ポルシェ・ケイマンGTS(MR/6MT)
精密な機械が生む快楽 2014.12.26 試乗記 ポルシェこだわりのミドシップスポーツカー「ケイマンGTS」に試乗。走りや乗り心地、デザインなど、最上級グレードならではの“味わい”を報告する。名車の名前を継ぐモデル
試乗車を受け取って運転席に乗り込んだ瞬間、一瞬ではあるけれど「面倒くさいな」と思ってしまった。PDK仕様だと思い込んでいたのに、センターコンソールにはシルバーに輝く丸いシフトノブがあったのである。ちょっと前にかなり旧式の(でも新品の)MT車に乗ってシフトの渋さに閉口していたので、つい怠け心を起こしてしまったのだ。
しかし、もちろんそれは心得違いというもの。これはミドシップスポーツカーの「ポルシェ・ケイマン」であり、しかも「S」の上位に加えられたグレードの「GTS」なのだ。運転してみたらすぐに「MTでよかった!」と正反対の感想を持つことになった。GTSというのはGran Turismo Sportの略称で、1963年デビューの「904カレラGTS」に由来する。
904といえば、第2回日本グランプリで式場壮吉が乗り、生沢 徹の「プリンス・スカイラインGT」と名勝負を繰り広げたマシンだ。かつては「924」や「928」にもGTSの名は与えられていて、2007年に「カイエン」で復活し、「911」や「パナメーラ」にも導入されている。サーキットでの戦闘力と日常の使い勝手の良さを兼ね備えたモデルという意味が込められた称号なのだ。
エンジンは、「ケイマンS」用の3.4リッターをベースに、バリオカム・プラスのチューニングなどを見直している。これにより最高出力が15psプラスの340ps/7400rpm、最大トルクは1.0kgmプラスの38.7kgm/4750-5800rpmとなった。パワーウェイトレシオは1psあたり4kgを切る3.95kg/psで、最高速は285km/hに達する。これはMT仕様の数字で、PDK仕様だと283km/hと若干落ちる。ただ、0-100km加速だとMTが4.9秒、PDKが4.8秒と逆転する。SPORT PLUSモードでは4.6秒とさらに速くなり、人間の腕では機械変速にかなわない。
御して楽しい高性能
ドラッグレースに命をかけるわけではないので、コンマ数秒の差はさほど気にならない。そんなことよりも、両足と左手のコンビネーションで、できのいい機械と相対する快楽のほうが、はるかに魅力的だ。クラッチは少し重めで、2ペダルに慣れきった身体をシャキッとさせる。それでいてミートポイントは見つけやすく、低回転域からトルクが太いので発進に苦労はない。
料金所からの加速が、なんとも楽しい。1速から6速までをレブリミットまできっちり回して全開加速するなんてことはできっこないが、それでもリズムよくシフトアップしていくのは気持ちのいい行為なのだ。ましてや、中ぶかしを入れつつシフトダウンする時の心地よさは得も言われぬもので、機械に委ねようなどとは絶対に思わない。MTならどんなクルマでも楽しいというわけではなく、精緻な作りの機械だからこそ、操っていて心が高揚する。
ペダルの配置も申し分なく、無理な姿勢をとらずに両足を動かせる。すべてが綿密な計算の上で仕上げられているから、こちらも姿勢を正して向き合わなければならない。シフトは楽しいのだが、楽をしたければ6速固定でも不自由なく走る。Gran Turismo Sportなのだから、長距離移動に適したGran Turismoの性格も併せ持っているわけだ。
“味変”もお気に召すまま
Sportの部分を支えるのは、スポーツクロノパッケージである。センターコンソールに「SPORT」「SPORT PLUS」と刻字されたボタンがあり、押すとインジケーターライトが点灯する。SPORTは公道でのスポーティーな走行用のモードで、SPORT PLUSはサーキット走行に適した設定だ。
このボタンを押すことにより、スロットルレスポンスが向上する。さらにポルシェ・スタビリティ・マネージメント(PSM)の介入が遅くなり、スポーツエグゾーストシステムが排気音最適化モードに切り替わる。シフトダウン時にはエンジン回転数の自動調節も行われるようになる。SPORT PLUSモードでは、すべてがサーキットでのラップタイムを上げる方向に調整されるわけだ。
右側にメガネのアイコンがあるので何かと思ったら、スポーツエグゾーストシステムのボタンだった。マフラーエンドを図像化したものだったらしい。走行モードがノーマルでも、このボタンを押せばエンジン音だけは勇ましいものに変わる。
試乗車はスポーツシャシーを装備していて、硬めのスプリングが装着され、車高が下がっている。ポルシェ・アクティブサスペンション・マネージメントシステム(PASM)を選ぶこともでき、その場合でもケイマンS に比べれば10mm低いが、試乗車はケイマンSよりも20mm低い仕様だ。
