テスラ・モデルS シグネチャー パフォーマンス(RR/1AT)【試乗記】
時代は少しずつ変わっている 2013.04.18 試乗記 テスラ・モデルS シグネチャー パフォーマンス(RR/1AT)日本でも今年中にデリバリーが開始されるというテスラのEV(電気自動車)サルーン「モデルS」。北米のEVベンチャーが初めて手掛けたフルオリジナルモデルを、日本の道で試した。
EVベンチャー唯一の成功例
「テスラ・モデルS」はピュアEVの5ドアハッチバック・サルーンだ。テスラ・モーターズは2003年、EV専門の自動車メーカーとして、アメリカ西海岸のシリコンバレー(パロアルト)で生まれた。08年に第1弾の「ロードスター」を発売。それと前後してトヨタやダイムラーが出資したことからもわかるとおり、2000年代に数々生まれた次世代車両ベンチャーとして、唯一の成功例といっていい。ロードスターに続き、第2弾として昨年夏にモデルSを発売、来年にはSUVの「モデルX」の発売を控えている。また、これまでに「トヨタRAV4」や「メルセデス・ベンツBクラス」のEVバージョンにモーターやバッテリーを供給してきた。
今回試乗したモデルSは、日本法人のテスラ・モーターズ・ジャパンが昨秋、予約受付を開始。まだ実物が日本にない段階から結構な数の予約が入ったという。ともあれ、今年後半のデリバリー開始を前にプロモーション目的のメディアへの貸し出しが始まった。
モデルSは、全長4978mm、全幅1964mm、全高1435mm、ホイールベース2959mmとフルサイズ。乗車定員は5人だが、オプションでリアラゲッジスペースに子供用シート2人分(後ろ向き)を装着することができる。装着しなければ、下にモーターが収まるために浅いものの、左右、奥行きともに広大な積載スペースが広がる。「ラゲッジスペース」ではなく、わざわざ「リアラゲッジスペース」と書いたのは、フロントにもラゲッジスペースがあるからだ。前輪の間にもスペースが用意される。エンジンがないとはこういうことだ。ホイールベース間のフロアに10cmほどの厚みでリチウムイオンバッテリーが敷き詰められる。一番の重量物が一切オーバーハングにかかることなく、しかも一番低い位置に置かれている。その結果、フロント48:リア52と理想的な前後重量配分を実現した。
快適な車内空間とEVならではの加速力
大きなサイズが生かされ、居住空間は実に広い。後席で足が組めるなんてものではなく、トンカチで脚気(かっけ)のテストができるはずだ。しかもフロアは完全にフラット。テスト車にはオプションのガラスサンルーフが備わっていたので、オフホワイトのレザーシートに腰を落ち着けていると、明るいリビングルームにいるよう。
運転席からの眺めは斬新。ステアリングホイール奥のメーターが液晶のバーチャルメーターなのは他のクルマでも見かけるが、センターパネルに「iPad」の親玉みたいな17インチのタッチスクリーンが鎮座するクルマは初めて見た。ここでエアコン、オーディオのほか、車両設定(ステアリングのパワーアシスト量選択、車高調整、回生ブレーキの強弱など)も行うことができる。モデルSでは3G回線が利用でき、スクリーンはウェブブラウザーとしても使える。カーナビは、だからグーグルマップでOKなのだ。テスト車はアメリカ仕様だったため、回線にはつながっておらず、ウェブは試せなかった。
モデルSにはいくつか仕様が用意されるが、今回テストしたのは、85kWhの「シグネチャー パフォーマンス」というフラッグシップモデルで、最高出力416ps/5000-6700rpm、最大トルク61.2kgm/0-5100rpmのパワースペックを誇る。車重は2108kgだから、パワー・トゥ・ウェイトレシオは5.1kg/ps。近頃のエンジンは最大トルクの発生回転域が低くなったとはいえ、発進と同時に最大トルクを発するEVにはかなわない。モデルSはとんでもない加速を味わわせてくれる。0-100km/h加速は4.6秒だから、「日産GT-R」など、もっと速いクルマは存在するのだが、最初のタイヤ数回転が異常に鋭いという印象。
低重心なのはすでにお伝えした通り。これが素性のよい挙動に表れている。モデルSのステアリングはバリアブルレシオ。全体的にそれほどクイックではないが、細かい操作にも的確に反応し、巨体にもかかわらず、ノーズはひょいっと向きを変える。高速道路を試せなかったので直進安定性についてはお伝えできないが、そこだけダメだとは考えにくい。ただ、乗り心地はもう少しフラットさを貫いてほしい。重い車重に対応すべくバネレートが高いのかもしれない。フロントがダブルウィッシュボーン、リアがマルチリンクのサスペンションの動き自体は自然。
