第317回:真面目男の瞬間芸? オペルのプレミアムシティーカー「アダム」
2013.10.11 マッキナ あらモーダ!鳴りもの入りでデビューしたものの
オペルの「Adam(アダム)」といって、姿を想像できる読者諸兄はどのくらいおられるだろうか? 2012年9月のパリモーターショーでデビューを飾り、2013年に発売されたAセグメントのシティーカーだ。
メーカーが公にしているライバルは、「フィアット500」「MINI」「シトロエンDS3」、そして「アウディA1」である。
ちなみに自動車史に詳しい方ならご存じのように、「アダム」とはオペルの創業者アダム・オペルにちなんだ名前だ。
しかしながらこのアダム、目下のところ欧州の路上で見かける機会が少ない。この夏から今日までボクが訪れたフランス、スイス、ポーランド、そしてドイツの路上でもなかなか見ることができなかった。ようやく見つけても宣伝用デカールがドアにでかでかと貼ってあるディーラー所有車だったり、明らかにレンタカーだったりした。
ボクが住んでいるイタリアでもしかりだ。ほぼ同じ時期に発売されたフィアットの5ドアワゴン「500L」をかなりの頻度で目撃するのと対照的である。
「あれだけ鳴りもの入りでデビューしたのに変だな」と思っていたところに、アダムに関するニュースが飛び込んできた。
米オートモーティブニュースが2013年10月2日に伝えたところによると、オペルは独アイゼナッハ工場でのアダムの減産を検討中という。
オペルとしては、「冬の需要減」「南ヨーロッパ地域における市場不振」を理由に挙げている。南欧の状態はある程度わかるが、冬の需要減がそんなに大きな理由か?
そう考えたボクは、直近の登録・販売台数を調べてみた。2013年8月の欧州におけるアダムの販売台数は2525台。1月からの累計でも2万9743台だ。これは姉貴分である「オペル・コルサ」(同累計15万9551台)の5分の1以下である(JATOダイナミクス調べ)。
参考までに本国ドイツでの7月の販売台数は1279台で総合22位、イタリアの8月の登録台数はわずか175台にとどまる。冬どころか、すでにスローペースである。
「アダム」のつらいところ
ヨーロッパの一部自動車ファンサイトでは、日本風にいえば「オペル・アダムを見かけないの件」といった話題がのぼるようになってきた。そうしたサイトに書き込む人々が真っ先に分析する理由は、「ディーゼルがないこと」だ。
アダムのエンジンは、1.2リッター4気筒(70ps)と、1.4リッター4気筒(87psと100ps)が用意され、グレードは3種。いずれもスタート&ストップ付き仕様を選べるようになっている。1.2リッターの場合、燃費は20km/リッターと、今日的な数値を達成している。
しかしフィアットの「ツインエア」のようなインパクトはない。そして、欧州で低燃費の代名詞といわれるディーゼルがないのは、やはりセールス上弱い。イタリアでは、近日アダムにLPG併用仕様が追加されることになったが、ガソリンから「ほいッ」と乗り換える勇気のある人はディーゼルより少ないだろう。
加えて、ボクが考えるアダムのスローペースの原因は、根本的なマーケティングのミスだ。
アダムは、12のボディーカラー、3種類の特別ルーフカラー、31タイプのホイールデザイン、4つのインテリアカラーなど、仮想敵フィアット500に勝るとも劣らない多様な選択肢を用意した。Siri対応をはじめ、ハイテク系アイキャッチも十分だ。星のごとく光るイルミネーション天井も用意されている。
しかし、イタリアにおけるベースモデル価格は1万900ユーロ(約144万円)で、姉貴分である「オペル・コルサ」の8900ユーロ(約118万円)と逆転してしまっている。
欧州において最も小さい「トヨタiQ」が、「トヨタ・アイゴ」(チェコ生産のシティーカー)や「トヨタ・ヤリス」(日本名:ヴィッツ)の値段を超えたのと同じ轍(てつ)を踏んでしまったことになる。
アダム発表時のリリースを読み返すと、そうしたボクの指摘に反論するかのように、そのポジショニングを「オペル初のファッショナブルな都市型カー」と定義している。要は、このクルマは小さなプレミアムカーなので、コルサより高くても当然なのです、ということだろう。
