キャデラックATSプレミアム(FR/6AT)
アメリカからの刺客 2013.06.06 試乗記 ドイツ御三家が牛耳るプレミアムDセグメント市場に、アメリカの雄、キャデラックが挑戦。満を持して投入されたニューフェイスの実力を探る。ドイツ御三家の牙城を崩す
高級Dセグメントはあいかわらず「BMW 3シリーズ」「メルセデス・ベンツCクラス」「アウディA4」というドイツ御三家が圧倒的な存在感を保っている。しかも、これら御三家は「敵のひとり勝ち、許すまじ」の姿勢をくずさず、モデルチェンジに仕様変更、一部改良、モデル追加……の手をまったく緩めてくれない。
ここ10年ほどで、このクラスに果敢に挑んだ新興勢力も少なくないのだが、結局のところ、御三家に割って入った……と世界的に認められた例はほとんどない。現時点で根強くがんばっているのは「ボルボS60/V60」「レクサスIS」、日産の「インフィニティG」(日本名:スカイライン)くらい。「ジャガーXタイプ」に「アルファ・ロメオ159」「サーブ9-3」はすでに廃版(あるいはメーカー自体が破綻)だし、ISやスカイラインにしても、対御三家で実のある勝負ができている市場は、実質的に北米と日本だけといっていい。
キャデラックが「ドメスティック高級車からの脱皮=国際舞台でベンツ・ビーエム・アウディと真剣勝負」に戦略転換したのはずいぶん昔のことのはずだが、苛烈(かれつ)なDセグメントに真正面から挑むのは今回が初。「CTS」も最初はDセグメントを意識して開発されたキャデラックだが、登場時から「ボディーサイズや排気量はひとクラス上なのに価格はDセグメント」といった売り方だった。また、数年前に発売された「BLS」はサイズこそ完全にDセグメントだったが、その実体はサーブ9-3ベース(生産もサーブ)の欧州専用車であり、いずれにしても最初から真っ向勝負を避けたニッチねらいだったのは否めない。
しかし、この「ATS」はちがう。土台はGM本体がゼロから完全新開発したFRプラットフォーム。全長は「3」や「C」よりは長いが「A4」よりは短く、ホイールベースはCと3の中間である。主力エンジンは4気筒のダウンサイジング過給タイプ(日本はその4気筒のみ)で、操縦性の開発では例のニュルブルクリンクで鍛え上げたと高らかにうたう(まあ、キャデラックがニュル産を言い立てるのは今回が初めてではないけど)。つまり、少なくともATSのハードウエアには、言い訳や逃げは一切ない。
欧州コンプレックスは過去のもの
ドイツ御三家に真正面から……といっても、価格設定だけはATSのほうが明確に安いのは、ATSのみならず後発組には避けられない宿命(にして、われわれ買う側にとっては明確なメリット)である。ATSの2リッター4気筒の動力性能は、ライバルでいうなら「328i」「C250」レベルなのに対して、「ラグジュアリー」で439万円、「プレミアム」で499万円……というのは、ひとクラス下の「320i」「C180」とほぼ同等。まあ、昔のように「パワフル=気筒数が多い、排気量が大きい」という時代ではないから、これはATSが安いというよりは、市場を牛耳るドイツ勢ならではの“殿様商売”? というツッコミもできなくはないけど。
ATSの買い得感を後押しするポイントは動力性能だけではない。安価なラグジュアリーでもシートヒーター付き本革パワーシートや追突&レーン逸脱警告(シートがブルブル震動するのはドライバーの居眠りやよそ見防止には効果的と思う)が標準装備されるのも、明確な売り。今回のプレミアムだとさらに、可変ダンパーや今話題の追突防止オートブレーキまで付く。ダッシュボードもレザー張りで、細かい仕上げ品質や組み付け精度にいたるまで、ATSには意地悪につつきたくなる重箱のスミがほとんどない。
ただ、この価格帯でナビが標準装備されないのはめずらしい。しかし、ナビがあえてオプション扱いなのも、PNDやスマホが普及した今っぽい風潮といえなくもない。
そんなことよりATSで驚くのは、これまでのキャデラックには確実に残っていた“アメリカなまり”が完全に消えたことだ。これまでのキャデラックだと、平均的な日本人にはなんとなくブカブカ感のあったドラポジもATSではほぼ不満なく決まる。シート各部やステアリングのチルト&テレスコピックの調整幅も大きく、そのチルト調整の支点がきちんと奥まった位置にあるのもいい。座高の高い日本人体形だと、どうしてもステアリング位置が上にいってしまうが、そういう場合でもステアリングホイールの角度が大きく変化しない。指の短い日本人にウインカーレバーが遠すぎることもない。
