第308回:驚き! フィアットの新型5ドアワゴン「500L」は「500」より売れている!
2013.08.09 マッキナ あらモーダ!「先輩」を抜いた
2013年7月のイタリア国内新車登録実績が発表された。その台数10万7514台は、前年同月比1.92%のマイナスである。だが、2013年4月の同比でマイナス10.83%を記録したのからすると、減少幅がかなり縮小したことになり、メディアは「販売回復の兆しか?」と明るい見通しを唱えた。
トップ3は「フィアット・パンダ」(7313台)、「フィアット・プント」(5483台)、「ランチア・イプシロン」(4078台)であった。だが今回注目すべきは、続く第4位である。フィアットの「500L」が3529台で入っているのだ。
500Lは2012年ジュネーブショーで発表された5ドアワゴンである。「500」の名が冠されているものの、ベースとなっているのは「フィアット・グランデプント」だ。
欧州仕様のエンジンは、ガソリンが0.9リッターツインエアと1.4リッター、ディーゼルが1.3リッターと1.6リッターである。またイタリアでは、先頃メタン/ガソリンの併用仕様もカタログに加わった。価格は1万5750ユーロ(イタリア価格。日本円で約206万円)から設定されている。
フロントシートのバックレストを前に倒すことができ、カタログによれば、テーブル状になっているその上で「宿題もトランプゲームもできます」と記されている。また、世界初の車載エスプレッソマシンがアクセサリーとして設定されていることでも話題を呼んだ。生産はセルビアの工場で行われている。また北米市場でも発売されることが決まっている。
ランキングに話を戻せば、今回500Lは先輩格である3ドア版の「500」を5位に抑えての4位入りだった。たしかにボクがイタリアで運転していても、この新車が売れない時代に、路上で500Lとすれ違うことが少なくない。
人気のヒミツ
先日訪れたあるフィアットディーラーでは、ちょうどある夫妻が、近日納車される自分たちの500Lを見に来ていた。夫人は筆者を見て言った。「なかなかいいデザインでしょう」
彼らの車歴を聞いてみると、フィアットの「127」「131」のあと「ローバー」に乗り換え、今回1997年以来16年にわたって使ってきた「ルノー・メガーヌ」を下取りに出しての購入という。前述のメタン仕様を、セールスマンの計らいで特別に早く手配してもらったようだ。
ボクの知人で別のフィアットディーラーに勤めるベテランセールス、アンドレアに、500L人気の秘密を聞いてみた。
アンドレアは、意外に冷静である。
「ひとつは、目新しさによるものだね」。イタリアで新車の話題性はジワジワと起きる。500Lの販売がスタートしたのは昨2012年秋だから、ここにきてようやく弾みがついてきた、というわけだ。
もうひとつは「レンタカー需要だよ」という。アンドレアによると、大手レンタカー会社が500Lを大量導入したおかげで、街で見る機会が増えたという。
さらなる分析は、商品ラインナップの統合だ。「500Lは、『ムルティプラ』(ミニSUV)と『イデア』(MPV)、さらに『クロマ』(ワゴン)の後継車だからね」と教えてくれた。3台のお客さんをすべて吸収しているというわけだ。
また、3ドア版500と販売台数が逆転したのは、それが2007年の発表で、もはや6年が経過し、需要が一段落してきたことがあるという。
いっぽう、これは筆者の見解だが、2011年のベルルスコーニ内閣退陣以降イタリアで強化されている、高級車ユーザーに対する税務調査の影響もあろう。もちろんすべてのユーザーがそうとは言わないし、また500Lが輸入車より決定的に安いわけではないが、「こういう時代は国産ブランドで」とつつましく振る舞うイタリア人に、500Lあたりは格好のモデルなのであろう。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
ショールームにあるけど売ってない!?
実はアンドレアが働くディーラーのショールームには、2013年6月に発表された「500L リビング」も展示されていた。500Lのリアオーバーハングを長くして室内を拡大し、3列シート7人乗りを実現した仕様である。500Lより210mm長く、「全長4350mmに7人」が売りだ。
「全長4メートル未満に6人」を売りに登場したムルティプラの初期型(1998年)とどっちがエラいか? というと、ボク自身は答えに困るし、500L リビングの実車を見ると、3列目シートは子ども向けと割り切るのが正解だ。
ただし、かつてオペル製のミ二バン「ザフィーラ」の初代がこの国で成功を収めたことを考えると、それなりの市場を開拓できるかもしれない。そう思って「これはまた売れますねえ」とボクがヨイショすると、アンドレアは「まだ売ることができない」と言うではないか。えッ?
