走るイナバ物置
3395×1475×1835mm。
横倒ししたらWRカーにちょうどよさそうなディメンションを、わざわざ立てて使っている。この三寸の数字をみるに、外国の人はにわかにクルマのものとは思えないだろう。全高と全幅の比率でいえば、標準ルーフの「トヨタ・ハイエース」も軽く上回るというのだからダイハツ・ウェイク、もうその成り立ちからして異質も異質。常軌を逸した衝撃がある。もし建物ならとても住専地域には建てられそうにない容積率だ。
後席に座ればあろうことか「ロールス・ロイス・ファントム」より広いと思わせる空間を有するタントを元ネタに、そのブラックホールのような前後席間をちょっと詰めたぶん後端の荷室を広げ、天井高をさらに上げることでゴルフバッグや自転車の縦載せ、あるいは釣りざおなど長尺物の頭上差し込みにも余裕をもたせる。ウェイクはいわば乗るより積む側に力点を置いたクルマだ。活用例を示したカタログの写真をみていると、それはさながら走るホームセンターだ。月極め駐車場に置ける、車輪のついたイナバ物置と考えれば街場暮らしの身にも途端に魅力的に映る。
だったら「ダイハツ・アトレー」や「スズキ・エブリイ」のようなワンボックスタイプでもいいんじゃない? と思うところにあえて5ナンバー乗用なりの商品性を持たせたというところがウェイクの立ち位置というところになるだろう。積めて走れればいいってもんじゃない、見栄えやくつろぎも大事という人々のために贈る限界容量ワゴン。客筋としては狭そうにみえるが、今や年間250万台をうかがう軽の総需は、こんな隙間狙いの車種も受け止めるだろうということだろうか。
1トンの車体を660ccで動かす
しかしこの特異なパッケージがすべてをかなえるわけではない。ウェイクの車重は最もベーシックな自然吸気(NA)エンジンのグレードで990kg。ターボのそれでは1トンをやや超えている。さらに用途を思えば検討されるだろう4WDでは1060kgと、それはもう「トヨタ・ヴィッツ」「ホンダ・フィット」の範疇(はんちゅう)だ。ちなみに同価格帯のライバルとなるアトレーやエブリイのワゴンは、同等の車重に対して設定されるエンジンはターボのみ。その負荷を思えば妥当な選択だろうが、とても「スズキ・ワゴンR」や「ダイハツ・ムーヴ」ほどの燃費は望めない。維持費を思えばNAのウェイクが気にもなるが、果たして日々のアシとして使い物になるのだろうか……という疑問は募る。
あえてNAエンジン搭載グレード、そして大人3人&撮影機材搭載のウェイクは、一般道をトコトコと進んでいく。撮影を兼ねた目的地はアクアラインの向こう側。マジでNAなわけね……と仕事を棚に上げ軽く後悔しながら走り始めてみたが、これが意外と不満がたまらない。動き始めの駆動の食いつきもまずまずで、市街地で常用する40km/h前後からの加速でも、アクセルを深く踏み込まずとも想像以上にスルスルと速度を高めてくれる。
おっ、これだったらファミリーカーとしても十分なんじゃないの? と、思わせる、過不足のない動力性能を実感しながらの首都高入り口。料金所に向かうまでの上りアプローチで、その恐る恐るな自信は途端に崩れ去った。
残念。これ1トンですから。
下り坂に喜び、上り坂に泣く
車重の負荷がもろに車速に表れる。グッとアクセルを踏み込んでも状況はさほど変わらず、グイッと踏み切ってやっとこさ、エンジンを高らかにうならせながらウェイクは加速体制に入った。が、ETCゲートを越えるには、せっかく高めた速度をまた落とさなければならない。そしてゲートを越えてからの本線への短いアプローチはベタ踏みだ。
そりゃあそうである。無過給ナマの660ccと、バイク並みの排気量で1トンの車重を引っ張っているというのに、高速道路もス~イスイなんて、そんな虫のいい話があるはずがない。むしろオッさん3人がこの広大な車室内でエアコンを回しながら高速移動できていること自体を奇跡と思うべきだろう。頭のなかではわかっていても、目の前に迫る坂道の上りか下りかでの一喜一憂ぶりはハンパない。加えて海風吹きさらしのアクアラインでは横風による進路の乱れがさすがに目立つところとなった。