ATSでもっと驚くのは、乗り味のしつけにもアメリカなまり……というか、悪い意味での“欧州コンプレックス”がものの見事に消えうせていることだ。
メインプレイヤーの資質は十分
これまでのキャデラックを含めた“国際派をうたうアメリカ車”は総じて、過敏なステアリングと極端に高いロール剛性で「水平姿勢でガキガキ曲がるのが欧州風味」と定義していた。それはある意味で分かりやすいが、そういうチューニングは得てして路面変化の影響が大きく、また落ち着きに欠けがちである。
ATSはそうしたあしき欧州志向からきれいさっぱり脱皮した。最近は欧州車でも水平カキカキ系がトレンドだが、ATSはいい意味でその正反対で、たおやかにロールしながらタイヤが路面に吸いつく。こういう味付けはサスストロークをたっぷり確保した基本設計の確かさゆえだろう。なんというか、BMWというより昔ながらのメルセデス的、もっと極端にいえば伝統的フランス車の後輪駆動版……みたいだ(われながら、回りくどいこと極まりない表現だが)。
Gに対してムリに突っ張らないからこそ、ATSはステアリングやシートから伝わる接地感も濃厚。さらにうれしいのは特に後輪のグリップ感が絶大なところで、その気になれば軽々と限界を超える3.5リッター級トルクでも、まったく不安感がない。このあたりはBMWその他の欧州勢と比較した場合でも、ATSの積極的なアドバンテージだ。
ただ、こうした美点は柔らかいフットワークのラグジュアリーでより顕著で、フワリと着地しながら走る乗り心地はクラスでも随一だと思う。可変ダンパーを備える今回のプレミアムはよりフラット姿勢重視で全体に引き締まった印象だが、アメリカ流のオールウェザータイヤを履くラグジュアリーに対して、プレミアムは完全サマータイヤ(試乗車はブリヂストン・ポテンザRE050Aのランフラット)なので、乗り心地は差し引きでドローという感じ。ただ、ランフラットタイヤのわりには、路面からのアタリはまろやかで快適である。ステアリングは欧州車の平均より軽いものの、座りはよく直進性もドンピシャである。
とにもかくにも、ATSはお世辞や判官びいきは一切ぬきで、ドイツ御三家(や日本勢やボルボ)に真正面から対峙(たいじ)し、しかも多くの点で勝っている国際高級Dセグメントで本物のメインプレイヤーになる資質を持っている。
もっとも、クルマというもの……それも、この種の高級車というものは、ハードウエアの良しあしだけでなく、販売拠点数やリセールバリューなども無視できないから「だからATSを買うべし」と単純にはいえない。
ただ、タマゴとニワトリの話ではないけれど、そういう周辺条件はクルマの売り上げと不可分である。ドイツ御三家による寡占状態に風穴をあけるためにも、ATSはぜひとも日本でも売れてほしいものである。いやマジで、少なくともクルマ自体のデキでは、ATSは目からウロコである。
(文=佐野弘宗/写真=向後一宏)
テスト車のデータ
キャデラックATSプレミアム
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4680×1805×1415mm
ホイールベース:2775mm
車重:1600kg
駆動方式:FR
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブターボ
トランスミッション:6段AT
最高出力:276ps(203kW)/5500rpm
最大トルク:35.9kgm(353Nm)/1700-5500rpm
タイヤ:(前)225/40RF18 88W/(後)255/35RF18 90W(ブリヂストン・ポテンザRE050A)
燃費:8.2リッター/100km(約12.2km/リッター、欧州複合モード)
価格:499万円/テスト車=553万4750万円
オプション装備:車体色<クリスタルレッド>(12万6000円)/電動サンルーフ(12万750円)/ナビゲーションシステム&フロントアクセサリーランプセット(29万8000円)
テスト車の年式:2013年型
テスト車の走行距離:2627km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(6)/山岳路(1)
テスト距離:260.0km
使用燃料:31.9リッター
参考燃費:8.2km/リッター(満タン法)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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