EV最大のネックを解消
85kWhのリチウムイオン・バッテリーを搭載するテスラ・モデルS(60kWhの仕様も選べる)は、一度の充電で最大500km(欧州・NEDCモードに基づくカタログ値。米・EPAの5サイクルだと426km)を走ることができる。モバイルPCのバッテリーを思い起こせばわかるように、現実的には500kmの走行は難しいだろうが、クルマは惰行や下り坂の走行で回生するので、PCのバッテリーほど、また内燃機関の燃費ほど割り引いて考える必要はないはずだ。
となると、条件が悪くても350km程度は走行が可能と思われる。350kmといえば、東京駅から名古屋駅くらいの距離だ。モデルSはCHAdeMO充電に対応する予定だというから、途中で20〜30分休憩して充電すれば(普通するよね)大阪も十分に射程距離に入ってくる。それだけ走ったら、1泊するケースのほうが圧倒的に多いはずだ。つまり、一般的な人の限界と同程度走ることができる。そして、夜どこかで200Vの電源を見つけて5〜6時間充電すればまた満充電に復活する。
これが例えば、「日産リーフ」だとどうなるか。バッテリー容量は24kWh。航続距離はJC08モードで228kmだ。不安なく見込める距離をモデルSと同程度割り引いて150kmとすると、静岡市の清水区あたりで尽き果てる。もちろん、途中、CHAdeMOで充電すれば、30分で80%にまで復活するものの、要するにモデルSの半分弱の航続距離だと、一般的な人の限界(ここらで泊まろうと思う距離)よりも短い。
つまり、モデルSはEVの最大の不安要素である航続距離の短さをほぼ払拭(ふっしょく)したEVといえる。イヤらしい言い方をすれば、その問題をカネで解決した。今回テストした85kWhパフォーマンスは、アメリカでの価格が8万7400ドル(1ドル98円として856万5000円)。日本仕様の価格はまだ決まっていないが、円安傾向だし、1000万円を下ることはないと予想する。あくまで予想だが。
自動車史の節目にあるクルマ
EVの場合、航続距離を伸ばそうとすると、価格だけでなく、極端に重量がかさみ、効率(電費)は悪化する。モデルSの車重は前述のとおり2108kg。リーフは1430〜1460kgだ。内燃機関のクルマなら航続距離を伸ばすべく仮に燃料タンク容量を2倍にしたとしても、価格は2倍にはならないし、重量増もせいぜい100kg程度だろう。また、内燃機関のクルマは走るにつれてタンク残量は減り、重量は減っていくが、EVは残量が減っても重量は変わらず、重いままという違いもある。
だれもが理解しているように、バッテリーの重量当たりの容量が飛躍的に増えさえすれば、EVは夢のクルマとなるのだが、現時点では、重さ&価格の高さか、航続距離のどちらかを我慢しなければならない。リーフは買いやすいが航続距離が短い。モデルSは航続距離が長いが高い。これがEVの現状だ。現状にあってはモデルSがベストEVだと思う。高いから性能がよくて当たり前かもしれないが、1000万円以上のクルマを並べて比べても、今なら僕はモデルSを薦めたい。例えば、散々高級車に乗ってきたものの、楽しいのは買った直後くらいで、今ひとつクルマに勃(た)たなくなってきた人に処方してあげたい。
ところで、現在、テスラはテキサス州では新車を販売することができない。『ロサンゼルス・タイムズ』によると、テスラは州内の2カ所にショールームをもっているが、彼らはそこで客とローンの相談もできなければ試乗もさせてあげることができない。メーカーがクルマを(ディーラーを通さず)直接販売することを禁じる法律があるからだ。レンジャーズのダルビッシュ有が望んでも地元では買えないのだ! しかし、テスラは利益を確保するため、またEVが公正な機会を得るために直接販売を望み、州議会にイーロン・マスクCEO自らが乗り込んで主張を展開しているという。争いが起こったのが石油産業の盛んなテキサスというところが面白いが、とにかくこういうドラマが繰り広げられながら、時代はちょっとずつ変わっていくのだ。
(文=塩見智/写真=荒川正幸)

塩見 智
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