あらためて、そりゃあそうである。四方を板壁で囲んだような形の1トンのクルマが、さもすれば100km/hの時速で走る。それがどれほどの抵抗であるかは多分僕らの想像を超えている。これらを支えて安定化させなければならないということで、最も大変な足まわりはさすがに相当バネやスタビでロールを規制しているぶん、乗り心地ははっきりと硬い。高速道のコーナーでもズッこけそうな不安感はないが、目地段差の鋭利な突き上げやうねりでのピッチングはムーヴやワゴンR辺りのスタンダードなモデルに比べるとかなりキツ目に現れる。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
それでも応援したくなる
こうして、エンジンをうならせながらの高速走行で得られた燃費は15km/リッター余りといった辺り。もちろん追い越し車線はほとんど使わなかったことを考えると、あまり褒められたものではない。やはり物理にはあらがえないか……と、しかしそれらのネガを僕はあまり責める気にはなれなかった。
それはウェイクが、軽自動車の枠内でどこまでやれるかということに対してまっしぐらに挑んでいるからだろう。むしろ重ねたリサーチの結果が挑戦でも進化でもなく、単なる多数決になってしまっている登録車のフルモデルチェンジよりも、その存在感はよっぽど前のめりだ。かつてダイハツは誰もがあぜんとしたタントを市場に提案し、見事に新しいカテゴリーを切り開いた。そんな挑戦を許す社風が今もあるとすれば喜ばしいことだ。
乗るのは主に平たんな一般道、かつ大きな荷物も頻繁に載せないという使い方でもなければ、ウェイクは積極的にターボエンジンを選ぶべき車種だろう。それこそレジャー用の荷物をいっぱい載せて郊外へと高速道路を走らせるような「らしい」使い方では、さすがにNAエンジンでは荷が重い。そして乗り心地や燃費に関してもある程度の割り切りは必要だ。代わりに得られる天地側の強力な積載力をいかに使いこなすか。ユーザー側にとっても挑みがいのある車種である。
(文=渡辺敏史/写真=河野敦樹)
テスト車のデータ
ダイハツ・ウェイクL“SA”
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3395×1475×1835mm
ホイールベース:2455mm
車重:1000kg
駆動方式:FF
エンジン:0.66リッター直3 DOHC 12バルブ
トランスミッション:CVT
最高出力:52ps(38kW)/6800rpm
最大トルク:6.1kgm(60Nm)/5200rpm
タイヤ:(前)155/65R14 75S/(後)155/65R14 75S(ダンロップ・エナセーブEC300+)
燃費:25.4km/リッター(JC08モード)
価格:156万6000円/テスト車=170万9273円
オプション装備:スマートフォン連携メモリーナビゲーションシステム(8万6400円)/レジャーベースパック(1万4040円) ※以下、販売店装着オプション ETC車載器<エントリーモデル>(1万7280円)/カーペットマット<高機能タイプ・グレー>(2万5553円)
テスト車の年式:2014年型
テスト開始時の走行距離:760km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(4)/高速道路(6)/山岳路(0)
テスト距離:309.8km
使用燃料:23.1リッター
参考燃費:13.4km/リッター(満タン法)/14.0km/リッター(車載燃費計計測値)
![]() |

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
-
