第303回:もう「目立たない」なんて言わせない
マツダの未来はデザインにあり!
2015.07.10
エディターから一言
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「SKYACTIV」でマツダの技術力は広く知られるようになった。となれば、次はデザインに目を向けてもらいたくなるのは当然だろう。「デミオ」に設定された特別仕様車の取材会に参加し、マツダデザインの方向性について話を聞いてきた。
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13年前とは様変わり
《たしかに目立たなかった。それは匿名性という分野におけるひとつの達成であるようにさえ思えた。一度目をそらしたら、どんなかたちをしていたかほとんど思い出せなかった》
村上春樹の長編小説『海辺のカフカ』の一節である。登場人物の星野がレンタカー店で目立たないクルマを借りたいとオーダーすると、「マツダ・ファミリア」を勧められる。クルマを一目見て、彼が抱いた感想がこれだった。文学的な表現だが、ずいぶんひどいことを言っている。
この小説が発表されたのは2002年だから、わずか13年前のこと。当時マツダのクルマが持っていたパブリックイメージは、そんなものだった。今や、デザインはマツダの売りのひとつである。時代は変わったのだ。
2002年というのは、マツダがブランドメッセージとして「Zoom-Zoom」を発信し始めた年でもある。この後、2006年からは「Nagare」というデザインテーマのもとにコンセプトカーを次々と発表し、新しいデザインに取り組む姿勢を明確にしていった。2010年に発表された「靭(SHINARI)」からは、デザインテーマ「魂動(こどう)−Soul of Motion」を前面に押し出している。2014年9月に4代目となった「デミオ」も「魂動デザイン」を採用したモデルだ。
2015年4月には、デミオの特別仕様車「Mid Century(ミッド・センチュリー)」「Urban Stylish Mode(アーバン・スタイリッシュ・モード)」が発売された。今回参加したのは、この2台のために開かれた取材会である。特別仕様車でこういう催しが行われることは珍しい。
スモールプレーヤーの戦略
会場となったのは、コスチュームナショナルの旗艦店に併設されるエキシビションスペース「CoSTUME NATIONAL | LAB」である。コスチュームナショナルはミラノを本拠地とするファッションブランドで、バリバリのモード系である。南青山の骨董通りから1本奥に入ったところで、よほどのファッションフリークでなければ足を踏み入れない地域だ。ロケーション選びからも、マツダの気合が伝わってくる。
取材会は単に特別仕様車を紹介することが目的なのではなく、デミオの、そしてマツダのデザインが今後目指していくものをアピールしようというのだろう。最初に開発主査の土井 歩さんから、新しいデミオについてあらためて説明があった。半年に1回特別仕様車を提供することにチャレンジしたいと考えているそうだ。チャレンジという言葉を使ったところが大事で、確約はしていない。
チーフデザイナーの柳沢 亮さんは、「走りの骨格」「圧倒的な質感」というデミオのデザインコンセプトを説明した。マツダの国内販売シェアは4%であり、スモールプレーヤーであるからこそ他社と違う戦略をとるのだという。機能的価値よりも情緒的価値を優先すると話したのだが、確かにトップ争いをしていてはなかなか口に出せない言葉である。
具体的には、Aピラーを後方に下げてボンネットを長くとり、視覚的な重心を後ろに持ってきてリアタイヤを踏ん張るイメージを作ったのだそうだ。それにプラスして質感を上げることで、輸入車から乗り換えても引けをとらない仕上げを実現したとのアピールである。
そして、特別仕様車だ。これまでのマツダでは、内装に黒とシルバーを配置することで質感を見せる手法をとってきた。今回は、より幅広いユーザー層に新たな世界観を提供したのだという。
販売台数の15%を占める特別仕様車
ミッド・センチュリーは、真っ赤なシートが特徴。センターコンソールやドアアームレスト、エアコンルーバーベゼルなどにも赤い素材が使われる。インパネの下側は白のデコレーションが施され、全体は黒が基調となる。赤・白・黒のハイコントラストでポップなアート感を表現したという。
