第304回:「ひこにゃん」に負けた日本車たち
パリの日本カルチャーイベント 第14回ジャパンエキスポ
2013.07.12
マッキナ あらモーダ!
お祭りは電車から始まっていた
欧州最大の日本カルチャー紹介イベント、第14回「Japan Expo(ジャパンエキスポ)」が2013年7月4日から7日までパリ北郊のメッセ会場で開催された。ジャパンエキスポは日本のマンガ&アニメカルチャー、ビデオやファッションなどのポップカルチャー、日本旅行などのツーリズム、そして伝統文化を中心に紹介するものである。
主催しているのはフランスの日本ファンが1999年に創業したイベント会社で、同年に行われた第1回は極めて小さな催しだったという。毎年、開催回数は単なる「○○th」ではなく、「○○th IMPACT」と記されるのが恒例だ。近年は同じフランスのマルセイユやオルレアン、ベルギーのブリュッセルなどでも行われている。
会場に向かう郊外鉄道に乗るべく、パリ北駅の地下ホームで待つ。RERのB線といわれるこの鉄道、たびたび車内で凶悪犯罪が発生する要注意路線だ。ドアが開いた途端、ボクはいつも同様、それなりの緊張感を持って乗り込んだ。
ところが今日はどうだ。青少年たちが、まるで修学旅行のように騒ぎながら乗っている。若い娘はネコ耳やミツバチの触覚を頭につけ、若者はアニメそのものの模造刀を提げていた。
電車はプジョー・シトロエン工場があるオルネー・スー・ボワ駅の手前で、信号停止してしまった。冷房なき車内の温度は、どんどん上昇してゆく。しかし青少年たちは、おしゃべりを楽しんでいる。
パリには毎年2月に別の日本カルチャーイベント「PARIS MANGA」があって、そちらはもっとアクセスがよい市内メッセ会場で行われる。だが、彼らにとって郊外で開催されるジャパンエキスポは、遠足感覚でこれまた楽しめてしまうようだ。やがて約20分後、車両が動きだすと、一斉に拍手や歓声がわいた。メッセまでまだかなり駅数があるというのに、すっかりできあがっちゃっている。
親子セーラームーン
最寄り駅からは長い列が会場まで続いていた。本稿執筆時点で最終結果は入手できていないが、事前予想の23万人に近い入場者数は達成できたと思われる。
会場面積12万平方メートルは、2011年東京モーターショー(3万5187平方メートル)の3.4倍である。日本航空のような大企業から、コスプレ用品店まで、出展者のバラエティー度は、前述の「PARIS MANGA」の比ではない。
コスプレも多様である。最新アクションゲームの登場人物から、鏡音リン&レンといったボーカロイド、そして古くは『うる星やつら』のラムちゃんまで、なんでもありだ。
初音ミク姿のコレジアンヌ(女子中学生)に話を聞いていると、母親がやってきた。ボクが決して怪しい者ではないことを説明しようとすると、それを遮るかのように母親もうれしそうにアニメを語り始めた。もはやフランスでも、親子で日本カルチャーを楽しむ時代なのである。
もう少し上の世代でも、それは同じようだ。オーレリーさんは普段は北フランスの保育所で働いているが、今日は「美少女戦士セーラームーン」である。彼女の55歳になる母親ともどもセーラームーンのファンという。
一角にはカラオケコーナーもあって、「私だけを見つめて~♪」と、ビデオ画面を見ながらみんなで椅子に座りながら歌っている。
いっぽう今年は滋賀県彦根市のキャラクター「ひこにゃん」も会場に登場した。午前11時。登場タイムになるとたちまち、ひこにゃんの周りに人だかりができ、来場者は次々と記念写真撮影に興じていた。昨年念願の日本旅行を果たしたという若者フロリアン君は、友達とひこにゃんのツーショットを撮影しながら「カワイイ」「スバラシイ」と、知っている日本語を連発していた。
そうした若者たちのストレートな感情表現と目の輝きは、モーターショーでは見られないものである。
チューニングカーコーナーにて
かわりに、筆者の目からみて盛り上がりが限定的だったのは、日本の大手出版社によるグラビアアイドル写真展である。一緒に撮影できる水着姿の等身大アイドル写真も置かれていたが、ボクがいる間人影はなかった。
もうひとつボクの目測で人気がなかったものは、日本車をベースにしたチューニングカーのコーナーである。眺めてみると、ちょっと前の日本車は、世界で一番アニメっぽい。だがブースの周囲は休憩所ムードが漂っているといってよかった。
生身の日本人女性や本物の日本車より、アニメ&ゲームの登場人物に人気が集まるところをみると、フランス人の若者の多くは、リアルものよりもバーチャルものを指向している。
そうしたなか、ようやくクルマを見ていた若者2人がいたので、声をかけてみた。ちなみに、彼らは20代だが、クルマを持っていないという。
そのうちのひとり、アントニー君が選んだお気に入りは「日産(フェアレディ―)Z」だ。一方で彼が「これ、日本で値段はいくらするの?」と指さす先には、「マツダRX-8」があった。ボクが生産終了したことを告げると、いささか残念そうであった。
もうひとりの青年ジェレミー君に「こうしたチューニングカーから受ける、今のフランス車にないものは何か?」と聞けば、「エアロダイナミックな感じ」と教えてくれた。実際の数値とは別の、“感覚的空力数値”とでもいうべきものが、現代アニメ世代の心中にあるに違いない。
ふと見ると反対側では、カムカバーがきれいに塗装されたエンジンを熱心に撮影している少女がいた。正統派と称される自動車愛好家とは違うベクトルで、彼女たちはクルマを見ている。
それは二次会?
しかしながら、今日フランスの日本カルチャーファンは知識豊富だ。ある女子高校生に「東京に行ったら、何を見たいのか?」と聞くと、「日本の高校の学園祭!」という答えが返ってきた。その存在はインターネットで知ったという。たしかに、年間で唯一、一般人が学校を見られる機会である。
そう願うフランス人少年少女全員が東京の地を踏めるわけではないが、東京の高校生諸君は、近い将来突然のフランス人来訪? ひこにゃん風にいえば“出陣”を覚悟しておいたほうがいい。
場内には、たこ焼きをはじめ、日本のおやつも豊富である。しかしどの屋台も、長い列ができているので、ボクは未来あるフランス人ファンたちにその場を譲ることにした。
かわりに夕方、地下鉄ピラミデ駅周辺の日本アジア食堂街に赴いた。階段をのぼって地上に出てみると、明らかにジャパンエキスポ帰りと思われるバッグを提げた若者たちがラーメンをすすっていた。
その慣れた雰囲気、今にも「C'est la Nigikai(二次会)!」とでもいう声が聞こえてきそうだった。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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