ホンダ・プレリュード プロトタイプ(FF)【試乗記】 2025.9.4 24年の時を経てついに登場した新型「ホンダ・プレリュード」。「シビック タイプR」のシャシーをショートホイールベース化し、そこに自慢の2リッターハイブリッドシステム「e:HEV」を組み合わせた2ドアクーペの走りを、クローズドコースから報告する。
-
ランボルギーニ・ウルスSE(4WD/8AT)【試乗記】 2025.9.3 ランボルギーニのスーパーSUV「ウルス」が「ウルスSE」へと進化。お化粧直しされたボディーの内部には、新設計のプラグインハイブリッドパワートレインが積まれているのだ。システム最高出力800PSの一端を味わってみた。
-
ダイハツ・ムーヴX(FF/CVT)【試乗記】 2025.9.2 ダイハツ伝統の軽ハイトワゴン「ムーヴ」が、およそ10年ぶりにフルモデルチェンジ。スライドドアの採用が話題となっている新型だが、魅力はそれだけではなかった。約2年の空白期間を経て、全く新しいコンセプトのもとに登場した7代目の仕上がりを報告する。
-
BMW M5ツーリング(4WD/8AT)【試乗記】 2025.9.1 プラグインハイブリッド車に生まれ変わってスーパーカーもかくやのパワーを手にした新型「BMW M5」には、ステーションワゴン版の「M5ツーリング」もラインナップされている。やはりアウトバーンを擁する国はひと味違う。日本の公道で能力の一端を味わってみた。
-
ホンダ・シビック タイプRレーシングブラックパッケージ(FF/6MT)【試乗記】 2025.8.30 いまだ根強い人気を誇る「ホンダ・シビック タイプR」に追加された、「レーシングブラックパッケージ」。待望の黒内装の登場に、かつてタイプRを買いかけたという筆者は何を思うのか? ホンダが誇る、今や希少な“ピュアスポーツ”への複雑な思いを吐露する。
-
NEW
ロイヤルエンフィールド・クラシック650(6MT)【レビュー】
2025.9.6試乗記空冷2気筒エンジンを搭載した、名門ロイヤルエンフィールドの古くて新しいモーターサイクル「クラシック650」。ブランドのDNAを最も純粋に表現したという一台は、ゆっくり、ゆったり走って楽しい、余裕を持った大人のバイクに仕上がっていた。 -
NEW
BMWの今後を占う重要プロダクト 「ノイエクラッセX」改め新型「iX3」がデビュー
2025.9.5エディターから一言かねてクルマ好きを騒がせてきたBMWの「ノイエクラッセX」がついにベールを脱いだ。新型「iX3」は、デザインはもちろん、駆動系やインフォテインメントシステムなどがすべて刷新された新時代の電気自動車だ。その中身を解説する。 -
NEW
谷口信輝の新車試乗――BMW X3 M50 xDrive編
2025.9.5webCG Movies世界的な人気車種となっている、BMWのSUV「X3」。その最新型を、レーシングドライバー谷口信輝はどう評価するのか? ワインディングロードを走らせた印象を語ってもらった。 -
アマゾンが自動車の開発をサポート? 深まるクルマとAIの関係性
2025.9.5デイリーコラムあのアマゾンがAI技術で自動車の開発やサービス提供をサポート? 急速なAIの進化は自動車開発の現場にどのような変化をもたらし、私たちの移動体験をどう変えていくのか? 日本の自動車メーカーの活用例も交えながら、クルマとAIの未来を考察する。 -
新型「ホンダ・プレリュード」発表イベントの会場から
2025.9.4画像・写真本田技研工業は2025年9月4日、新型「プレリュード」を同年9月5日に発売すると発表した。今回のモデルは6代目にあたり、実に24年ぶりの復活となる。東京・渋谷で行われた発表イベントの様子と車両を写真で紹介する。 -
新型「ホンダ・プレリュード」の登場で思い出す歴代モデルが駆け抜けた姿と時代
2025.9.4デイリーコラム24年ぶりにホンダの2ドアクーペ「プレリュード」が復活。ベテランカーマニアには懐かしく、Z世代には新鮮なその名前は、元祖デートカーの代名詞でもあった。昭和と平成の自動車史に大いなる足跡を残したプレリュードの歴史を振り返る。