クライスラー・イプシロン プラチナ(FF/5AT)【試乗記】
最もエレガントなコンパクトカー 2013.01.23 試乗記 クライスラー・イプシロン プラチナ(FF/5AT)……260万円
ランチア改めクライスラーのバッジを付けて上陸した「イプシロン」。ブランドが変わっても、このクルマならではのワン&オンリーな魅力は変わらない。
ランチアでなくクライスラーとして
今朝、第三京浜で「ランチア・テーマ8.32」を見かけた。もう覚えている人も少ないかもしれないが、1980年代後半に人気を博したエレガントなアッパーミドルセダンにフェラーリ製3リッターV8を詰め込んだ特別なモデルで、まさしく羊のふりをした狼を地で行く車だった。きっと大切にされているのだろう。すっかりバンパーが退色した7年落ちの2代目「イプシロン」のこちらとは違って、ボディーはなお艶(あで)やかである。同年代とおぼしきドライバーはちらりとこちらを見て、ゆっくりと途中のインターに姿を消していった。
ミラーの中にその姿を追いながらふと考えた。もしこちらが最新の「クライスラー・イプシロン」だったら、あの紳士はどう思っただろう。おそらくは、クライスラーエンブレムを付けたイプシロンなんて、と狭量なことは言わず、それよりも日本市場向けにちゃんと右ハンドル仕様で正式導入されたことを歓迎してくれるのではないだろうか。私もランチアの名前に特別な敬意を抱くひとりだが、今やランチアもクライスラーもフィアット・クライスラー・グループのひとつのブランドである事実は動かしようがない。それゆえランチアの長き不在を嘆くよりも、新型イプシロンが正規輸入されたことを喜ぶ気持ちのほうが大きいのである。
前身モデルたる「Y10」から数えて4代目、イプシロンとしては3代目となる新型は2011年デビュー、すでに英国やアイルランドでもクライスラー・イプシロンとして投入されており、日本仕様もこれらと同じくすべて右ハンドル仕様だ。これまでガレーヂ伊太利屋によって並行輸入されていたランチア版との違いはもうひとつ、後席が3人掛けの定員5名となっている点である。もちろんリア中央席にもヘッドレストと3点式シートベルトが備わっている。
過去のイプシロンは3ドアモデルのみだったが、今回の新型は5ドアハッチバックボディーに生まれ変わった。とはいえ、単なる小型ハッチバックに堕していないことはひと目で誰にでも分かるだろう。実用性に配慮しながらも、こだわり抜いたボディーのスタイリングは極めてユニークで特徴的、とりわけボディーサイドから卵のようなリアエンドに連続する面の構成や、リアドアのアウターハンドルが目立たぬように設けられたCピラー部分、LEDテールランプの処理にイプシロン(そしてランチア)の神髄が表現されている。
ならぬものはならぬ、がプレミアム
当然、インテリアも凝っている。センターメーターレイアウトは従来通りだが、ピアノブラックのセンターコンソールや随所に配されたクロムインサートなどによって、大人っぽくクールな雰囲気が演出されている。そのクロムトリムもよく見るとパーツによって色調が異なり、大きな部品はマットなつや消しクロムを使うという徹底ぶり、スイッチ類などのフィニッシュレベルも上々であり、全体として極めて精緻に仕上げられている。昔風に言うなら「小さな高級車」、今だとプレミアムコンパクトと呼ぶにふさわしい出来栄えだと思う。
もっとも、プレミアムと言うはやすし、近頃は乱用されすぎの感もある。何がプレミアムで高級かについてはいろいろと議論があるだろうが、この種のものにはやはり品格や節操、あるいは美意識というものが欠かせないと思う。それも単なる形のカッコいい悪いを超えて、信念としての美意識だ。コンパクトカーは特にコストの制約が厳しいものだが、その中でどこまでこだわることができるか。コストを言い訳に諦めず、譲れないところはあくまで譲らず、その結果としての価値をカスタマーに納得してもらう努力を積み重ねてこそのプレミアムである。イプシロンはそれを見事に体現していると言えるだろう。
室内スペースは大人4人ならばまず必要十分といったところ。気になるリアシートは、バックレストがやや立ち気味ではあるものの、ホイールベース(2390mm)がフィアット500に比べて90mm長いこともあってこちらは無理なく座れるだけの広さは備えている。またラゲッジスペースの容量は245リッターと、こちらもデザイン優先と言わせないレベルの実用性を備えている。
まさにユニークである
メカニズムは兄弟車たる「フィアット500」と同じと言っていい。エンジンは「500ツインエア」と同じ2気筒0.9リッターターボを搭載、変速機もデュアロジック改めデュアルファンクションシステムと称する例のクラッチペダルレスの5段ギアボックスとの組み合わせとなる。エンジンの出力とトルクも85ps(63kW)/5500rpm、14.8kgm(145Nm)/1900rpmと変わらないから、さすがに俊足というわけにはいかないが、2000rpmより上のトルクが分厚いレンジをうまく使えば、街中でも思いのほか活発に走ることができる。スタタタタン、というちょっとのどかなエンジン音と振動は500ツインエアほど気にならないように感じた。
この辺は車の性格に合わせて改善されているのかもしれないが、この音よりも問題はいわゆる5段セミATのマナーをどう感じるかではないだろうか。MT経験者ならATモードでの若干タイムラグがあるシフトアップにもすぐ慣れるはずだが、普通のトルコンATやCVT車にしか乗ったことがない人は変速の度にギクシャクすると感じるかもしれない。もちろん、スムーズに走らせるそのコツは容易に身につけられるはずだ。
これまで通り、スタビリティーを重視し比較的ソフトでしっとりした足まわりには何ら不満はなく、スタート&ストップシステムを装備しJC08モードで19.3km/リッターという燃費も納得できる数値だ。無論、今の小型車としては抜きんでた数字ではないが、ESPや計6個のエアバッグなどの安全装備を完備したうえに、他に代わるものがないあのスタイルと上等の仕上がりを考えれば235万円(ゴールド)/260万円(プラチナ)という価格は十分にリーズナブルである。かくいう私が今、普段の足として大いに気に入っている2代目イプシロンから買い替えるかどうか、本気で悩んでいるのである。
(文=高平高輝/写真=高橋信宏)

高平 高輝
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