ジャガーXKR-Sクーペ(FR/6AT)【試乗記】
大人のクルマ、男のスポーツカー 2012.09.04 試乗記 ジャガーXKR-Sクーペ(FR/6AT)……1750万円
ノーズの下に550psの心臓を隠す、ジャガー史上最強の公道マシン「XKR-Sクーペ」。このこわもてのスーパースポーツは、ドライバーに何を語りかけてくるのか?
優雅なだけがジャガーか
人気のない山中でレーシングスタートのまね事を試してみる。荒れた舗装面を削り取るような猛然とした、だがほとんど姿勢を乱さない模範的なホイールスピンを演じて見せる圧倒的なパワーと強固な駆動系。全開加速中でも正確な手ごたえを失わないステアリングとミシリともいわないオールアルミボディー。これはこれは。良い子にまねされるといけないので、周囲を見回してからほくそ笑む。また一段と素晴らしいじゃないか。やはりジャガーは筋が通っている。私の思い描くスポーツカーとはこういう車のことである。
と書いてしまってからふと考えた。今の日本で、比較的若い層には果たしてジャガーはどのように思われているのか? 英国好きのオヤジが乗る、優雅でクラシカルな旦那サルーン……? まあ、一時はそれもあながち外れていたわけではないが、最近ではそんなイメージさえ薄らいでしまったかもしれない。
何しろ、フォード傘下に入った後のここ15年ぐらいを振り返ってみても、フォードとコンポーネンツを共用したジャガーらしくないコンパクトモデルを作ったり、親会社がタタ・グループに変わったりと揺れ動き、首尾一貫したメッセージを発信するのがなかなか難しい状況だったからだ。
もっとも、現行ジャガー各モデルは「XF」も「XJ」も、そしてこの「XKR-S」のベースである「XK」もプロダクトとしては皆一級品であり、ドライバーズカーとしての本質にはブレがない。クラシックな英国調からメトロセクシャル(という言葉も既に死語か)なモダンブリティッシュへ大胆に変身したスタイルに目を奪われがちだが、その奥には骨太で筋肉質な実像が隠されている。しかもその筋肉は見せびらかすためのものではない。はやり言葉で言えば体幹が見事に鍛えられているのだ。
硬派、だが粗野ではない
「XKR」用をさらに強化したスーパーチャージャー付き5リッターV8エンジン(550ps、69.3kgm)を搭載し、ジャガー史上最強の300km/h級スポーツカーを名乗るからには、とある程度想像はしていたのだが、いわゆる乗り心地はその予想を超えて硬かった。これほど思いっ切り締め上げられた足まわりは久しぶり、したがってラグジュアリーなどという言葉をカタログで目にしても信じてはいけない。
路面のあらゆる不整に忠実に反応し、上下に揺さぶられる感じはスパルタンというほうがふさわしい。ただし、強力な電子制御ダンパーの動きそのものはごく滑らかで、油断していると舌をかみそうなガツン、ビシッというダイレクトなショックは見事に抑えられている。
ボディーの動きを抑え込む、大入力にも耐えられる足まわりは、ともすると小さな入力には滑らかに反応せず、その渋さがビシッというハーシュネスやブルルンという振動となって現れがちだが、XKR-Sの場合は低速からでもスムーズに動く優れたダンパーを備えているおかげで、ハードではあるが決してラフではない。
もちろんそれだけではなく、アーム取り付け部やボディーのマウントなど、力が伝わるあらゆる部分に十分な容量を与えて初めて可能になることだ。20インチもの巨大なタイヤをこれほど見事に履きこなしている車はほとんどないと言える。
引き締まった足まわりが本領を発揮するのは大入力に対してだから、当然、ワインディングロードは痛快そのものだし、また速度が増せばますますフラットになり、安定感が高まるおかげでグランドツアラーとしても抜群だ。
ただ、念のために繰り返しておくとあくまでラグジュアリーという範疇(はんちゅう)には入らない。「振動・雑音のないGT-R」ぐらいに捉えてもらえるといいかもしれない。
こわもてを演出する必要なし
これだけのパフォーマンスを備えることを考えると、なおさら残念なのがディテールの仕立てである。XKR-S専用のスプリッターやスポイラーなどは、伸びやかな基本プロポーションをかえってスポイルしているように思えてならないのだ。
タフでワイルドなこわもて感を強調するばかりでなく、空力性能向上にも実質的な効果があるのだろうけれど、そこを何とかエレガント(優雅ではなく簡潔という意味だ)にまとめるのがデザインというものだ。お手軽なバッジも含めてフロント周りの煩雑さは、なんだか近頃の若造の似合わないひげを連想させて、大人のスポーツカーにふさわしいか疑問が残る。
リアスポイラーやディフューザーも同様だ。だいたいリアウイングなどというものはほとんどが見かけ倒しである。そもそも日常使用するロードカーで大きなスポイラーが真に必要であるならば、基本設計に問題があると言わざるを得ない。XKR-Sのような高性能車の場合はちょっと別かもしれないが、それでもその形状といい見た目といい、これほど高価なハイパフォーマンスカーにしては、あまりにも普通すぎないだろうか。
XJサルーンについては、ディテールの知覚品質や仕上げレベルを白紙から見直したとイアン・カラムに聞いたことがあるし、実際にそうなっていると思うが、XKシリーズはまだフォード時代のおおらかさが残っているように感じる。
その“ベタな”押し出しがいいんだという向きもあるだろうが、かつてのジャガーの、レースでの活躍を知るオヤジ世代にはほんのわずかな虚勢も通用しない。オヤジ世代を納得させられなければ、若いカスタマーにも広がるはずがないと思う。あらためて、その素晴らしい実力を地味でも地道に伝える努力をすべきである。
(文=高平高輝/写真=高橋信宏)

高平 高輝
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