なぜかと聞けば、7人乗り仕様は、イタリアでは現在のところ「型式認証待ちだから」と説明してくれた。
同じ「リビング」の5人乗り仕様はすでに販売できるらしいが、看板モデルの7人乗りがまだ「見るだけ」とは。ショールームにしっかり飾ってあるのに。
日本の常識をもってすれば不思議というか笑い話であるが、コンセプトカーが近所のディーラーにあると好意的に解釈すれば、よい話ではないか。
それにしても「500」「500L」そして「500L リビング」と、すでに500のトリオができあがった。さらに、2014年には、より大きいクロスオーバー「500X」も登場する。このままだとやがて、社名まで「フィアット・グループ・オートモビルズ」改め「フィアット500オートモビルズ」になってしまうのではないかと、内心ひそかに心配している近頃の筆者である。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA/FIAT)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第932回:参加者9000人! レトロ自転車イベントが教えてくれるもの 2025.10.16 イタリア・シエナで9000人もの愛好家が集うレトロ自転車の走行会「Eroica(エロイカ)」が開催された。未舗装路も走るこの過酷なイベントが、人々を引きつけてやまない理由とは? 最新のモデルにはないレトロな自転車の魅力とは? 大矢アキオがリポートする。
-
第931回:幻ですカー 主要ブランド製なのにめったに見ないあのクルマ 2025.10.9 確かにラインナップされているはずなのに、路上でほとんど見かけない! そんな不思議な「幻ですカー」を、イタリア在住の大矢アキオ氏が紹介。幻のクルマが誕生する背景を考察しつつ、人気車種にはない風情に思いをはせた。
-
第930回:日本未上陸ブランドも見逃すな! 追報「IAAモビリティー2025」 2025.10.2 コラムニストの大矢アキオが、欧州最大規模の自動車ショー「IAAモビリティー2025」をリポート。そこで感じた、欧州の、世界の自動車マーケットの趨勢(すうせい)とは? 新興の電気自動車メーカーの勢いを肌で感じ、日本の自動車メーカーに警鐘を鳴らす。
-
第929回:販売終了後も大人気! 「あのアルファ・ロメオ」が暗示するもの 2025.9.25 何年も前に生産を終えているのに、今でも人気は健在! ちょっと古い“あのアルファ・ロメオ”が、依然イタリアで愛されている理由とは? ちょっと不思議な人気の理由と、それが暗示する今日のクルマづくりの難しさを、イタリア在住の大矢アキオが考察する。
-
第928回:「IAAモビリティー2025」見聞録 ―新デザイン言語、現実派、そしてチャイナパワー― 2025.9.18 ドイツ・ミュンヘンで開催された「IAAモビリティー」を、コラムニストの大矢アキオが取材。欧州屈指の規模を誇る自動車ショーで感じた、トレンドの変化と新たな潮流とは? 進出を強める中国勢の動向は? 会場で感じた欧州の今をリポートする。
-
NEW
トヨタ・カローラ クロスGRスポーツ(4WD/CVT)【試乗記】
2025.10.21試乗記「トヨタ・カローラ クロス」のマイナーチェンジに合わせて追加設定された、初のスポーティーグレード「GRスポーツ」に試乗。排気量をアップしたハイブリッドパワートレインや強化されたボディー、そして専用セッティングのリアサスが織りなす走りの印象を報告する。 -
NEW
SUVやミニバンに備わるリアワイパーがセダンに少ないのはなぜ?
2025.10.21あの多田哲哉のクルマQ&ASUVやミニバンではリアウィンドウにワイパーが装着されているのが一般的なのに、セダンでの装着例は非常に少ない。その理由は? トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんに聞いた。 -
NEW
2025-2026 Winter webCGタイヤセレクション
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>2025-2026 Winterシーズンに注目のタイヤをwebCGが独自にリポート。一年を通して履き替えいらずのオールシーズンタイヤか、それともスノー/アイス性能に磨きをかけ、より進化したスタッドレスタイヤか。最新ラインナップを詳しく紹介する。 -
NEW
進化したオールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2」の走りを体感
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>欧州・北米に続き、ネクセンの最新オールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2(エヌブルー4シーズン2)」が日本にも上陸。進化したその性能は、いかなるものなのか。「ルノー・カングー」に装着したオーナーのロングドライブに同行し、リアルな評価を聞いた。 -
NEW
ウインターライフが変わる・広がる ダンロップ「シンクロウェザー」の真価
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>あらゆる路面にシンクロし、四季を通して高い性能を発揮する、ダンロップのオールシーズンタイヤ「シンクロウェザー」。そのウインター性能はどれほどのものか? 横浜、河口湖、八ヶ岳の3拠点生活を送る自動車ヘビーユーザーが、冬の八ヶ岳でその真価に触れた。 -
第321回:私の名前を覚えていますか
2025.10.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。24年ぶりに復活したホンダの新型「プレリュード」がリバイバルヒットを飛ばすなか、その陰でひっそりと消えていく2ドアクーペがある。今回はスペシャリティークーペについて、カーマニア的に考察した。