だが、欧州のユーザーには、そこを理解するのが難しい。なぜなら多くの人にとってオペルは、エンスージアスティックなブランドではないからだ。近年のヨーロッパにおいてルノー、シトロエン、フォードなどと共に、小型車における実質的な価値、つまりバリュー・フォー・マネーで高い評価を獲得したクルマであった。オペルにプレミアム性を感じる人は少ない。それはかつて存在したフルサイズ車種「オペル・オメガ」が、もはや存在しないことでもわかる。
「ファッションセンターしまむら」で、いくら高級ブランドと競うものを作っても、誰も買う人はいないだろう。しまむらにはしまむらの良さがあって、顧客はそれを期待しているのだ。
また、こちらはボク自身の個人的感覚だが、“ドルチェ・ヴィータ(甘い生活)”ムードあふれるイタリアメーカーのフィアットが「500」を作るのと違い、アダムは日頃真面目な男の瞬間芸のようで、ユーモアを感じるのに時間を要する。ドイツという質実剛健なイメージを背負ったオペルのつらいところだ。
そこに、欧州における若者の、自動車への関心の低下が加わった。例えばイタリアの最新統計によると自動車購入者のうち6割が節約などを理由に中古車を購入している。さらに言えば若者の失業率は4割に達している。そうしたなかで、カスタムメイドを楽しもうなどというクルマへの関心は、当然のことながら低下する。
リーマンショックを世界が襲う1年前の2007年に登場したフィアット500は、まだ市場に余力がある頃に売れた。しかし、それを照準に開発されたアダムは時代とのシンクロナイズが難しいのである。
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がんばれ「アダム」
どんなクルマも、サプライヤーも含め数多くの関係者が真剣にクルマ作りに取り組んだ末に誕生する。そうした人々に敬意を表すれば、アダムの場合も出だしが鈍いからといって、今の段階であまりうんぬん言いたくない。あまり不安なことを言って、自動車産業を目指す若者たちが、萎縮してしまうのもこれまた困る。
だが、クルマは開発・マーケティングともに頭脳集団中の頭脳集団が寄ってたかって作ったとしても、顧客が振り向いてくれないことがある。売れないからといって、ガラケーのように頻繁にモデルチェンジできない。自動車という商品の難しさをアダムはボクたちに教えてくれている。
アダムのリベンジを願ってボクが考えた、おせっかいプランは、
1、近年ドイツで普及が目覚ましいカーシェアリング需要に力を入れる。
2、自動車学校にセールス強化。かつての「フィアット600」がそうであったように「最初のクルマは、教習車と一緒がいい」というユーザーは少なくない。
3、「ロータス・エリーゼ」のごとく、テスラに電気自動車用としてボディーを供給する。
という作戦である。
ただし、世界のGM。そこはちゃんと考えていて、前述のオートモーティブニュースが少し前に伝えたところによると、オペルのカールトーマス・ノイマン会長はアダムを米国においてビュイックブランドで販売する可能性があることを明かしている。
そこからボクが想像するのは、かつていくつかのオペル製モデルがそうであったように、次は中南米においてシボレーブランドで生産されるかもしれないということだ。経済成長著しいそうした地域の市場が、意外にも早くプレミアム系シティーカーを受け入れるようになるかもしれない。
それまで、がんばれアダム! できればリオデジャネイロ五輪における街頭中継の片隅に出没してボクを驚かせてほしい。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、Adam Opel)
※お知らせ
2013年11月18日(月)渋谷・日伊学院にて大矢アキオの文化講座「イタリアの伝統工房・イタリアのプロダクト」が開催されます。 詳しくはこちらをご覧ください。

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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