第282回:早春の軽井沢で「テスラ・モデルS」をドライブ
あり得べき“未来への道”を考えた
2015.03.19
エディターから一言
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2014年の9月から、日本でもようやく電気自動車「テスラ・モデルS」の納車が始まった。一方、トヨタが開発した燃料電池車「ミライ」の生産がこの2月にスタート。どちらもまだ街角で見る機会は少ないが、将来のスタンダードを争うモデルである。軽井沢で試乗したモデルSは、確かに未来を予感させる要素を持っていた。
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ポスト・ハイブリッド時代の主役はどうなる?
アメリカのカリフォルニア州は、世界に先駆けて先進的な排ガス規制を進めてきた。現在でも規制の厳しさはトップクラスである。象徴的なのが、ZEV規制の存在だ。販売台数の一定割合を「Zero Emission Vehicle=排ガスゼロの車」(ただしハイブリッド車やプラグインハイブリッド車、天然ガス車なども含む)にするよう、自動車メーカーに義務付けている。住民の環境意識も高く、「トヨタ・プリウス」の人気はこの場所で火がついた。
ZEV規制では基準を超過達成するとクレジットを与えられ、未達成のメーカーにそれを販売することができる。トヨタは、もちろん販売する側だった。しかし、2014年はクレジット販売の上位から姿を消している。今後はさらに状況が厳しくなると予想される。金看板のプリウスが、エコカーとみなされなくなるからだ。2017年から規制が強化され、ハイブリッド車(HV)はZEVの対象車種から外される。
初代プリウスは1997年のデビューだから、確かにHVは最先端のクルマではない。今や当たり前の技術なのだ。21世紀に間にあってから18年が経過し、ハイブリッドは未来ではなく現在の技術になった。これは、トヨタにとっては誇るべきことではあるだろう。しかし、現実に規制をクリアすることが課題となっている。トヨタは、クルマの未来について新たな構想を見せなければならなくなった。それを形にしたのが、燃料電池車(FCV)のミライである。ベタなネーミングには、トヨタの決意が込められている。
トヨタの構想に、真っ向から異を唱えているのがテスラだ。未来は水素ではなく電気であるという主張を繰り返している。CEOのイーロン・マスクは「fuel cellはfool cell(ばかげた電池)である」とまで言っているのだ。
足りない機能はアップデートで対応
未来への道は、どちらの方向に向いているのだろう。テスラのモデルSに乗る機会を得て、電気の側の最先端に触れることができた。2月末に軽井沢で行われた試乗会は雪道での試乗を意図していたようだが、何日か前から気温が急激に上昇したとのことで道にはほとんど雪が残っていなかった。せめて写真撮影の際には雪を背景にしたいと考え、北上してスキー場方面に向かうことにする。
モデルSは、外観からして未来っぽいオーラを発散している。近所の高校生が、「おー、テスラだ!」と寄ってきたほどだ。室内に入れば、異物感はさらに高まる。これまでのクルマとは違うぞ、と感じさせる第一の要素は、センタークラスターに鎮座する17インチタッチスクリーンだ。巨大化したiPadのようで、通常のカーナビ画面とは逆の縦長のディメンションであることが視覚的なショックを増幅させている。
使い方がさっぱりわからないので出発前にレクチャーを受けた。さまざまな設定をタッチスクリーンで行うようになっており、仕組みを理解しておく必要がある。操作方法はまさにiPadだ。モニター上部には「メディア」「地図」「カレンダー」「エネルギー」「ウェブ」「カメラ」「電話」というボタンが並び、機能を切り替えることができる。1画面表示か2画面表示かを選べるので、ウェブで検索しながら電話をかけるようなケースにも対応する。なにしろ画面がでかいので、2画面でもせせこましくならない。
下部にオーディオとエアコンの操作スイッチがあるのは、よく使う機能にはダイレクトにアクセスできるほうが便利だという考え方だろう。右下の「コントロール」というボタンを押すと、新たなウィンドウが開く。ここで運転モードや車高の設定を行う仕組みだ。ステアリングホイールのモードやトラクションコントロールのオン/オフなどをボタン操作で選ぶ。車高の調整もできるが、「シトロエンDS」のようにボヨヨーンとボディーが持ち上がっていくような感覚はない。
充電の限度設定もこの画面で行う。電池の性能を劣化させないように、満充電までいかないように調整するのだ。面白いのは、サンルーフまでここで操作するようになっていることだ。スイッチをスライドさせ、開口部の広さを1%単位で指定することができる。
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従来の自動車とは異なる運転感覚
目的地を設定して出発したいのだが、それはできないという。地図画面は表示できるものの、カーナビ機能はまだ搭載されていないのだ。夏ごろまでには追加される予定で、その際にはソフトウエアのアップデートで対応する。費用はかからないから、今買っても損をすることはない。カタログには「現在利用可能な、および、将来利用可能になる安全機能は、すべてのModel Sに標準装備されます」と記されている。妙な言い回しだが、パソコンやスマホにアプリを追加するのと同じことだと考えれば納得がいく。
