ホンダCR-Z MUGEN RZ(FF/6MT)【試乗記】
エコを言い訳にはしない 2013.04.12 試乗記 ホンダCR-Z MUGEN RZ(FF/6MT)……449万4000円
「ホンダCR-Z」をベースとする、300台限定のコンプリートカー「MUGEN RZ」に試乗。無限のスペシャルチューンで、“ハイブリッドスポーツ”の走りはどう変わったのか?
ハイパワー化したのに驚異的な燃費
まずは、燃費計測結果を記そう。250km弱を走り、満タン法で18.1km/リッターという結果だった。これは、驚くべき数字である。「MUGEN RZ」は「ホンダCR-Z」を無限がチューニングしてハイパワー化したモデルなのだ。
1年ほど前にマイナーチェンジ前のCR-Zに乗ったことがあり、燃費が13.3km/リッターだった。その時は満タン法が使えず、辛めの数字が出るメーターでの計測だったので多少割り引く必要があるが、RZの燃費が優秀であることは間違いない。エコカーとしての性能に太鼓判を押せるなら、走りがよければ万々歳ということになる。
2010年2月にデビューしたCR-Zは、昨年9月にマイナーチェンジを受けてパワーアップと燃費向上を実現した。同時に発表されたのが、300台限定のRZである。ベース車のCR-Zが120ps(6MT車)のところ、約30%アップの156psというパワーを持つ。
1.5リッターi-VTECエンジンに力を与えたのは、軽量でコンパクトな遠心式スーパーチャージャーだ。パワーだけでなくトルクもノーマルの14.8kgmから18.9kgmまで向上させている。毎分12万回転に達するタービンを冷却するために、レース用に開発されたコアを持つインタークーラーを採用し、エキゾーストシステムも専用のものとなった。ECUも専用マッピングが用意されている。ハイパワーに貢献しているのはエンジンまわりだけで、モーターには手が入れられていない。ノーマルのIMAハイブリッドのままである。エコ性能は犠牲にされていないのだ。
テーマカラーはブルー
エンジンを始動させると、室内には不穏な音が充満する。低くうなるような響きはドスがきいていて、チューニングされた機械であることを主張するかのようだ。RZもノーマル車同様に「3モードドライブシステム」を備えていて、メーターパネル右横にあるボタンで「SPORT」「NORMAL」「ECON」の3つのモードを切り替える。始動時には自動的に「NORMAL」が選ばれる仕様だ。RZのトランスミッションは6MTだけで、CVTの設定はない。1速を選び、そのまま走りだした。
コワモテな音のわりには、荒々しい発進をするわけではない。メーター内のインジケーターがシフトアップを促すのに従ってギアを選んでいけば、ごく普通に扱いやすいクルマだ。「ECON」に切り替えても、街中では特に不満のない加速力である。「SPORT」も試してみたが、30km/hほどで流れる状況の道では運転しづらくてすぐにやめてしまった。吹け上がりがよすぎて、低速ではギクシャクしてしまうのだ。
そのうちに渋滞が始まり、「ECON」に戻してゆっくりと進んだ。そんな中でも、メーターが示す燃費は13km/リッターほどを保っている。こういうところでは、10km/hほどの速度で作動するアイドリングストップシステムがモノを言う。
リアには大きなカーボンコンポジット製のウイングが取り付けられているから、ひと目でRZだとわかる。外装色は、アズールブルーメタリックのみ。青がテーマ色なのは、運転席に座っていてもひしひしと感じる。シートの座面やドアパネルも、鮮やかなブルーの装いだ。ステアリングホイールには青いステッチが施され、シフトノブはブルーのラインが際立つカーボン製。ダッシュボードの上には小径のメーターが取り付けられていて、ブルーのイルミネーションが輝く。これはブーストメーターで、スーパーチャージャーの作動状況を教えてくれるのだ。座るだけでもりもりヤル気が出てくる空間である。
柔らかくしても硬い
高速道路でも、「ECON」で問題なく走れる。発進加速時には少々もの足りないので「NORMAL」ボタンを押したほうがいいが、いったんスピードに乗れば燃費走行に切り替える。燃費計をリセットして測ってみると、18〜19km/リッターほどで走れていた。加速が必要な時は、「PLUS SPORTシステム」の出番である。マイナーチェンジで採用された“オーバーテイクボタン”だ。「READY S+」表示を確認してアクセルをチョイ踏みすれば、スルスルと気持ちよくスピードを増していく。モーターが全力で仕事をしてくれるので、燃費もそれほど悪化せずにすむようだ。
乗り心地は、お世辞にもいいとはいえない。路面の形をカラダ全体で感じ取るような具合だ。目地段差でのゴツゴツ感に、このクルマの存在理由をまざまざと思い知らされる。足まわりも専用で、車高は15mm下げられている。ブッシュ類の剛性を高め、スプリングを強化した。ダンパーは5段階の減衰力調整機構を備えていて、借り受けた時には柔らかいほうから2番目に設定されていた。それでも、尋常ではない硬さだ。
向かったのは、箱根だ。ターンパイクに到着すると、もちろん「SPORT」モードを選択した。坂を駆け登るだけで、途方もない快感が押し寄せる。まさにゴーカート感覚のダイレクトさで、クルマが収縮して小さなカタマリとなったように感じ、自分もその一部であるかと錯覚する。さらに上の気持ちよさを目指すことにした。ダンパーの減衰力を、最も硬いモードに変更するのだ。
山道を楽しんだ代償とは……
効果はテキメンだった。先ほどまでうっすらと感じられていたロールが完全に消滅し、コーナーでは水平方向にだけ力が働いている感覚になる。それでいてタイヤがしっかり路面をとらえていることを確信できるので、心は平静なのだ。手と足で直接クルマを操っているという痛快さに陶酔する。
さらに心地よかったのがブレーキだ。吸い付くようなフィールで、減速が楽しくなる。制動力がリニアに立ち上がり、実にコントロールしやすい。もちろんこれも専用のシステムが使われていて、ローターは大径なだけでなく形状も異なっている。気持ちよく走り回ったのだが、もちろん代償を払わなければならない。山道に入ってリセットした燃費計は、5km/リッターという痛ましい数字を示していた。
山を下りてから、悲惨な出来事が待っていた。ダンパー調整は専用のダイヤルで行うのだが、これがとても小さくて、うっかり紛失してしまったのだ。ダンパーを柔らかめに戻すことができなくなったのである。山道以外ではメリットのない、一番硬い設定のまま高速道路や市街路を走ることになってしまった。まったくもって自業自得なのだが、帰りの道では腰に襲いかかる執拗(しつよう)な攻撃を甘受しなくてはならなかった。
ノーマル版に乗った時も、1台の中に異なる2つの性格が共存するお得さに感心したが、それどころではない。解離性“車格”障害とも言うべき、かけ離れたキャラクターを共存させている。オーナー像としては、山道を走るのが大好きな夫とMTと振動が苦にならない妻のエコ夫婦といったところだろうか。そんな組み合わせはめったにないけれど、走りへの情熱とエコ意識を同居させている人ならばきっと満足できるクルマである。
(文=鈴木真人/写真=田村弥)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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