アーバン・スタイリッシュ・モードのシートは、黒にパープルがかった茶をあしらったマルチストライプだ。インパネは黒と白で硬質なイメージがあるが、ターゲットは女性である。自立した女性、グローバルなさっそうとした女性をイメージしたそうだ。
最近ではデミオの販売台数のうち、ミッド・センチュリーが約10%、アーバン・スタイリッシュ・モードが5%ほどを占めているという。合わせて15%というのは侮れない数字だ。モデル末期に間に合わせで作る特別仕様車とは、明らかに一線を画している。デミオの拡販とマツダデザイン全体のイメージアップのために、力が入ったモデルなのだ。
カラーコーディネーションを担当したのは、カラーデザイナーの木村幸奈さん。女性に向けて販売を伸ばしたいというマツダの意図が表れている。
「(半年ごとにリリースを予定している特別仕様車の)第1弾なので、この2台が今後の方向性を印象づけてしまいます。そこでミッド・センチュリーは、アーティスティックな感覚をもっと強く押し出していくことにチャレンジしたいという意思表明のつもりで開発しました」
第1弾でアーバン・スタイリッシュ・モードという女性向けモデルを用意したことについても、今後を考えた意味が込められていると話す。
「最初のローンチでは走りを強調していたので、男性に特化したように見えてしまったところがあります。でも、デミオには女性のユーザーも多いんですね。マツダとしては自立した女性に向けて、生き生きとした価値観のクルマを見せていきたいと考えました。カワイイとかゆるふわといった従来の女性像ではなく、強い意志があってグローバルなマインドを持つ女性に提供していきたい。そして、みなさんにもそうなってほしいという気持ちです」
ミッド・センチュリーは愛称
ミッド・センチュリーというものの、イームズやネルソン、ヤコブセンといった特定のデザイナーに範をとっているわけではないという。
「ライフスタイルの提案なんです。ミッド・センチュリーに代表されるような、赤であるとかビビッドな色の家具に囲まれているアーティスティックな暮らし。その感覚をクルマでも提供したいと思いました。シートの表面には、デザイナーが走り書きをしたような模様をエンボス加工であしらい、遊び心を表現しました。ミッド・センチュリーというのは、開発中にわかりやすくみんなで呼んでいた愛称みたいなものですね」
赤いシートというと、昔からのマツダファンには「RX-7」や「ロードスター」にあったものをイメージされてしまう。どうしても、スポーティーな方向に解釈されてしまうのだ。それを避けるために、あえてオシャレ感のあるネーミングを選んだらしい。
マーケティング担当の二宮誠二さんによると、SKYACTIVの名前は知られるようになってもなかなか内容までは浸透していないという。圧縮比の話をしても、簡単には理解してもらえないのだろう。販売拡大のためには、ひと目でわかるデザインのほうが即効性がある。
会社ぐるみで変わろうとしているのは、取材会に出席したスタッフの服装からもうかがえる。デザイナーがスタイリッシュなのは当然として、広報やマーケティングの担当者もファッションに気を使っていることが伝わってきた。以前のマツダでは、カジュアルな服装といえばほとんど「ゴルフウエア一択」だったから、これは劇的な変化である。
惜しまれるのは、せっかくデザイン志向が見えてきたのに、言葉ではうまく伝えられていないことだ。新しい造形を提案しても、“遊び心”とか“アーティスティック”というありきたりの言葉で説明したのでは新鮮さを感じさせることはできない。他メーカーとの違いを表現するには、オリジナルな言葉を用いることが大切だ。
それでも、デザインにかける意気込みは十分に伝わってきた。半年に1回ということであれば、年内には新たなコンセプトの特別仕様車が発表されるはずだ。それを積み重ねていけば、村上春樹の次回作にスタイリッシュなクルマの代表としてマツダ車が登場するかもしれない。
(文=鈴木真人/写真=webCG、マツダ)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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