ステアリングコラム右側のレバーでDレンジを選択し、アクセルペダルを踏むと、モデルSは音もなく、滑りだすように発進する。プリウスが発売された当初はエンジン音が聞こえないのに動くことが新鮮だったが、今ではこの感覚に慣れてしまった。そういう意味では、特に新しさは感じない。おおっと思うのは、ペダルを強く踏み込んだ時である。瞬時に大トルクがタイヤに伝わる感覚は、内燃機関では得られないものだ。大容量バッテリーを積んでいるおかげで電池をケチらなくてもよく、電気モーターの美質を存分に味わえる。
充電の残りを気にせずに加速できるというのは、未来の技術ならば達成されてしかるべきことだ。EVがパーソナルモビリティーの主流になるための不可欠な要素である。加えて、今のガソリン車並みの利便性と価格を持つことが求められる。テスラは今のところ電池を大量に搭載して高価格なプレミアムカーを作るという方法をとっているが、航続距離300km以上で価格が3万5000ドル程度といわれる「モデル3」ではもう少し現実的な未来を垣間見ることができるかもしれない。
路面がぬれている山道では、乱暴なペダル操作をするとホイールスピンを起こしかける場面もあった。トラクションコントロールが働くので、もちろん何事も起こらない。コーナリングでは、重心の低さを実感する。バッテリーを底面に配置している効果は、はっきりとわかるレベルだ。舵角(だかく)を一定に保ったまま安定してコーナーを抜けていくと、このクルマには高度で精密な制御が施されていることが感じられる。
新しさか、受け入れやすさか
アクセルペダルを離すと、駆動力がカットされるだけでなく即座に回生ブレーキが働く。強めのエンジンブレーキのような感覚だ。ブレーキを使わずにアクセルペダルだけで加減速をコントロールできる「BMW i3」ほどではないが、ガソリン車とはかなり異なる感覚だ。これもパネルで設定を変更できるので、慣れないうちは回生ブレーキの利きを弱くしておいてもいい。
モデルSもi3も、従来の自動車とは異なる運転感覚をあえて作ろうとしているようにみえる。未来のクルマには、未来の運転の仕方があるという考え方だ。トヨタはそうではない。ミライのプロトタイプに乗った限りでは、ガソリン車やHVからスムーズに乗り換えられるような乗り味を目指しているように感じられた。
プリウスが誕生した時も、新しいもの感が希薄だという感想が多く聞かれた。大メーカーのトヨタは、これまでの自動車ユーザーに受け入れられやすいことを優先する。新興メーカーのテスラは、新しさを前面に出したい。方向性が分かれるのは当然だろう。「RAV4 EV」の開発でトヨタとテスラは共同プロジェクトを行っていたが、短期間で終了してしまった。クルマ作りに対する基本的な考え方の相違が埋まらなかったといわれている。
雪のあるスキー場に着いて撮影を行うときに、思わぬ困難に見舞われた。モデルSのドアハンドルは自動格納式で、開閉時に自動でせり出してくる。フラットな状態で撮影したいと思ったが、どうやって格納させればいいのかわからない。フォグランプを点灯させようということになったが、どこにもスイッチがなかった。ドアハンドルは数十秒待てばいいだけで、フォグランプはタッチスクリーンで操作すればいいことには後で気づいた。未来というのは、ちょっと不便なものだったりもする。
答えは未来の技術に託される
帰りにアダプティブクルーズコントロールを試そうと思い、操作パネルを探したが設定画面が見当たらない。ふとステアリングコラムに目をやると、設定するためのレバーがあった。こちらはアナログ式なのである。インターフェイスに関しては、まだ模索中のところもあるのだろう。
静かな室内空間を楽しもうと、帰路では音楽を流すことにした。常時ネット接続しているので、インターネットラジオを聴くことができる。世界中のネットラジオ局につながっており、選択肢はとんでもない数になる。スペインの80’sとインドのボリウッド音楽を聴いてみた。CDが聴き飽きたものばかりでFMラジオにロクな番組がなかった時も、絶望的な気分にならずにすむ。
わかりやすい未来感は、ミライではなくテスラのほうが濃厚だった。見た目にも運転感覚にも経験したことのない要素がちりばめられており、運転していてワクワクさせられる。ミライも外観は特異なものだが、運転席に座るとプリウスから地続きだ。それでも、クルマの中で化学反応が行われて水を排出しながら走っているということ自体が心を高揚させる。
どちらが正しい未来か、という問いには答えようがない。FCV側からすればEVは充電時間に難があり、EV側からすればFCVは水素の取り扱いの問題を解決できていない。ただ、それはどちらも将来に向けて科学者や技術者が克服しようと努力を重ねている課題なのだ。ブレークスルーがあるのかどうかは、現在の技術ではなく、未来の技術にかかっている。
深刻な二項対立に見えることも、未来になればどっちも同じだったということになる可能性は大いにある。トヨタとテスラが再び手を携えることも、十分に想定できる話だ。想像すらできない新しい発想がこれから登場するのかもしれない。未来は、まだ変更可能である。先のことはわからないが、現時点での未来であるテスラとミライに乗って空想をめぐらせるのは、この上なく楽しい経験だった。
(文=鈴木真人/写真=森山良雄、webCG)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。