第196回:雪も氷も楽しめる!? 新スタッドレス「トーヨーOBSERVE GSi-5」を試す
2013.08.15 エディターから一言トーヨータイヤから、新スタッドレスタイヤ「OBSERVE GSi-5」が登場。その見どころは? 実際の感触は? 北海道での体験試乗会から報告する。
20年越しのクルミが決め手
スタッドレスタイヤの技術開発は、間違いなく円熟期に入っている。
雪道用に金属のピンを打ち込んだ「スパイクタイヤ」がアスファルトの路面を痛めつけ、飛び散ったアスファルトや金属の微細な粉が健康被害を招くと話題になったのは、1970年代から80年代にかけてのこと。これに前後して、金属製ピン(stud)を用いないスタッドレス(studless)タイヤが海外メーカーなどから発売されると、国内でも1987年にはスパイクタイヤの粉じん問題が司法の取り扱うところとなり、スパイクタイヤの製造そのものが1990年限りで禁じられることとなった。
というわけで、少なくとも20年間の歴史を持つスタッドレスタイヤは、その開発の初期にこそさまざまな発見・発明があって、急速に技術は進歩していったものの、各社の努力により「歴史的大発見・大発明」はひととおり終わり、いまや開発済みの技術をより熟成、進化させている段階にあると言える。
こういったタイヤメーカーの努力は一見地味に映るけれど、彼らの日々の積み重ねが5年、10年と経過したときに大きな違いとなって表れるに違いない。そしてまた、どこかで大きな技術的ブレークスルーが生まれ、革新的な進化のときが訪れるのだろう。現在のスタッドレスタイヤは、間違いなくそういったフェイズに入っていると思う。
“クルミ”でおなじみ、トーヨータイヤのスタッドレスタイヤも熟成期に入っている。彼らが「クルミ入りスタッドレスタイヤ」のコンセプトを商品化したのは1991年のこと。以来、クルミ成分の種類や配合量をさまざまに変化させ、これと組み合わせるコンパウンド、構造、サイプ技術などを進化させてきた。
クルミのメリットは、まず「氷より硬く、アスファルトよりは軟らかいので粉じん公害を引き起こす心配がないこと」。そして、自然由来の素材のため、万一空中にその粉末が漂ったとしても、最終的には土に帰るという2点が挙げられる。この技術、発売の時点でトーヨータイヤがしっかりと特許で守ったこともあり、他社はまったく追随していない。つまり、クルミといえばトーヨー、トーヨーといえばクルミなのである。
持てる技術のすべてを投入
そんな彼らが2013-2014年シーズンに向けて発表した新スタッドレスタイヤが、「OBSERVE GSi-5(オブザーブ ジーエスアイファイブ)」だ。2004年に発売された「Winter TRANPATH S1」の次世代版で、これまたトーヨータイヤお得意の、SUV/CCV(クロスカントリービークル)向けの専用設計製品とされている。
もちろん、セダンに履いても問題はないだろうが、車種を限定することで汎用(はんよう)品以上の性能を追求するという手法は、おそらくトーヨータイヤが最初に考えついたものだ。先代が発売されてからのインターバルは10年とやや長めだが、それだけに、この間培ってきた技術のすべてを投入した“自信作”であるともいえる。
では、その技術とは一体どんなものなのか? コンパウンド関連では、直径120µm(マイクロメートル)=0.12mm程度とされる従来タイプのクルミに加え、直径300µm=0.3mmとより大きく、引っかき効果のより高い“鬼クルミ”も採用。クルミ同様の自然由来素材で給水効果の高い竹炭を用いた吸水カーボニックパウダーの効果で、タイヤ表面の水分を素早く吸収できる。
さらに、凹凸した路面への密着度を高めるため、トレッドの剛性感を保ちつつ路面への“なじみ”を助けるシリカを配合。「引っかき」「吸水」「密着」の3方面からコンパウンドを改良したという。
また、パターンデザインに関しては、各ブロックの中央部に六角形の「360°サイプ」を、トレッド面のセンター部でウエーブ状の「大振幅波型サイプ」を配することで、全方向に対するアイス性能を向上。
さらに、「溝底補強ブロック」や「3Dグリップサイプ」によって、不足しがちなスタッドレスタイヤのブロック剛性を確保しつつ、ブロック端の「バイトエッジ」やショルダー部の「Vカッター」により、それぞれスノー制動性とわだち性能を改善したという。まさに、トーヨータイヤのスタッドレスタイヤ技術を総動員して製品の熟成を図った感がある。
雪道が楽しくなるタイヤ
今春、このOBSERVE GSi-5を装着した「アウディQ3」と「マツダCX-5」で、雪に覆われた北海道のテストコースを試走した。
どちらのモデルでもすぐに実感できたのが、全般的なコントロール性能が高く、走って楽しいハンドリングに仕上がっていたこと。特に「ここがスゴイ!」ということはなかったけれど、コーナリング、直進性、トラクション、ブレーキング性能のすべてが高いレベルにあって、ただ雪道を走破できるというだけではない、“スノードライビングを積極的に楽しめるタイヤ”であるように思えたのだ。
とりわけ今回は2台とも4WDだったために、当然のことながらトラクション性能に不満はなく、制動時の安定性も悪くなかった。もっとも、Q3とCX-5との、車種間での違いを報告するならば、Q3のほうがスタビリティーコントロールの作動が緻密で、よりスムーズなドライビングが楽しめた。なにしろ、ESPオンのままテールスライドに持ち込めるだけでなく、その姿勢を保ったままスロットルを踏み込みながら態勢を立て直すこともできるのだ。
これに比べると、CX-5は限界的な状況になるとESPが積極的にスピードを落としていくアンダーステア制御が効き、一定の速度が保(たも)てなくなる。このため、クルマの側から「はいはい、お遊びはそこまでですよ」と戒められているような気がする。ドライビングを楽しもうという気持ちがそがれてしまうのは残念である。
もっとも、雪の上でSUVを走らせて「楽しい!」と思わせてしまうのだから、OBSERVE GSi-5のコントロール性能、そしてグリップ力はなかなかのレベルにあるのは間違いのないところ。誕生から20年以上が過ぎても、“クルミ”はまだまだ進化を遂げているようだ。
(文=大谷達也/写真=トーヨータイヤ)

大谷 達也
自動車ライター。大学卒業後、電機メーカーの研究所にエンジニアとして勤務。1990年に自動車雑誌『CAR GRAPHIC』の編集部員へと転身。同誌副編集長に就任した後、2010年に退職し、フリーランスの自動車ライターとなる。現在はラグジュアリーカーを中心に軽自動車まで幅広く取材。先端技術やモータースポーツ関連の原稿執筆も数多く手がける。2022-2023 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考員、日本自動車ジャーナリスト協会会員、日本モータースポーツ記者会会員。
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