ベントレー・フライングスパー(4WD/8AT)
エレガントなアスリート 2013.08.08 試乗記 巨大な中国市場をにらみ、快適性を大幅に向上させたという新型「フライングスパー」。その豪華絢爛(けんらん)な世界を堪能した。ベルサイユ宮殿かハリウッドスターの豪邸か
じぇじぇじぇ! っと、2013年の流行語大賞的に驚いてみました。なんたるド派手な内装。明るいチェストナット(クリの木)のウッドパネルに、真っ白と薄いタンのレザー。そこはベルサイユ宮殿かハリウッドスターの豪邸か。まったくもって、イギリス的な暗さがない。パリかカリフォルニアのような、太陽燦々(さんさん)の豪華絢爛な世界であった。
走り出してみれば、なんたるスムーズネス。「マシュマロのようですねぇ」と後席のクドタカ(『webCG』編集部)がいった。ふわんふわんではないけれど、ふわふわしている。試乗車のタイヤは21インチと、標準より2サイズもでかいオプションを装着している。路面が荒れているとそれなりのショックが伝わる。といいたいところだけれど、いや、ない。ありません。
この豪華絢爛なマシュマロカーが、実は最高出力625psのウルトラモンスターであることは、アクセルをガバチョといきなり踏み込みでもしない限り、片鱗(へんりん)さえもうかがえない。いや、たとえガバチョと踏み込んだところで、625psと81.6kgmという超高出力、ウルトラ大トルクは完璧に制御されている。ドイツの電子制御テクノロジーがそれを成し遂げた。否、中華人民のストレートな欲望が、伝統で堅くなっていたイギリス人の頭を柔らかくした、というべきか。中国市場の要望によってつくられた、自動車史上初の西洋の超高級車が新型「フライングスパー」なのだ。
最高速度322km/hを誇る陸の王者
千葉県・幕張にあるホテルをベースに開かれた試乗会は、結局そこらへんをウロウロしていたら時間切れになった。帰りは、後席を楽しみながら、つまりはショーファー付きで自宅まで送ってもらえることになっていた。ベントレーモーターズジャパンの粋な計らい。でも、私はタクシーの後席は居心地が悪いと感じるような吝嗇(りんしょく)家ですので、自分で運転させてもらうことにした。
東関東自動車道に上がって首都高速を自宅方面へと走っていると、前方にBMWの最新「M5」がいた。4.4リッターV8ツインターボを搭載する怪物セダンである。後ろにつくと、ミドル級のチャンプは右車線に出てダッシュした。こちらもアクセルを軽く踏み込む。新型フライングスパーはほとんど無音で加速して、M5をやすやすと追いかける。
残念なことにM5は次の出口で降りてしまう。爆走を欲した私は、ただただアクセルを踏み込むために、自分も降りるべき出口を通り越す。すいたところを見計らって右足に力を込めると、空気ががぜんうなり始める。W12ツインターボは吠(ほ)えたりしない。けれど、ステアリングはググッと重くなり、乗り心地が硬くなる。マシュマロカーが戦闘態勢に入ったのだ。豪華客船が一瞬にして高速巡洋艦になったかのごとし。あいにく、さらに踏み込んだその先を、私は知らない。家に帰りたいので、つかの間、直線で実力のせいぜい3分の2を体験しただけです。
新型フライングスパーは、車重2トン超にしてパワー・トゥ・ウェイト・レシオ3.8kg/ps、0-100km/h加速4.6秒、最高速度322km/hを誇る陸の王者である。322km/h! 「フェラーリ458スパイダー」より速い! 公称最高速度上の2km/hだけとはいえ。じぇじぇじぇ!
