速さを究めていけるという歴代マセラティが携えてきた世界は、最新最強のスポーツクーペにも受け継がれていた。
ここまで高価で大柄なクーペはトルコンATでユルユル流したい。そう思うユーザーは多いだろう。マセラティもそれは理解していて、スタンダードのグラントゥーリズモはそんな乗りかたも似合う仕様になっている。でもそれだけでは、彼らのプライドが許さないはず。本当に作りたかったのはグランスポーツのような、もっと硬派なGTじゃないだろうか。
グラントゥーリズモSには、そんな想いが込められているような気がした。これはただのスポーツモデルではない。95年の歴史を誇るこのブランドの精神や情熱を伝承するクーペに感じられたのである。
(文=森口将之/写真=峰昌宏)

森口 将之
モータージャーナリスト&モビリティジャーナリスト。ヒストリックカーから自動運転車まで、さらにはモーターサイクルに自転車、公共交通、そして道路と、モビリティーにまつわる全般を分け隔てなく取材し、さまざまなメディアを通して発信する。グッドデザイン賞の審査委員を長年務めている関係もあり、デザインへの造詣も深い。プライベートではフランスおよびフランス車をこよなく愛しており、現在の所有車は「シトロエンGS」と「ルノー・アヴァンタイム」。