PASM仕様であれば、モードによってショックアブソーバーの設定が変化する。通常は快適な乗り心地も求めたいならば、そちらを選んだほうがいいかもしれない。
ドレスアップは黒がポイント
車高はケイマンSより20mm低くなっているので、1275mmである。重心が低くなることでコーナリング性能も向上したというが、今回の試乗ではワインディングロードを試すことはできなかったので、効果のほどははっきりしない。ただ、正確無比なハンドリングは市街地や高速道路でも十分に楽しめる。視線を動かすだけでその方向に確実に向きを変える感覚は、このブランドならではのものだ。思ったように曲がる幸せを誰でも享受することができる。精密すぎて、かわいげがないと感じるくらいだ。
車高の違いだけでは外観で見分けることは難しいが、GTSにはいくつかの特別な装いが施されている。テールパイプやロワパネルなどが黒に塗られ、ランプ類がスモーク仕上げになる。ブラックがテーマカラーになっているようだ。ただプレス資料に「どのパーツも従来モデルとの違いはわずか」とうっかり書かれているように、顔つきがまったく変わってしまったというようなことはない。わかる人にはわかるという具合だ。
ホイールは20インチが標準となる。試乗車はオプションのカレラクラシックデザインホイールを装着しており、ブラック塗装が足元を引き締めている。もちろん乗り味は硬いのだが、乗っていて不快な振動に悩まされることはなかった。しっかり履きこなしている印象である。
ため息の出るマシン
内装にはアルカンターラが多用されていて、エクステリアに呼応したブラックが基調のインテリアだ。真っ黒なので、メーターパネルやダッシュボードのステッチの赤が目立っていた。運転席のタイト感はいかにもスポーツカーという雰囲気で、座るだけで気分が高まる。
モノの置き場がないのは仕方がない。センターコンソールの物入れも、据わりが悪そうでドリンク類を置く気にならなかった。iPhoneを落としたらシートの隙間に入り込んで取り出すのに難儀をした。
多少の使いづらさなんて、どうでもいい。最初はとっつきにくいけれど、慣れればこんなに運転しやすいクルマはなかなかない。機械の精密さがどの部分にも感じられて、こちらの意思を確実に受け止めてくれるという安心感がある。むしろ、その立派さが過剰で、手のひらで転がされているようにさえ感じてしまう。
実は、思いもよらない所に感心したポイントがあった。アイドリングストップ機構である。
輸入車のアイドリングストップはあまり筋のいいものがなく、日本の優秀な軽自動車のレベルにまったく達していないものが多かった。ケイマンGTSは、まっとうなアイドリングストップ機構を備えている。特に始動時は、ほとんどショックを感じない。エンジンやシャシーに対するのと同じ、完璧を求める姿勢がここでも貫かれている。細部をなおざりにしないからこそ、エンジンレスポンスやハンドリングの素晴らしさが生まれるのだ。
(文=鈴木真人/写真=田村 弥)
テスト車のデータ
ポルシェ・ケイマンGTS
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4405×1800×1275mm
ホイールベース:2475mm
車重:1345kg(DIN)
駆動方式:MR
エンジン:3.4リッター水平対向6 DOHC 24バルブ
トランスミッション:6段MT
最高出力:340ps(243kW)/7400rpm
最大トルク:38.7kgm(380Nm)/4750-5800rpm
タイヤ:(前)235/35ZR20 88Y/(後)265/35ZR20 95Y(ピレリPゼロ)
燃費:9.0リッター/100km(約11.1km/リッター、NEDC複合サイクル)
価格:915万円/テスト車=1059万5000円
オプション装備:電動ミラー(5万5000円)/スポーツエグゾーストテールパイプ(9万8000円)/20インチ カレラクラシックデザインホイール(19万5000円)/カラークレストホイールセンターキャップ(3万円)/GTSコミュニケーションパッケージ(48万円)/シートヒーター(7万6000円)/アダプティブスポーツシート・プラス(51万1000円)/スポーツシャシー(0円)
テスト車の年式:2014年型
テスト開始時の走行距離:4498km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(5)/高速道路(5)/山岳路(0)
テスト距離:317.9km
使用燃料:34.0リッター
参考燃費:9.4km/リッター(満タン法)/9.0km/リッター(車載燃費計計測値)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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