ドライバーズカーからショーファードリブンカーへ
しかし、お気づきの方はお気づきのように、このウルトラ高性能自体は先代フライングスパーがすでに達成している。ベントレー家再興のために、圧倒的パワーと高性能を安価に提供し、新たに2000万円級の高級車市場をつくりだす、という成功をもたらしたのである。新型の真骨頂は、あらかじめ成功した家庭でのみ身につけることのできる洗練をまとっていることだ。超高性能はそのままに、日常領域での快適性を大いに増した。いっそう静かで、乗り心地がソフトになった。そしてこれらの改良は、9割が運転手付きで後席に乗る中華人民共和国ユーザーからの要望に応えるためだったという。
先代フライングスパーの足まわりが硬めに設定されていたのは、ベントレーはドライバーズカーである、という常識に縛られていたからにほかならない。ベントレーを愛好する日本人は、そんなベントレーが好き、という気持ちを持っていただろう。けれど、5000年の歴史を持つ中華人民にとって、イギリスの伝統、ベントレーの来歴なんぞ屁でもない。だからして、日頃から感じていた印象を素直に述べたに違いない。たぶん。
ベントレーは、オーナーズクラブがわざわざ「ベントレー・ドライバーズ・クラブ」と称すほどドライバーズカーであった。でなければならなかった。その呪縛を中華人民が解き放った! いまや中国マーケットを最大の顧客とするフライングスパーは、かくして先代「スピード」用の625ps版6リッターW12を標準エンジンとしつつ、後席住人をおもんぱかって、バネレートは10~13%、アンチロールバーは13~15%、ブッシュは25~38%も、それぞれ先代比でソフトになった。さらに、吸音材を床面に張り巡らし、静粛性を大いに上げることを図った。
おかげで、ドライバーがクルマから得るフィールはきわめてやさしい。巨体を巨体と感じさせぬほど敏しょうに動かすパワーとトルクを持ちながら、市街地ではソフトな乗り心地を提供する。その一方、アクセルを踏めば、ナチュラルに超高速領域に達する変幻自在ぶりを身につけた。電子制御技術の進歩もあるにせよ、その根本にベントレーというブランドの定義の修正がある。ようはドライバーズカーからショーファードリブン寄りにシフトすることを認めたのだ。
方向が決まれば、細部を煮詰めるのみ。「滑る」という苦情もあった後席の革の質をソフトタッチに変え、お尻が沈み込んで安定するようにした。オーディオビジュアルを後席住人用に充実させ、シャンパンボトルが2本入るクーラーボックスをオプション設定した。iPhoneに似た取り外し式のリモコンを用意したのは、ベントレー=おじさんのブランド、というイメージをいささかなりとも打破し、太子党の若者たちにアピールするためであった。
変わりつつある英国の名門
6リッターW12ツインターボ+8段オートマチック、前後トルク配分40:60の四輪駆動というパワートレイン&足まわりは「コンチネンタルGT」と共通だけれど、今回から別モデルとして完全に独立し、単にフライングスパーと呼ぶことになった。コンチGTよりホイールベースが32cm長いこともあって、フル加速した際の離陸感は、より落ち着いている。排気音はきわめて静かで、エキゾーストノートでもってスポーティブネスを演出しようという旧弊な考えにとらわれていない。300km/hで走れるアスリートでありつつ、ジェントルマンぶりに磨きがかかった。先代は半袖のポロシャツから太い二の腕を出してシガーをぷかぷか吹かしたりしていたわけだけれど、新型はクラシックなスーツをまとい、寡黙で、何気ないしぐさがグッとエレガントになった。
1931年にロールス・ロイスに買収され、1998年にフォルクスワーゲン・コンツェルン入りしたベントレーは、15年を経て、いままた新たな章に突入したというべきだろう。2017年にはSUVの投入が正式発表となった。現在年産8500台にまで成長した英国の名門は、いま大きく変わりつつある。しかれども、変わることをためらった名門は続くこと能(あた)わず。
なお、ベントレーモーターズジャパンは2014年モデルの価格を見直し、最も安価なコンチネンタルGTのV8で、じぇじぇ! の1990万円というバーゲンプライスを実現した。新型フライングスパーは、同じ625psの「コンチネンタルGTスピード」の2490万円に対して、2280万円と200万円もお値打ちになっている。よい品をつくって安く売る。これで商いが成功しないはずがおまへん。
(文=今尾直樹/写真=郡大二郎)
テスト車のデータ
ベントレー・フライングスパー
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5295×1976×1488mm
ホイールベース:3065mm
車重:2475kg
駆動方式:4WD
エンジン:6リッターW12 DOHC 48バルブツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:625ps(460kW)/6000rpm
最大トルク:81.6kgm(800Nm)/2000rpm
タイヤ:(前)275/35ZR21 103Y/(後)275/35ZR21 103Y(ピレリPゼロ)
燃費:14.7リッター/100km(6.8km/リッター)(EUサイクル、複合モード。ただし暫定値)
価格:2280万円/テスト車=2502万3600円
オプション装備:カラースペシフィケーション(39万2300円)/3本スポークツートンステアリングホイール(30万1300円)/21インチ10本スポークプロペラアロイホイール(43万6700円)/ベニアピクニックテーブル(27万1100円)/ラムウールラグ(11万300円)/プライベートテレフォンハンドセット(11万9400円)/後席用クライメートブースター(11万300円)/リアビューカメラ(16万7200円)/コンフォートスペック(31万5000円)
※ボディーサイズ、車重は英国発表値
テスト車の年式:2013年型
テスト車の走行距離:256km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター
参考燃費:--km/リッター

今尾 直樹
1960年岐阜県生まれ。1983年秋、就職活動中にCG誌で、「新雑誌創刊につき編集部員募集」を知り、郵送では間に合わなかったため、締め切り日に水道橋にあった二玄社まで履歴書を持参する。筆記試験の会場は忘れたけれど、監督官のひとりが下野康史さんで、もうひとりの見知らぬひとが鈴木正文さんだった。合格通知が届いたのは11月23日勤労感謝の日。あれからはや幾年。少年老い易く学成り難し。つづく。
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